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093 敵か味方か。

「おいおい、いつからここは女子供の観光地になったんだ?」


鉄格子の先にいる男は皮肉気味にそう言いながら、こちらを値踏みするような目で眺めていた。

そこに敵意は感じられないが、観察されているようであまり気分の良いものではない。

そもそも立場的にこちらが観察する側だろう。


まぁ……見ても小汚いおっさんだなという印象だが、少なくともハーゲンよりは貫禄を感じる。

しかしどうにもドジ忍者が信用ならないので、一応本人に確認をとっておく。


「あなたが前領主のマーカス侯爵で間違いありませんか?」


僕の言葉を聞くと、男はハーゲンをジロリと睨んだ。


「前領主……か。誰かに領主の座を譲った覚えなんてないんだがな」


その言葉には、やや怒気を含んでいるように感じる。

それが伝わったのか、未だ縄に縛られ地べたを這っているハーゲンは、気まずそうに視線を逸らした。


これはもう、表向きは帝国の領土だが、実質魔帝国に制圧済みだったと考えていいな。

しかしそれが正式なものでないのならやりようはある。


「一先ずここを出ましょうか……臭いますし」


衛生的に問題はなくとも、ここで会話を続けるのは僕がしんどい。


「ははっ、残念だったな。こいつは出す予定なんてなかったから鍵はすでに処分済み――――


ハーゲンは意気揚々と嘲笑うが、すぐにその表情が固まった。

視線の先には、粘度のようにぐにゃりと曲がった鉄格子。


「もう少し丈夫に作ったほうがいいと思うぞ」


リズさんがあっさりと、大の大人が余裕で通れる隙間を作ってしまったのだ。

その光景には、マーカス侯爵も唖然としていた。


「……女子供と言ったが訂正させてほしい。どうやら私の見る目がなかっただけのようだ」


そして反省していた。


「ほな、ついでにこのハゲは牢に入れとこか」


ハーゲンにはまだ聞かねばならないこともあるので、空いている牢へと入れておいた。

簡単な尋問であっさり喋ってくれたら楽なんだけどね。


「くっ……俺様にこんな仕打ちをするなぞ、あの方が黙っていないぞ!」


うん……これはあっさり喋ってくれそうな気がする。





「まずは牢から出してもらったこと、及びハーゲンの件は非常に助かった……と思いたいが、外がこの状況ではな……」


マーカス侯爵は城内の応接間にて頭を下げ、そしてカーテンによって閉ざされた外を隙間から覗き見た。

そこには邪神像の支配から解放された民衆が押し寄せ、暴動寸前の光景が広がっていた。


「やれやれ、ハーゲンの尻拭いと考えたら頭が痛くなるな」


眉間を抑えながら侯爵はため息をつく。

そもそもハーゲンの支配がなくとも、物流の止まった交易都市の行きつく先は知れている。


ならばと思い、僕は侯爵の意志を確認した。


「ハーゲンに全て押し付けて逃げるという選択肢もありますよ?」


実際侯爵は表向き失踪していることになっている。

逃げたところで誰もそれを咎められないだろう。


「それは魅力的な提案だ。ハーゲンの件がなくとも、元々ジリ貧だったしな」


と言いつつも、侯爵は視線を民衆から逸らすことはなかった。


「痩せた者が多い……ハーゲンの悪政が目に浮かぶ。……さて、まずどこから手を付けたものか」


侯爵はこの状況から逃げるつもりはまったくないらしい。

保身より領地のことで頭がいっぱいのようだ。


であるならば――――こちらも行動に移そう。


僕がチラッとリズさんに目配せすると、侯爵の喉元に剣が突きつけられる。

無論そこに殺意はない。


「…………説明を求めても?」


侯爵は両手を上げ、この状況の説明を求めた。

自分を牢から解放しておいて剣を突きつける理由、それは……


「僕らは公国から来ました。軍事目的……と言えばわかりやすいですか?」


そう、僕らは帝国を救いに来たのではない。

その領土を公国のものとするために来たのだ。


「……なるほど、助けたわけではないということか。だがそれならなぜ、わざわざ私を牢から出したのだ?」


侯爵は鋭い眼でこちらを睨みつける。

それから僕を庇うような形で、メイさんが前に出た。


「頭が高いで! …………えーっと、ちょっと待ったってや」


そう言ってメイさんは何やらメモ紙を取り出し、再度言葉を続けた。


「こちらにおわす御方をどなたと心得る……? 恐れ多くも、エルラド公国第2公女様であらせられるぞ?」


それは慣れない言葉でたどたどしく、あまりにも棒読みで、なぜか疑問形だった。


「……その紙は?」


「ん? アンジェリカ嬢に渡されたんや。これ言えばだいたいなんとかなる言うて」


アンジェリカさんが用意したものだったのか。

一体いつの間に接点が……。


しかしこんな内容じゃマーカス侯爵も信じないでしょ。

そう思い侯爵の顔を伺うと……


「公国に第2公女が……? いや、たしかにそんな噂は聞いたことがあるな……」


とくに疑ってはいなかった。


そういえば夜会のときに帝国の貴族もいたんだったな。

そこから噂として多少なり広まってはいたようだ。


「そしてここに来たのは軍事目的か……。なら私を牢から出したのは……武力制圧ではないと考えて良いのだろうか?」


もはや武力は行使した後だが、制圧となると領主の首が必要になるだろう。

だがそうではない道もまだ残されている。


「そうなるかどうかはあなた次第です。一帝国民として散ることを選べば血が流れることになりますが……」


そう言って僕は手を差し出した。


無論こちらとしても余計な血は流したくない。

だが無理矢理従わせたところで、結局はその道を辿ってしまうだろう。


ならば選んで欲しい。

選んだ後は……侯爵がどれほど民衆の支持を得られるかによる。


侯爵はその手を見つめ、その後外の民衆に視線を移した。


「……そんなもの、考えるまでもない」



◇   ◇   ◇   ◇



「出てこいハーゲン!」

「通行料金貨10枚とかふざけてるのか!」

「その頭を除毛してやる!」


城の正門は閉ざされているが、それを破って民衆が中へ押し寄せるのも時間の問題だろう。


だが、正門は内側から開かれた。

予想外の出来事に民衆は戸惑い、恐る恐る城の敷地内へと足を進める。


そして、皆の視線は城の2階、バルコニーのようにも見える謁見台へと注がれた。

そこには彼らの標的であるハーゲンではなく、マーカス侯爵の姿があった。


「皆、待たせてしまったな」


その姿と声に、民衆は足を止める。


「侯爵様……?」

「失踪したって聞いてたけど……」

「ハーゲンはどうしたんだ?」


皆困惑していたが、先ほどまでのように声を荒げる者はいなかった。


「ハーゲンは牢に捕らえてある。私が不甲斐ないばかりに、皆には辛い思いをさせてしまった」


侯爵の言葉を聞き、怒りのやり場を失った民衆は周囲の者と顔を見合わせた。


「ど、どうする……?」

「どうって言われてもな、侯爵様に恨みがあるわけじゃないし……」

「とりあえず解決ってことなのか?」


困惑している者が多かったが、侯爵はそのまま言葉を続ける。


「だが、我々の未来は決して明るいものではない。ハーゲンの存在がなくとも、物流の止まったこの地の行きつく先は……破滅だ」


それは誰にでも容易に想像できる未来だった。


しかし彼らはまだあきらめていない。

だからこそ城へと押し寄せてきたのだ。

ならば領主が進むべき道、それは……


「このまま帝国民として生きたいのなら止めはしない、この領地を出て行ってくれ。だがもし、その誇りを捨てられるなら……私と共に公国の民となってほしい」


その言葉を発した後、侯爵はこちらへ目配せした。


ここで出ろということか……。

気は進まないが、胸を張り姿勢を正す。

そして、侯爵の隣へと足を進めた。


「ぼ……私はエルラド公国第2公女、エルリット・ヴァ・エルラド。この交易都市をいただきに参りました」


悲しいかな……化粧とドレスの公女モードで、僕はその場に立たされた。


騙しているようで気が重いよ。

でもセリフなら前もって用意してある。

せめてその役割は全うしよう。


「皆さんには選んでいただきます。この領地を出て公国の敵となるか、留まり民となるか」


なんとか噛まずに言えて僕はホッと安堵した。


斜め後ろには、執事服を着たリズさんが控えている。

できれば誰も反発してほしくないが、もしもの時はお願いしますよ。


だがそれは杞憂に終わることとなった。


「ここが公国になるってことか?」

「そんなの選ぶまでもないよな?」

「そもそも領地出る金なくてあきらめてたからな」

「国境通れなくて戻って来たやつもいたし……」

「公国になれば物流も止まったままにはならないよな」


ざわついた民衆の声は徐々に大きなものになっていく。

同時にその表情は明るいものになっていった。


そして誰がやり始めたのか、祈りを捧げるものさえ現れる。


「第2公女様……まるで女神様のようだ」


僕は誓った。

この地には二度と足を運ばないと……。

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