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088 鐘の音。

「お? だいぶ音小さなったか?」


「そのようだ、耳を塞ぐほどではなくなったな」


突如鳴り響いた鐘の音に対して耳を塞いでいた二人は、ようやくホッと安堵する。


だがまだ鐘の音は止んでいない。

なので、僕とシルフィさんは神力で部屋を覆っているのだが……


「……二人とも発光してどないしたんや?」


メイさんならそう言うと思ってましたよ。


「メイ、あれは神力といってだな……多分、使うとああやって淡く光るんだ」


リズさん……説明してくれるのは嬉しいけど、多分それ説明になってないよ。


まぁ、僕もこの現状を説明しろと言われたら無理だけど。

そもそもシルフィさんの神力に合わせた見様真似だし……。



そして数分ほど続いた鐘の音が、ようやく鳴り止んだ。


ほぼ同じくして、弱々しい神力が消える。

ようやくかと思いこちらも神力を引っ込めるのだが、どうにもシルフィさんの様子がおかしかった。


「はぁ…はぁ……」


その場にうずくまり、呼吸は荒く、尋常ではない汗の量だった。


「ちょッ…! 大丈夫ですかシルフィさん」


「……大丈夫…です。咄嗟…だったので……」


本来神力とは祈りを捧げて扱うものだ。

シルフィさんクラスになると強引に扱えるようだが、その負担はかなりのものらしい。


「でも……やっぱりエルさんは平然としてるんですね」


それは…なんかすいません。



シルフィさんの呼吸が整うと、リズさんは説明を求めた。


「結局私とメイは、エルとシルフィに守ってもらったということになるのか?」


「そうですね……一度や二度あの鐘の音を聞いたぐらいでどうこうなるとは思えませんが、徐々に精神を蝕まれていく可能性はあったと思います」


シルフィさんはホットミルクを飲みながら説明を続けていく。

あの鐘の音が聞こえると同時に、薄っすらとだが邪神像が放つ力と似たものを感じたのだそうだ。

おそらく、音を介すことで広範囲に邪教の力を及ばせているのではと。


僕とシルフィさんにはそれほど大きな音には聞こえなかったが、神力を扱えないリズさんとメイさんにはかなりの大音量だったらしい。

それは邪教の力に対する耐性によるものだったようだ。


僕はそっとカーテンから外を眺める。


(なるほど、それで一番静かな時間を狙って……ということかな?)


大音量だった割に皆起きて騒ぎ出さないのは、すでにその精神が侵されてしまっているからかもしれない。


「せやったんか……なんや申し訳ないなぁ。ほれ、ホットミルクにチョコもつけたるわ」


メイさんは、溶かしたチョコをシルフィさんのカップに注いだ。

シルフィさんのカップにだけ、注いだ。


……僕は?


シルフィさんの口元が、チョコの甘い香りに自然と緩む。


「お二人なら強い影響を受けることはないと思いますが、万が一ということもありますので……」


そう言って、チョコの溶け込んだホットミルクを一口飲むと「ほわぁ…」とだらしない声を発した。


甘いものに甘いものを混ぜる……それはあまりにも罪な行為。


本来であれば、チョコは圧倒的に味が濃いだろう。

それをホットミルクが優しく滑らかな味わいへと変化させる。

そして、決して甘すぎることもない。

微かに残るチョコの苦みが、甘すぎることを決して許さないのだ。

液体であるがゆえに、舌に逃げ場もない……つまり、抗うことは許されない――――


「……なんで飲んでへんエルがだらしない顔になるんや?」



◇   ◇   ◇   ◇



早朝、外が明るくなり始める頃にそれは始まった。

街に住む人々が長蛇の列を作り始めたのだ。


「あれが配給か……」


窓から覗くリズの視線の先には、列の先頭で何かを受け取っている住民の姿が映っていた。


受け取れる物は最低限の食料だけ。

そしてそれを見張る武装した警備兵。

これは正に刑務所のような光景だ。


……いや、実際の刑務所を見たことはないんだけどね。


無論僕らは列に並ぶ必要はない。

だが今外に出れば、並んでいない僕らは嫌でも目立つだろう。


「それもこれも、あの鐘の音が関係しているのかな……」


徐々に精神を蝕んでいく鐘の音が、住民たちを囚人のようにしてしまうのか。


中には冒険者らしき姿もあった。

対抗手段がなかったら僕らもああなってたのかもしれない。


「鐘の音が原因と仮定して、その鐘はどこにあると思いますか?」


シルフィさんの言葉に、各々推測し始める。

交易都市全体に届かないと意味がないだろうし、そうなると概ね場所は限られてくる……はず。


「普通に考えたら交易都市の中心か?」


「いやいや、高台とかやないの?」


リズさんとメイさんの予想もそう的外れというわけではないが、はたしてそれだけで広範囲に届くものだろうか。

中心ってだけだと建物に遮られて段々音は届かなくなっていくだろうし、高台だと風向きしだいで不安定な気がする。


「とりあえず今日は日中のうちに、それっぽい場所を探ってみましょうか」


僕の言葉に、皆が頷いた。


わかりやすく鐘があればいいのだけど……。




灯りの少ないこの街は、夜だと女4人では目立つ可能性がある。

だが昼間ならそれほどでもないだろう。


……いや、女4人ではないのだけどね。


ともかく、日中ならそれほど目立ちもしないだろうと、二手に分かれることはしなかった。


「中心部にあるのは枯れた噴水だけか……」


まずリズさんの予想である中心部ははずれ。


「高台……そもそもあらへんな」


メイさんの予想は、そもそも地形的に存在しなかった。


僕が飛んで探せれば早いのだが、それはそれで大変目立ってしまう。

せめて高台とは言わないけど、どこか高い位置から見渡せれば……


「……外壁に登ってみます?」


公国の中央都市エルヴィンほどではないが、この交易都市カザールも高めの外壁に覆われている。


「いいかもしれませんね、ただ警備兵がやや多いようなので注意が必要です」


「たしかに、街中の巡回兵より多いように感じるな」


そう言いながら、シルフィさんとリズさんは外壁の上に視線を向けていた。

けっこう距離あるはずなんですがね……。


「そうなん? ちょっちエル、しゃがんでや」


メイさんが何をしたいのかよくわからないが、言われるがままとりあえずしゃがんだ。

すると、少女の太腿によって僕の首が挟まれる。


……狙いは頸動脈か?


「よっしゃ、立ってええで」


あぁ、肩車してほしかったのね。

一瞬締められるのかと思ったよ。


メイさんは見た目通り軽かったので、僕は何の苦労もなくスッと立ち上がった。


「おー、これならよう見えるわ。どれどれ……二人一組の警備体制かいな」


へー…そりゃ大変だ。

ところで、僕には遠すぎて見えないんだけど、3人ともどうなってるの?


……でもとりあえず合わせとくか。


「妙に厳重な感じに見えますよねぇ」


見えてないんだけどね。


「そうだな、それに街中の兵より装備の質が良い」


……え?

リズさんそこまで見えてるの?


「私はそこまではわかりませんが……ちょっとおかしな配置ですね」


「うちもそこまでは見えへんわ。若い子にはかなわんで」


シルフィさんとメイさんはさすがにリズさんほどハッキリと見えているわけではないらしい。

僕も別に目悪いわけじゃないんだけどね……。


なぜそこまで外壁の上が厳重なのかはさておき、一先ず僕らは外壁を目指し足を進めて行った。

だが近づくほど、さすがの僕にも徐々に見えてくる。


外壁の上には、3人の言った通り妙に警備兵が多い。

さらに陸地では、外壁に沿って巡回している兵までいる。


「これは……登ったとしてもバレるのは時間の問題ですね」


これで何の成果もなかったら目も当てられない。


「しかし他に当てもないしな。エル、アレを頼む」


リズさんの言うアレとは、おそらくスタンテーザーのことだろう。


指先で照準を定め、雷の弾丸を放つ――――


悲鳴が聞こえることもなく、どさりと巡回兵がその場に倒れた。

この魔法は鎧を貫通できるほどの威力はないが、全身金属鎧の兵には効果てきめんだ。


あとはこの巡回兵を物陰に隠し、外壁の上を目指す。


「上の警備兵は任せろ」


そう言ってリズさんは、大地を蹴り外壁の上までひとっ飛び。


「それでは私も――」


シルフィさんもそれに続くように大地を蹴り飛翔した。


まぁ……わかってたことだけどね、うちの女性陣は頼もしいな。

そう思い、残るメイさんに視線を移す。


「……いや、うちにアレは無理やで?」


そう言ってメイさんは上に向かって手を伸ばす。

すると、袖からワイヤーのようなものが飛び出し、外壁の上で「ガキンッ」と金属音を鳴らした。


「どや? 自信作やねん」


メイさんはワイヤーを手で引っ張り、しっかり固定されていることを確認する。


「ほな、お先に――」


ワイヤーが自動で巻き取られ、メイさんの体は見る見る高く上昇していった。


……何アレ、超クールじゃん……ちょっとほしい。


何はともあれ、僕も飛行魔法でスッと飛び上がり、外壁の上へと飛翔した。

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