083 継ぐもの。
エルラド城謁見の間。
そこには城内にいた貴族、役人が集められていた。
無論全てではなく、アンジェリカ名義の招集に応じた者のみである。
そんな中アンジェリカは、誰も座っていない玉座の前に立っていた。
「なぜアンジェリカ様が……」
「捕らえるべきではないのか?」
「ならばお主がそうすればよかろう。できればの話だが」
「そもそも正式に手配されていたわけではないし……」
この国を担う中枢達とて、彼女の扱いには困っていた。
そもそも手に余る上に、今の公国はそれどころではないのだ。
効率の悪い予備の浄水施設に、本格的に始まった帝国との戦争。
その上、国のトップはいつ意識が戻るかもわからない。
手に余るというよりは、お手上げといったほうが正しい現状だった。
しかし目の前の公女様はどうだ。
この事態の元凶なのは間違いないが、悪びれた様子もなく、毅然とした態度で我々の前に立っている。
一体どういうつもりだ……と皆が思っていた。
これはアンジェリカからしても予想通りの反応だった。
だが彼らを味方に引き込むつもりはない。
利害の一致さえ示せればこの場は勝ちなのだ。
そう思い、アンジェリカは口を開いた。
「集まってもらったのは他でもない。私は今、父の代理としてここに立っている」
その言葉と共に、謁見の間は静まり返る。
理由は概ねわかっていた。
どの口が言う……と言いたいのだろう。
なので不満の声が出る前に、続きを述べた。
「無論私とて己の犯した罪を忘れたわけではない。いずれその責は負うつもりだ」
そう、いずれ国外追放でも処刑でも好きにしたらいい。
だがそれも、現状の問題を打開し、全てが解決してからだ。
……まぁ、できれば処刑は免れたいが。
すると、一人の貴族の男が手を上げて発言した。
「いずれ、ということは今はその時ではないと?」
最もな疑問をぶつけてきたその男の目に、敵意のようなものはない。
どちらかといえば、品定めをしているように感じる。
「あなたはたしか……オーガン卿だったわね。そうね……私の責務と役目、それが終われば好きに処罰してくれて構わないわ」
アンジェリカの言葉に他の貴族たちはざわつき始める。
だがオーガン卿は、その言葉を冷静に受け止めていた。
「責務と役目……ですか。具体的にはどうなさるおつもりで?」
その問いに場は再び静まり返り、視線はアンジェリカへと集まった。
アンジェリカは斜め後ろに控えていたセバスへ目配せする。
すると、セバスはオーガン卿に一枚の書類を差し出した。
同時に、アンジェリカは口を開く。
「まずは浄水施設の問題から着手する。といっても、これは改善ではなく新たな施設の立ち上げになるでしょう」
拝見します、といってオーガン卿は紙に目を通し始めた。
だがすぐにその顔は険しいものになり始める。
「浄水そのものを魔石の力で行うのではなく、浄水の仕組みの動力源として魔石を使用――――たしかにこれなら、魔石の消費量は今とは比べ物にならないほど軽減できますが……残念な夢物語ですね」
そう言って鋭い視線をアンジェリカへと向ける。
それにはやや挑発的な態度でアンジェリカは応えた。
「へぇ、なぜ残念なのかしら」
「浄水自体に魔石の力が必要なのはわかっているでしょう? それを代替できる仕組み……そんなものがあれば誰も苦労しませんよ」
これには他の貴族も同じ意見なのか、頷いている者も多い。
その反応に、アンジェリカは不敵に笑う。
「あらそう、じゃあ苦労しなくて済むわね」
その言葉を合図に、再びセバスがもう一枚の書類を差し出した。
そこには文字だけでなく、図解のようなものも記されている。
オーガン卿は初めこそ新たな書類に対しやや呆れた様子だったが、目の色を変えるのにそれほど時間はかからなかった。
「これは……!? そんな……いや、たしかにこれなら――――」
あきらかに狼狽し始めるが、その口角は上がっていた。
なぜなら、彼の目には技術革命と呼べるものが映っていたからだ。
「お嬢様……いえ、アンジェリカ様! これはあなたが思いついたものなんですか?」
オーガン卿は興奮し、その瞳は少年のように輝いていた。
それを見たアンジェリカは、チクリと胸が痛む。
「そ、そうね……天啓ってやつかしら」
それまでの毅然とした態度が、答えたその顔は苦笑い。
さらに目は泳ぎ、どこか気まずそうだった。
「まぁホントは思いついたというか、知ってたというか……」
アンジェリカはボソボソと小さな声でそう呟いていたが、それは誰にも聞き取られることはなかった。
「――失礼、少々興奮しすぎてしまいました」
オーガン卿や浄水施設に関わりある者は、やや照れながら襟を正す。
しかし、そわそわと落ち着かない様子だった。
彼らの頭の中では、すでにそれは現実の物として組み上がり始めていたのだ。
「さて、もう一つの問題……カトル帝国に関してだが、これも私に考えがある」
そう言って、アンジェリカは気を引き締める。
これは先ほどと違って少々過激な内容になるため、反発も覚悟しなければならない。
「あの国がすでに魔帝国の傀儡であることは、皆も薄々勘づいていることだろう」
そのアンジェリカの言葉に対し、静かに頷く者もいれば、首を傾げている者もいる。
この状況に置いて必要な人材は前者であった。
彼らは本当に危険なのは何なのかをわかっているのだ。
「だがそう難しい話ではない、我々は帝国と戦争しているのだ」
帝国はその半分を魔帝国に占領されたものの、あくまで公国に攻め込んできたのは帝国。
その上層部はすでに魔帝国の手中ではあるが、邪神像を使い人心を操っているのならばやりようはある。
正直なところ、アンジェリカも魔帝国の実態はあまりよく知らない。
だが戦うにしても、間にいる帝国は邪魔でしかないのだ……
「であるならば――――まずは帝国を落とす」
アンジェリカの発言に場はざわつき動揺した。
「これはまた……多くの血が流れる選択ですね」
「たしかに守り一辺倒では埒が明きませんが……」
「半分になったとはいえ帝国は広い。質はともかく、戦力の数が足りないのでは?」
「落とせたところで、我々公国に統治できる広さではありますまい」
良かった……どの問題もクリア済み――――とアンジェリカは安堵する。
本来なら教会は戦争に積極的な介入はしない。
なので本格的な参入はさすがに期待できないが、邪神像が関わっているのなら話は変わってくるだろう。
教会の助力が少しでもあるのなら、民衆の印象はそう悪いものにはならない。
そして標的はあくまで人心を操る邪神像。
外で野営している帝国兵のように、無傷で済む可能性は高い。
そうなれば統治の問題もいくらか軽減する。
つまり必要な戦力は、帝国で自由に動ける少数精鋭……それも飛び切り強力な。
ここまで説明をしてみたものの、貴族たちは未だ重い腰を上げられなかった。
必要な戦力は少数精鋭とは言っても、その宛がどこにあるというのか。
仮に冒険者に依頼するとしても、明確な攻撃的理由で多国へ送るというのは新たな敵を作りかねない。
だがアンジェリカは、それを可能な人物を知っている。
実力が証明されていて、尚且つ公爵家の人間として送り込める人物を……
すると、丁度良いタイミングで静かに謁見の間の扉が開き、白髪の頭がちょこんと顔を覗かせた。
「えっ……すいません。間違えました」
目が合ったかと思えば、中には入らずそっと扉は閉じられてしまう。
その態度に、アンジェリカは若干イラッとした。
◇ ◇ ◇ ◇
師匠とリズさんのご両親はジギルとも知り合いのようで、久々にギルドへと顔を出しに向かった。
リズさんはセリスさんと鍛錬に関する話で盛り上がっている……久しぶりに再会した友人とするような話じゃないと思うよ。
そして僕はというと、なぜかメイドさんに案内され鏡の前に座っていた。
そのまま本格的にメイクが施されていく。
「あの……これは一体なにを?」
「これはグロスですよ。エルリット様は元が良いので、こっちを下地にして控え目に仕上げた方が似合うと思うんですよ」
そういうことじゃなくてね……。
さらに背後には、家紋のようなものが入ったローブまで用意されていた。
「これは……まだ妹設定続けるつもりなのかなぁ」
結局、前回の夜会の時とは違う印象のメイクを施されてしまった。
同時に羽織るはめになった立派な装飾の入ったローブは、前回着たドレスよりも動きやすい。
……いや、そういう問題じゃないんだけどね。
「ホントにここに入っていいのか……?」
メイドに案内されたのは謁見の間だった。
さすがにエルラド公が中で待っているはずもない……となれば一体?
そう思いながら恐る恐る扉をちょっとだけ開き、中をチラっと確認する。
「――えっ?」
そこには何やら偉そうな貴族らしき人が集まっていた。
「……すいません、間違えました」
そう言って、僕はそっと扉を閉じた。
だってすげー場違い感あったし。
だが今度は向こう側から扉が開かれる。
「間違いじゃないわよ、私が呼んだんだから」
それは少し不機嫌そうなアンジェリカさんだった。
そのまま僕は手を引かれ、玉座の前へと連れられてしまう。
え……なにこの羞恥プレイ。
恥ずかしさと場違い感で、とても生きた心地がしなかった。
そして、それはさらに加速していくことになる。
「改めて紹介するわ。この子は第2公女、エルリット・ヴァ・エルラド。閃光のエルリット、と言えば噂ぐらい聞いたことあるでしょう?」
……エルリット・ヴァ・エルラド? 誰それ……
ブックマーク、評価ありがとうございます。
大変励みになります。
4章の章タイトルを【魔神復活編】から【魔神邂逅編】に変更しました。