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081 すれ違った記憶。

以前師匠が魔石の力を使ってエルラド公の腕を繋げたが、あれは対象者の体力も消耗が激しいので、通常の治療が施されることとなった。


そして今、エルラド公の寝室には多くの医者や治癒師が集まっている。

一声かけただけで、皆率先して集まったのだ。


中には打算的な者もいただろう。

だが皆休む暇もなく、治療に尽力した。


治癒魔法、最新の回復薬、可能な限りのありとあらゆる治療がエルラド公に施されていく。

アンジェリカは不安気な顔で父の手を握っていた。

はたしてそれが他人の目にはどう見えているのか。


城内には、彼女のしたことを知る者も多い。


呆れ…蔑み……困惑。

様々な思惑が彼女を好奇の目で見ていた。



「そう、核二つを取り込んで……」


アンジェリカさんを残し、僕とリズさんは別室で師匠に事の顛末を話した。


まぁ……僕は半分寝てたから、ほとんどリズさんによる報告だけど。


そして、当然の疑問が浮かび上がる。


「あれが一体何者なのか、ルーン殿なら見当がついているのでは?」


そのリズさんの問いに、師匠は珍しく言葉を濁した。


「なんとなくね……でもハッキリと答えられるほどじゃないわ」


魔法が効かない上に、神力を使う。

そんな神様みたいな存在だ、師匠の知識でさえ答えが出ないのも頷ける。


……魔神も一応神になるのかな?


「実は魔神そのもの……とか?」


そんな独り言のような根拠のない僕の呟きに、師匠は意外そうな顔をした。


「なに、あんた気づいてたの?」


どうやら当てずっぽうで言ったことが、師匠の推測と同じだったらしい。

リズさんまで「ほぅ…」と感心している。


「いや、でも魔神なんて大昔の話ですよね? そもそもその魔力が遺跡の核になったって話だし……」


たしかアンジェリカさんがそんなことを言っていた。

魔神が滅んだ後、その膨大な魔力が核になったと。


「問題はそこね……あれが魔神なら、死体が自分の遺体を探してるようなものだわ」


この矛盾が、師匠がハッキリと答えられなかった理由のようだ。


そりゃね、アンデットだってそんなことしないもんね。

ゴースト……幽霊ならホラー展開でそういうのありそうだけど、さすがに邪教騎士は幽霊には見えなかったな。


(自分の遺体か……僕の前世は頭潰れてたりするんだろうか)


転生先が異世界じゃなければそれを知ることも……


「生まれ変わり……転生ならありえなくもない……かな?」


僕の言葉に、師匠はちょっとだけ呆れた表情を見せる。


「転生ねぇ……そんな都合良く魔神だった頃の記憶が残っているものかしら」


それが都合良く残っているんですよ……僕はね。

ただ僕の場合は、特例というか…創造神が僕にくれた唯一の転生特典なわけだけど。


「でも核をすんなり取り込めたのは魂の器が……転生論はたしかあいつの…………」


師匠が一人でぶつぶつと小難しい話を始めてしまった。

こうなると長いんだよな……。


その時、部屋の扉がおもむろに開く。

入って来たのは挙動不審なおっさん……もとい、リズさんの父、剣神ヤマトだった。


「お、おやぁ? たまたま案内された部屋が同じとは、偶然だなぁリズ」


「はぁ……あんた喋れば喋るほどボロが出るんだから黙ってな」


それと、呆れ顔のリズさんの母、戦女神ヴィクトリアさん。


中央都市の防衛戦があっさり終結したのは、二人の活躍が大きかったらしい。

こういった状況を予見して二人に依頼していたエルラド公もすごいとは思うが……。


「んで、さっき外で会った時から一緒にいるあんたがエルリットで間違いないかい?」


ヴィクトリアさんの視線がこちらへと移る。

同時にヤマトさんの殺気がこちらへと向いた。


「あぁん? つまりこれがルーンの言ってた虫かぁ?」


まるでチンピラのようにガンを飛ばされた。


おのれ師匠……何か余計なことを吹き込んだな。


ここで、リズさんが間に割って入ってくれる。


「威圧するな。エルは私の相棒だぞ」


「……ほぅ、やはりこいつで間違いないか」


すると、だだ漏れだった殺気が収まっていった。


「――男ではなかったか。ルーンも紛らわしい言い方をしおって」


どうやら勘違いしているようだ。

うん……このまま間違っててもらおう。


「……エルリットです。リズさんとパーティ組ませてもらってます」


元々中性的な声の僕は、気持ち高めの声を発した。


リズさんから『訂正しなくていいのか?』と言いたげな視線が送られてくる。


でもね……訂正した途端、何かを切り落とされそうで怖いんです。

そうなったら胸張って男ですと言えなくなっちゃうよ。


「ふーん……リズが選んだにしては華奢だねぇ」


そう言ってヴィクトリアさんはジロジロとこちらを眺める。

心なしか、その瞳が赤みがかっている気がした。


そして僕の耳元でこっそりと囁く。


「……ヤマトには黙っててやるよ」


ヴィクトリアさんはニッと笑う。

その表情はリズさんの笑顔と瓜二つだった。


(……女性の勘か?)


どうやらヴィクトリアさんは気づいている様子……話のわかる人で良かった。



◇   ◇   ◇   ◇



エルラド公の容態は徐々に回復へ向かっているものの、意識が戻る様子はなかった。


そしてなぜか拘束を免れているアンジェリカは、一人執務室に来ていた。

本来であれば、即牢に入れられてもおかしくない身の上。

未だ自由が許されているのか、それとも……


「……そりゃ監視ぐらい当然よね」


アンジェリカは何者かの視線を感じていた。

それがおそらく監視なのだろう。



「この部屋……あまり変わってないな」


幼少期に一度だけ、入った記憶がある。

だがその時は、優しかった母アメリアが珍しくアンジェリカを叱ったのだ。

それ以降近づくことさえしなかった。


「……? 引き出しが少し開いてる……」


執務室に一つだけある机の引き出しが、閉め忘れと呼ぶには無理な程度に中途半端に開いていた。


引き出しをそっと押して閉めようとした手は、自分の意志を主張するように手前に引き始める。


ただ……ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ……父のことを知りたいと思ったのだ。

遊んでもらった記憶なんてほとんどない、そんな父のことを……。


「手紙……?」


引き出しの中に入っていたのは、封をしていない手紙。

裏側には『アンジェリカへ』と書かれている。


「――私宛?」


まさか、ここを開くと予想していた……?

いや、さすがにそんなはずは……


もはや自身が監視されていることなど頭から消え失せ、アンジェリカは手紙の内容に目を通し始める。


『――――最愛の娘へ贈る。今、アンジェがこれを読んでいるということは、すでに私はこの世を去っているのだろう……』


読み始めてすぐに、アンジェリカは困惑した。

たしかに未だ父の意識は戻っていないが、命に別状はないはず……。


そう思い、さらにもう少しだけ続きを読み進めると――――


『だがもし私が存命でこれを目にする機会があったなら、奥に入っているもう一通の方を読むように。……できればそうであってほしい。だってまだ死にたくないし』


もう……別に読まなくてもいいのでは?

アンジェリカは父に呆れ、同時に今まで抱いていた怒りが少しバカらしくなった。


それでも引き出しの奥へ視線を移す。

そこには、たしかにもう一通、封のされていない手紙があった。


先ほどの手紙同様、裏側に『アンジェリカへ』と書かれている。


呆れつつも、アンジェリカは中身に目を通していった。


『――――最愛の娘へ贈る。今、アンジェがこれを読んでいるということは、私は危篤の状態ということなのだろう……』


ホントにわざわざ別パターンを用意したのか……。


アンジェリカは引き出しの奥をもう一度確認する。

……さすがに3パターン目はないようだ。


『ここに書かれた内容を信じるも信じないもアンジェ次第だ。

 言い訳のような内容になるかもしれない。

 それでもきっと、最後まで読んでくれると信じている。

 

 私はきっと、アンジェに恨まれているのだろう。

 幼少期にもっと遊んでやりたかった。

 ……もっと一緒にいてやりたかった。

 アメリアの容態にもう少し早く気づいていればと後悔している――――』


何をいまさら都合の良い事を……と思ったのも束の間、続きを読み進めていくと、徐々にアンジェリカは困惑し始める。


『アメリアが心を病んでいたのはアンジェも知っていただろう。私がアンジェを愛でる度に、彼女は嫉妬を隠しきれなくなっていった』


……?

母が私に嫉妬を……?


『それは徐々にはっきりと態度に表れ始め、ついには会わせてもらえなくなるほどだ。パパの髭を笑いながら引っこ抜くアンジェに、会いたくても会えない日が続いたよ……。そんな時だ、アメリアから「側室を迎えては?」と提案され――――』


そこでアンジェリカは、手紙から視線を逸らしてしまう。


――――その先を見るのが怖かった。


動悸がして、胸を抑える。

その指先に――――細い何かをつまむ感触が蘇ってくるのを感じた……

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