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092 金の切れ目が縁の始まり。

「領主の城ってもっと大きいものかと思った」


それが、領主の城を見て僕が思った素直な感想だった。


でも交易都市では一番大きい建物だ。

今までエルラド城ばかり見ていたから感覚が麻痺してるのかもしれない。


「ふんっ、これから大きくする予定だったのだ。そのためにも金が必要――――って、髪摘まむのやめてッ!」


ロープに縛られたまま引きずられていたハーゲンだが、その態度が大きかったためメイさんが時折髪を摘まんで引っ張っていた。

なんだかちょっと不憫だ。



「しかし領主が縛られているというのに、ここの兵は薄情だな」


リズさんは一応城にいた兵を警戒していたが、ハーゲンを救おうと斬りかかって来る者はいなかった。

……ホントに領主なの?


「まったくだ、今は俺様が領主だというのに」


今は……というのは少し引っかかるな。


こんな悪政を強いる領主がずっと治めていたとも考えにくい。

となれば、尋問で色々調べる必要がある。

そう思った矢先のことだった。


この領主の寝室での尋問は気乗りがしなかったので、適当な扉を開いたのだが……


「なんでしょうこの部屋、ゴミだらけです……」


シルフィさんが開いた扉の先には、燃えないゴミの山があった。

その部屋の惨状に、皆の視線がハーゲンに集まる。


「し、知らん! これは俺様も知らんぞ!」


どうやらハーゲンの収集品というわけではないらしい。

となれば別の部屋に……と思ったのだが、ゴミの山から一人の女性が姿を現した。


「――あ、あったぁぁぁぁぁッ!」


それは見覚えのある女性……黒髪ポニーテールで忍び装束のアゲハだった。

その手には一振りの忍者刀が握られている。


……アレのためにわざわざ燃えないゴミ全部回収してきたのかな?


「良かったぁ……ん?」


そしてこちらを認識し、固まってしまった。

おそらく状況が把握できていないのだろう。

だがさすがにそれも長くは続かない。


サッとゴミの山から飛び出し、まるで重力を無視するかのように天井に足をつき、こちらを警戒し始めた。


「――く、曲者め!」


と口には出しているが、その顔はちょっと赤い。

恥ずかしい場面を見られたという自覚はあるようだ。


「こんなところで何をしているアゲハ! 早く俺様を助けろ!」


ハーゲンは動けない体で必死にアゲハに助けを求めた。


「――ハゲ様ッ!?」


「ハーゲンだ! お前は何度俺様の名前を間違えれば気が済むのだ!」


自分の私兵に何度もハゲ呼ばわりされてたのか……。


「それより、早く俺様を救い出すのだ!」


ハーゲンの顔に希望の光が灯る。


アゲハは韋駄天と呼ばれるほどスピードに特化している。

それでも4人相手に正面から戦えば、まず勝ち目はない。

だが、自身を助けることぐらいは可能なはず――――


「さ、さすがにその頭は救いようが……」


「誰が頭の話をしとるかッ! この縄のことだ!」


アゲハはどこかズレていた。

まぁ間違えて捨てた物を回収するために、ゴミ全部回収してきちゃうような人だしね……。


「えっ? その縄はてっきりそういう趣味なのかと……」


「そんなわけあるか! お前俺様を何だと思っとるんだ!」


いまいちハーゲンの意図がアゲハには上手く伝わっていない。

僕らは一体今何を見せられているのだろうか。


「早くこの縄を解け! 特別ボーナスで給与の10倍払ってやる!」


ハーゲンがそう言い放つと、アゲハの雰囲気が変わる。


「……そういうことは早く仰ってください」


そして、スッと懐から取り出した眼鏡を掛ける。

それはまるで、自分の中のスイッチを切り替えるかのようで――――


「んぅぅぅぅぅッ! この縄硬くて解けないです!」


一瞬姿を見失い――――気が付けば、アゲハはハーゲンの縄を解こうとしていた。


僕とシルフィさんとメイさんには、まるでその速さが捉えられなかった。

だがリズさんだけは、違ったようで……


「速いな……もう一振りを奪うだけで精一杯だった」


リズさんの手には、忍者刀が握られていた。

あれは見覚えがある……アゲハが僕の前で抜いた錆びた忍者刀だ。

まだ持ってたんだな……。


それにしてもなんだろう……ハーゲンの位置まであっさり辿り着かれてしまったにも関わらず、まったく緊張感がない。


「馬鹿者ッ! その刀を使えばよかろう!」


「そ、そんな! これ新品なのに……こんなつまらない物を斬るだなんてできません!」


アゲハは新品の忍者刀を使うのを渋っていた。

もはやホントに助ける気があるのかすら疑わしくなってくるやり取りだ。


でもそういうことなら、交渉の余地があるのかもしれないな……。


「あの、アゲハさんでしたっけ? どの道この領主っぽい人はもう逃がすつもりないので、お給金は期待できないかと……」


彼女は正規の兵ではなく、金で雇われた傭兵だ。

であれば簡単な話、金の切れ目が縁の切れ目だろう。


「そ、そんな……この刀に全財産はたいてしまったのに……」


アゲハは膝から崩れ落ちた。


簡単な話を面倒にしないでほしいよ。


「そんなええ刀なんか? ちょい見させてもらうで」


メイさんは刀を抜いて確認し始める。

一応相手は敵なのだが、まるで緊張感がない……。


「……ええか悪いかで言ったらなまくらやな。ぼったくられたんとちゃう?」


「――えっ?」


メイさんの発した言葉に、アゲハの顔が見る見る青ざめていく。

これを見るのは本日二度目だ。


「い、いや…でも……ほら、ここにかの有名な意匠の印が……」


そう言ってアゲハは刀の鍔を指差した。

たしかにちょっと変わったデザインに見える。


「鍔なんて交換するかもしれへんとこに鍛冶師が印なんて付けるかいな。普通は茎に銘刻むやろ」


「――ッ!」


アゲハはハッとする。

というかそれぐらいなら僕でも知ってるよ。


「だまされた……?」


アゲハの表情は焦燥しきっていた。

これは騙したほうもチョロかっただろうな。


しかしこれは使えるかも……?


「メイさん、提案なんですが……」


僕はメイさんにあることを耳打ちする。

こればっかりはメイさん次第になるだろう。


「弱った人間にそないなこと……エルもえぐいこと考えよるなぁ」


そう返事したメイさんは悪い顔をしている。

それでいで楽しそうだった。


そしてメイさんはそっとアゲハの肩に触れた。


「アゲハいうたな。もっとええ刀……ドワーフのウチが打ったろか?」


「えっ……?」


俯いていたアゲハが顔を上げる。

そこにはメイさんの満面の笑みがあった。


「せやかてタダやいうわけにもいかんからなぁ……。このハゲについて知っとること、全部話してもらおか?」


………………


…………


……


帝国領土の半分近くが魔帝国の手に落ちた際、この交易都市でも大きな変化が起きた。

突如新しい領主が現れ、当時の領主は謎の失踪を遂げたのだ。

最初こそ民の反発はあったものの、それも数日で収まり誰も悪政に異を唱える者は現れなくなった……。


「私が知ってるのはそれぐらいしか……」


アゲハの知っていることはそれほど多くはなかった。

だが前領主の所在は把握しているとのことなので、そこへ案内してもらっている。


「地下牢……ですか」


シルフィさんが眉をひそめそう呟いた。


僕らが案内されたのは、薄暗い地下牢で臭いがややきつい。

眉をひそめたくもなるよ、ここで一体どれだけの人が亡くなったのやら……。


「あっ、この臭いはただの演出なので、衛生面には問題ありませんよ。私ががんばって臭い袋を作りました」


そういってアゲハは天井を指差した。


たしかに、それらしい小さい袋が一定間隔で吊るされている。

……演出ってなに?


「着きました。ここに前領主のマーカス侯爵が軟禁されています」


そう言ってアゲハは足を止める。

だがその牢には、すでに物言わぬ屍……白骨死体があるだけだった。


「僕らがもう少し早く来ていれば……いや、それは結果論ですね」


僕はそっと合掌する。

せめて安らかに眠ってほしい。


「あっ、すいません、もう少し奥の牢でした……これは見映え用の模型です」


アゲハは慌てて、再度皆を連れてさらに奥へと案内し始めた。


この世界にも映えとかあんのか……僕の合掌を返せよ。



「こ、今度こそホントに着きました。ここで間違いありません」


その牢には、一人の男性が胡坐をかいて床に鎮座していた。


歳は40代ぐらいだろうか。

ほどよく引き締まった体に、長く放置されたボサボサの髪と無精髭が印象的だ。


男はこちらを一瞥すると、無精髭を弄りながら言葉を発した。


「おいおい、いつからここは女子供の観光地になったんだ?」

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