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080 帰還。

なんということでしょう。

枯れ木が点在していた荒野が更地になっているではありませんか。

これはきっと、緑の方の匠の仕業に違いありません。


……いやホント、僕が気を失っている間に一体何があったんだ。


目を覚ましたら邪教騎士の姿も見えないし……。


そして、横たわっているエルラド公と、それに寄り添うアンジェリカさんの姿。

これは気を失う前とそれほど変わってはいない。

違いがあるとすれば、エルラド公の傷がさらにひどくなっているぐらいだろう。


「――っと、まずはこれだな」


僕はポーチから高級回復薬を取り出した。

もちろん自分用ではなく、エルラド公の傷を塞ぐためだ。


アンジェリカさんに渡すと、蓋を開けエルラド公の傷口に少しずつかけ始める。

飲んでも効果があるものだが、外傷なら直接の方がより効果に期待できるし、気付けにもなるらしい。


「エルはもう大丈夫なのか?」


「えぇまぁ……ちょっと変な夢を見たぐらいです」


リズさんは無傷の僕を気遣ってくれている。


でもね、ホントにちょっと仮眠とったような感覚なんです。

直前までバチバチ戦ってたはずなのにね……こういうとこなんだよなぁ……。



アンジェリカは空になった回復薬のビンを、浮かない顔で地面に置いた。


「……ダメ、これ以上は回復薬じゃ無理……ちゃんとした医療機関じゃないと」


傷は多少塞がったようだが、それでもエルラド公の顔色は悪いままだ。

おそらく血が足りていないのだろう。

回復薬でも流れた血はどうにもならない。


リズは立ち上がり、周囲を見渡す。


「医療機関……近くに街でもあれば良かったのだが」


遮るもののなくなった更地なので、それが絶望的なのは明らかである。


そもそも帰りは転移魔法では帰れない。

帰る手立ても考えないといけないのだ。


しかしアンジェリカには、一つだけ手段が浮かんでいた。


「公国襲撃用の転移魔法が使えれば……」


その視線の先には、ガレキで埋もれた教会の地下にあたる部分。

地上は全て吹き飛んだようだが、地下はガレキと共に無事だった。




ガレキを退きながら下ると、元はエルラド城にあった地下空間が広がっていた。

当然浄水機能は稼働していないが、少なくともすぐに倒壊する心配はなさそうだ。


アンジェリカさんは、エルラド公を背負ったまま地下を先導していく。

エルラド公ほどではないにしても、アンジェリカさんも生傷が多い。


「……代わりましょうか?」


正直見ていられない。

足取りもたまにふらつくし。


「……いい」


その一言で拒否される。


困ったな……と思いリズさんの顔を見るが、こちらはそもそも代わる気がないようだった。


「背負わせてやれ……」


そうリズさんは呟いた。


それもそうか……負うことは代わってあげられないよね。

親子とはそういうものか……。



浄水施設からさらに地下へと下っていく。

つまりそこは、元々教会の地下2階部分ということになる。

これが普通の教会だったならそこまでの地下施設はないだろう。


そして下りた先にあったのは、それほど広くない小部屋が一つ。

その床には大き目の魔法陣が描かれている。


「……これが起動できれば公国の近くに転移できるはず」


そう言って、アンジェリカはその床にエルラド公を寝かせた。


今まで悪魔や邪神将が唐突に出現していたのも、これを利用したもので間違いない。


「起動できれば……だけど」


どうやらこの転移魔法陣には、問題が二つあるようだった。


一つ目は起動方法。

アンジェリカが使ったのは一度だけだが、起動は邪教騎士が行っていた。

そしてこれは魔力を通しても反応しない。


二つ目は転移先の状況で……


「多分……今頃公国は戦場になってると思う」


アンジェリカさんの話では、魔帝国は帝国を使って公国に侵攻する手はずになっていたそうだ。

ただその手段等の詳細までは聞かされていないらしい。


しかしそうなると疑問点が浮かび上がる。


「……一体誰がその指揮を? そもそも、なぜそこまでして公国を……」


すでに公国が確保していた遺跡の核は、二つとも奪われてしまった。

それは弱った公国を落とすチャンスではある。


でもそこに、肝心のアンジェリカさんが関わっていないというのが腑に落ちない。


僕の問いに、アンジェリカさんは俯いたまま答えた。


「公国……というよりは、残る遺跡の確保が目当てでしょうね」


遺跡の確保……つまり目当ては残りの核。

そこに国を構えてる公国はさぞ邪魔なのだろう。


つまり20年前に起こった戦争と目的は同じというわけだ。


「……私はていのいい運搬役ってところかしら」


それは皮肉めいた小さな独り言だった。

そして何かに耐えるように、アンジェリカさんの肩は少し震えている。


こんな時、物語の主人公なら気の利いた言葉の一つでもかけて上げられるのだろう。


「慰めて欲しいのならいつでも言え、またその顔を殴ってやる」


それが、ドスの利いたリズさんの言葉だった。

多分、ホントに殴るだろうなこの人は。


「…………はい」


そう小さく返事したアンジェリカさんの背中からは、どこか救われたような印象を受けた。





やはりこの魔法陣には、魔力を流しても何の反応もない。

何かないかと色々と探ってはみたものの、魔法陣以外には何もない空間なのですぐに行き詰ってしまった。


「じゃあ邪教騎士が起動に使っていたのは……」


そう思い神力を少量魔法陣に流し込む。

すると、魔法陣は淡い光を放ち始めた。


もし、邪教騎士が神力を使うところを目の当たりにしていなかったら、この発想は出なかったかもしれない。


「これは……」


アンジェリカさんは少し驚いたように僕を見ていた。


そういえば邪教騎士相手に使っていたときは、アンジェリカさん俯いてたから見てないのか。

でも説明はまた今度ということでお願いします。


神力で発動する転移魔法……いや、魔力ではないから魔法でもないか。

向こうに帰ったらシルフィさんに聞いてみるか……こっちが根掘り葉掘り聞かれそうだけど。


「いけそうですね、二人とも準備はいいですか?」


僕の問いに、二人はコクリと頷いた。


向こうは戦場かもしれない……。

戦いに行くつもりで気を引き締め――――注ぐ神力の量を増やしていった。


………………


…………


……


「……静かですね」


転移先は公国の中央都市よりやや東、国境沿いトランドムへ続く街道の近くだった。

もし帝国が中央都市を戦場としていたのであれば、この静けさは異常だ。


まだ侵攻してきていないのか、あるいはもう……。


こっそりと中央都市の外壁付近へ近づくと、そこでは帝国兵らしき集団が野営していた。

皆武装はしていない、それが意味するところは……。


「中央都市はもう……」


落とされた……?

でなければ武装を解除してこんなところでノンビリ野営なんてするはずがない。


そう思ったところで、ガラクタの山が視界に入った。


正確にはガラクタではなく武具の山。

しかも全て真っ二つになっている。


「今日って廃品回収の日だっけ……」


もちろんこの世界にそんな日はない……多分。


そもそも帝国兵らしき人達の表情がすごく暗い。

中央都市を落としたというよりは、以前保護した難民の人たちと似た印象を受ける。


そんな中、見覚えのある姿があった。

師匠と、以前ハールートの街で出会ったセリスさんだ。


二人は誰かと話しているようだ。

赤髪の男性と、黒髪の女性……こちらは見覚えがない。


女性のほうはリズさんに似てるかな……。

そんな印象を受けた直後――――赤髪の男性の姿が視界から消える。


「――こそこそと何の用だ小娘」


突如、背後から男性の声がする。

わかっていても振り返ることができない。


刃物のように鋭利な殺気が、動けば死ぬぞと警告する。


「父上……殺気がだだ漏れだ」


リズさんの声が聞こえると、殺気による緊張が解ける。

ホッと安堵し後ろを振り返ると、先ほど見ていた赤髪の男性が背後に立っていた。


(何の予備動作もなかったはずなのに、一体いつの間に……)


いや、それよりもっと気にするべきところがある。

今リズさん、父上って言ったよね?


「お、おぉリズ、偶然だなぁ」


男性は用意していたかのようなわざとらしい話し方だった。

リズさんもそれに気づいているのか、やや呆れていた。


「はぁ……なんでこんなところに父上が?」


話す二人をこうして見比べてみると、リズさんとまったく同じ髪色だ。

リズさんの父親……つまりこの人が、剣神ヤマト本人ということになる。


なるほど、たしかに剣神の名に恥じぬ貫禄が……


「ち、違うぞ? べ、別に娘が心配で様子を見に来たとかじゃないからな?」


……たった今消滅した。


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