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082 一人じゃない。

『――――最愛の娘へ贈る。

 

 今、アンジェがこれを読んでいるということは、

 私は危篤の状態ということなのだろう。

 

 ここに書かれた内容を信じるも信じないもアンジェ次第だ。

 言い訳のような内容になるかもしれない。

 それでもきっと、最後まで読んでくれると信じている。


 私はきっと、アンジェに恨まれているのだろう。

 幼少期にもっと遊んでやりたかった。

 ……もっと一緒にいてやりたかった。

 アメリアの容態に、もう少し早く気づいていればと後悔している。


 アメリアが心を病んでいたのはアンジェも知っていただろう。

 私がアンジェを愛でる度に、彼女は嫉妬を隠しきれなくなっていった。

 それは徐々にはっきりと態度に表れ始め、ついには会わせてもらえなくなるほどだ。

 パパの髭を笑いながら引っこ抜くアンジェに、会いたくても会えない日が続いたよ……。


 そんな時だ、アメリアから「側室を迎えては?」と提案されたのは。


 たしかに私には、幼馴染であり、辺境伯時代からの婚約者がいた。

 アンジェはあまり覚えていないかもしれないが、マリアーナのことだ。

 

 正直、アメリアが彼女を迎え入れることを認めたのは意外だった。

 一体どんな心境の変化があったのか……。


 しかしマリアーナが身籠ったことにより、アメリアの行動は以前より過激さを増した。

 その命を狙うほどに……。


 事が露見したあと、アメリアは幽閉せざるを得なかった。

 私としては傍に置いておきたかったが、本人がそれを拒んだのだ。

 そんな状態でも、私はアンジェに会わせてもらえない日々が続いた。


 情けない話だが、

 これ以上アメリアを刺激することを恐れていなかったと言えば嘘になる。


 アメリアの死後、久しぶりに会ったアンジェの眼を見た時私は心が痛かったよ。

 子供がするような眼ではないと……。


 露骨にアンジェに避けられ始めた私は毎日が地獄だった。

 しかしいつからか明るい顔をするようになって、時が解決してくれたとばかり思っていた。


 斬られた腕は繋がったはずなのに、時折痛む。

 やはり私は、恨まれていたのだな……。

 

 アンジェから私がどう見えていたのかはわからない。

 それでもこれだけは信じて欲しい。



 アンジェリカは私にとって何ものにも代え難い宝だ。



 ありきたりな言葉かもしれないな。

 抱きしめることで伝えられるならそうしたい。


 これを読んでいるということは、私は国の先頭に立てなくなっているのだろう。


 その時は――――最愛の娘にこの国を託す。 強くあれ、アンジェリカ』



手紙を読み終えた頃、その文字は滲み始めていた。


こんなものに誰が騙されるか。

しょせん自分に都合の良いことばかり書かれているだけだ。


アンジェリカは、何度もそう自分に言い聞かせる。



なのになぜ……こんなにも、涙が止まらないのだろうか――――



………………


…………


……



アンジェリカは窓ガラスに映る自身の顔を確認する。


目元は赤いし、ひどい顔だ。

でも冷静に自身の置かれている状況を見れている。


(安心しろ……私はまだ一人じゃない)


中身はもうおばさんだぞ、っと言って頬を叩き気合を入れる。


この国の置かれている状況も良く分かっていた。

なんせその原因は自分だ。

まずは人手が足りない。

自身の手足となれる部下がほしい。


そう思い、隠す気のない監視の気配へと声を向けた。


「そこにいるんでしょう? 出てきなさい」


すると、アンジェリカの声を待っていたと言わんばかりに、老齢の男性が姿を現した。


「――おかえりなさいませ、アンジェリカお嬢様」


「……やっぱり、あなただったのね」


姿を隠し、監視をしていたのはセバスだった。


「お父様についていなくていいのかしら?」


セバスがエルラド公の腹心なのは、アンジェリカとて既知の事実である。


「実はつい先日解雇されてしまいまして……」


とセバスは困り顔で告げる。


にわかに信じ難いことだが、この状況で冗談を言うような男ではない。


「クビになったのにこんな所にいていいのかしら?」


おそらく城内に新たな主を得た……といったところだろう。

その者が監視を命じたのならば、それははたしてアンジェリカにとって敵か味方か……。


「お嬢様に仕えるのを禁じられたわけではありませんから」


そう言ってセバスは片膝をついた。

予想外の行動に、アンジェリカは面を食らう。


つまり監視ではなく、ただ控えていたと……?


「……本気なの? 私の敵は多いわよ?」


今のこちらの立場ぐらいは、さすがにセバスもわかっているはず。

それこそ私が何をしたのかも……。


それでもなお仕えるということは、下手をすれば共犯者扱いされてもおかしくない。


「妻が怒るので兼業になってしまいますが……私が手足となりましょう」


セバスは真っすぐとアンジェリカを見ていた。

おそらくこれは本気だろう。


「…………妻?」


これまたアンジェリカは初耳だった。




「じゃあ、まずは人を集めてくれる? できるだけ、私を快く思っていない者にも声をかけて」


アンジェリカは、そうセバスに指示を出した。


奥さんがいたことにも驚きだが、1を命じれば5~10の結果を期待していい手足だ。

それだけに胃が少し痛くなる。

これから行うことは、間違いなく一部から反感を買うことになるだろうから……。


「――御意。謁見の間に可能な限り集めましょう」


そう言ってセバスは姿を消した。


謁見の間か……私が何をしたいか、何をする気なのか……さすがセバスは理解している。


「あとは私が覚悟を決めるだけ……」


これが正しいのかわからない。

怒りをただぶつけていた時の方がまだ楽だった。


今はただ知りたい……。

信じるために、知らなければならない。

今までの私は、知る前に突き放していたのだ。


いや……目を逸らし、逃げていただけか……。


やり直すことはできなくても、進むことはできる。

……進む道を、変えることはできる。


そこに至るまでにどれだけのことができるのか……。

託されたものはあまりにも大きい。



父の手紙をそっと引き出しにしまう。


こんな手紙一つに絆されたと思われるのは癪だった。

だから、もう一度父と――――


「ん……?」


引き出しを閉じると、僅かな違和感があった。

それは、奥に何か挟まっているような感触……。


引き出しを全開にし、机の下に潜り込む。


「これは……」


案の定、そこには紙が挟まっていた。

それも丁寧に二つ折りにされた状態で……。


さすがにまさかそんなことは……と思いつつも、そっと紙を開く。


『かーっ! これを見つけちまったか。さすがは私の娘だ』


その紙には、先ほどの手紙と同じ父の字で、そう書かれていた。

しかも隠していたくせに、なぜかちょっと嬉しそうだ。



『見つけちゃったご褒美に、ちょっとアンジェが楽できる情報をあげよう。

 

 託すとは言ったものの、政というものは大変だ。

 私でさえ、国内の貴族を全て掌握できているわけではない。

 

 アンジェを快く思わない者も多いだろう。

 自国だけでも大変なのに、他国の介入まで十分考えられる。

 

 だがお前は一人じゃない、腹違いの弟がいる。

 そいつを頼れ、というか巻き込め。


 姉弟なんだから何も問題ない。

 なんなら姉妹ということにしてもいい。

 本人は嫌がるだろうがな。

 

 弟の名はエルリット、私とマリアーナの子だ』



そこまで目を通したところで、アンジェリカはそっと紙を折り畳んだ。


「ふぅ……」


よくわからないことが書いてあった。

きっと何かの見間違いだろう。

そう思い、もう一度紙を開くが……


「……はぁ」


アンジェリカは困惑した。


いや、たしかに正室がいて、側室もいたのだから別におかしなことではない。

そこまでわかっていても、なおアンジェリカは混乱した。


「ちょっと……これどう扱えばいいのよ」


誤字報告、ありがとうございます。

大変助かりました。

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