表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
99/222

099 師との再会。

それは、シルフィーユが一介の神官に過ぎなかった頃――――

まだ幼さの残るシルフィーユは、とある女性の元で神官としての修業に励んでいた時期があった。


「アイギス司祭、もうお昼ですよ。朝に弱いと言っても限度があるでしょう」


「やめろ、カーテンを開けるな。眩しくて死ぬ」


とても司祭とは思えない自堕落な女性。

それがシルフィーユが彼女に対して、最初に抱いた印象だった。





「思いっきり跳んで、思いっきり突っ込む。簡単だろ?」


「普通はそんな高く跳べないです……」


彼女はシルフィーユにとって、槍術の師でもあった。


それはあまりにも豪快で単純なものだったが、その姿に見入ってしまう自分がいた。

だからなのだろう、本来なら杖術を指南されるのが普通だが、シルフィーユも自然と槍の道を選んだ。





「いいかいシルフィーユ、私たちにとって絶対なのは創造神様であって、教会じゃない。それは忘れちゃダメだよ」


「……? 違いがよくわかりませんが……」


アイギス様は時折よくわからないことを言う。

でもそういう時は、割と真面目な顔をしていた気がする。





「正義って言葉は押しつけがすぎるから嫌いだよ。自分を正当化したいやつが使う言葉さ」


「そう言って悪魔討伐を辞退してきたんですか……サボりたいだけですよね?」


神力を扱える数少ない神官でありながら、それを振るうところをあまり見たことがない。

だからこそなのか、教会内でも彼女を良く思わない者は多かった。





なぜこんな人が司祭に? と思うことも多い。

だが時折彼女は、シルフィーユにとっての救いでもあった。


それは――――初めて、シルフィーユが人を殺めた時のことだ。


「もし、どうしようもない悪人が許しを請うてきたら……アイギス様ならどうなさいますか?」


「……どうしようもない悪人ってのがどの程度か知らないけど、どうしようもないなら許さないよ」


そうだ、そうするしかない。

だからこそ自分もその命を奪うしかなかったのだと、シルフィーユは自分を納得させるしかなかった。


「ですが教会とは本来、人を赦す立場では……」


理想とするその考えが、いくら振り切っても肩に重く圧し掛かる。


「できればそうありたいものだね。だからこそ、許せない時……その時は背負う覚悟を決めな。忘れて浮つくより、重くなる積み荷でしっかり地に足つけたほうがマシさ」


肩の荷を軽くするぐらいなら、背負って生きろと……そういうことなのだろう。


他の神官のどんな励ましの言葉より、その言葉はシルフィーユにとって救いだった。





「私が司教か……上は見る目がないねぇ」


「普通は喜ぶところなのでは……?」


アイギス様は司祭から一つ上の司教へ、そしてオルフェン王国の大聖堂へ転属が決まった。

公国の大聖堂より規模も大きく、まさに栄転と呼べるだろう。


「別れの挨拶はいらないよ。どうせすぐ戻されるだろうから」


「それは……アイギス様ならありえそうですね」


でももし戻って来なかったら……。


その時は自分がそちらへ向かおうと、シルフィーユはそう決めていた。

だからこそ、別れの時は笑って見送ることができた。


次会った時は、自身の立派になった姿を見てもらおうと……。


だが……その日が訪れることはなかった。



それは――――別れの日から一年後のことである。



突如として、信じられない話がシルフィーユの耳に入った。


「アイギス様が破門……?」


異端審問にかけられ、さらにその行方も知れないと聞かされた時、彼女は何かの間違いではと思った。


たしかに素行こそあまり良くはなかったものの、創造神様に盾突くような方ではなかったからだ。

詳細を調べようにも、重要機密扱いで異端審問会の内容は明かされなかった。


ならばと思い、冒険者としても活動を始めたシルフィーユは、別の角度から情報を集め始める。

だがそれでも知りえたのは、アイギス司教が大司教と何かを揉めていたということだけ……。



これは絶対に何かある……はずなのに、知ることすら叶わない自分がもどかしい。

空を見上げ、師の顔を思い浮かべた。


「あなたは一体、何を背負ってしまったんですか……?」



◇   ◇   ◇   ◇



「懐かしい…声が聞こえるね……」


ベッドで横になった女性は、かすれた声でシルフィさんの呼び掛けに反応した。


「私です! シルフィーユです!」


どうやらシルフィさんの顔見知りのようだが、どこかその表情には余裕がない。

ここまで取り乱したシルフィさんを見るのは初めてだった。


アイギスと呼ばれた老齢の女性は、顔だけをシルフィへと向ける。


「あぁ…シルフィかい、悪いね……もうほとんど見えないんだ」


その眼は灰色に変色しており、目の前にいるシルフィを上手く捉えられていなかった。

それに、喋ると動く痩せた頬が痛々しい。


自身が知る師の姿に対し、それはあまりにも変わり果てた姿だった。


「こんな…どうして……」


自然と溢れ出す涙を、シルフィは抑えることができないでいた。


「ちょっと無茶したからねぇ……生きてるだけマシってもんさ」


そう言って、アイギスは少しだけ笑みを浮かべた。


「一体どんな無茶をしたらこんな……」


「……結界ダヨ」


シルフィの疑問に答えたのは、部屋の入口に立つエマだった。


だがエマの話もまた無理のある話だ。

どう無茶したところで、こんな大規模な結界を張るなんて……


「――! まさか、神降ろしを……?」


シルフィの言葉に、エマはコクリと頷いた。


たしかにそれならこの結界も頷ける。

つまりこの変わり果てた姿はその代償だと……


「これが廃人になるってことだ……意識があるだけマシなんだろうね……」


そう弱々しい声でアイギスは答えた。


「やはりあなたは……」


ボソリと、シルフィは小さく呟いた。

創造神の力を行使できる……それは、彼女の行いに異端審問にかけられるような、背信行為がなかったことの証明である。


少なくともこのことに関しては、シルフィは内心ホッとしていた。



「ところでシルフィ……そこに神像でもあるのかい?」


「……? いえ、ありませんが……」


そもそもシルフィーユは神像を見たことすらない。

神の遺物と呼ばれるそれは、それほどまでに希少な存在なのだ。


「……不思議なもんでね……視力が失われていくと、それまで見えなかったもんが見えるようになってくる……」


光をほとんど失ったアイギスの瞳は、シルフィーユの背後に向いていた。


「……眩しいねぇ……女神像だってここまでじゃないよ……まぶしくて…心地良い……」


そのままアイギスはそっと瞳を閉じると、静かに寝息を立て始めた。

おそらく彼女にとっては、話すだけでも体への負担が大きいのだろう。


そして皆の視線は、アイギスが直前に見ていたある人物へと集中する。


「……ぼ、僕っすか……?」


突如集まった視線に、エルリットは動揺した。



◇   ◇   ◇   ◇



アンジェリカは一人、執務室にて書類に目を通していた。


「新しい浄水施設は順調、これなら普段は並列稼働で対応できそうね……」


消費する魔石はこれなら許容範囲内。

ただ管理と保守保全、定期的なメンテナンスには、どうしても人的コストが増す。


「雇用の促進には繋がるけど……財源がなぁ」


今後交易都市カザールからの税収も見込めればいいのだが、今はまだあまり期待できない。


これが鉱山都市ならすぐにでも財源に繋がる。

エルリット一行からの報告には期待したいものだ。


「あとは……遺跡の核か」


魔神は不思議と遺跡に直接立ち入ることはしない。

だがそれが外に持ち出されれば、また狙って来るだろう。


未だ情報の少ない第4遺跡はいいとして。

いずれ踏破されるであろう第3遺跡の核はどう扱ったものか……。


なんせ所有するだけでも、自国を危険に晒しかねない物だ。

厳重に保管するのは当然としても、その扱いは今でも協議されている。


「……いっそのこと、テーマパークでも作ってやろうかしら」


意外とアリなのでは? と、アンジェリカは一先ず思いついた案をすべて書き記していった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ