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078 父の背中。

白と黒の雷が混ざり合い、徐々に白一色になっていく。

リズから見た戦況は、白い雷を扱うエルの優勢に思えた。


だが突如雷は全て消失し、エルリットは脱力したようにその場に倒れ込んだ。


「……ッ!」


リズはふらつく足で駆け寄り、その身を起こす。

一見外傷は見当たらないが……


「呼吸は……している。気を失っているだけか……」


リズはホッと安堵する。


だがそれは、邪教騎士へ対抗できる者がいなくなったことを意味していた。



エルリットの体をそっと地面に寝かせ、リズは再び剣を構え、周囲の状況を確認した。


エルラド公は倒れ、アンジェリカはそれに寄り添っている。

おそらくもう二人は戦える状態ではないだろう。


つまり……この場で戦えるのは一人だけなのだ。


肝心の邪教騎士は……空を見上げ静止していた。

その姿は、放心し隙だらけのようにも見える。


「卑怯だと思ってくれるなよ――――ッ!」


せめて、今放てる最高の一撃を……。

その一点だけに注力し、踏み込む大地を抉り一直線にシンプルな斬撃を放った――――


――しかし手応えは……ない。


その一撃は、虚しくも空を切っていた。


「消えた……?」


残像すら残さない……。

躱されたというよりも、そこにいたはずの邪教騎士が突如姿を消したようにも感じる。


リズは周囲を見回すと、アンジェリカに向かって声を荒げた。


「――アンジェ! 後ろだッ!」


姿を消した邪教騎士は、アンジェリカの背後をとっていた。


「――ッ!?」


リズの声に反応したアンジェリカは、咄嗟に背後へ身構える。

しかし邪教騎士の手にはすでに剣は握られておらず、構えたアンジェリカの手首をただ掴んだだけだった。


「……?」


その行動に、アンジェリカは困惑する。

だが――邪教騎士の腕を伝って、体から何かが抜き取られていく。


「あっ……あぁ――――


アンジェリカは脱力するような声を上げた。


魔神化の影響で褐色に変色していた肌が、元の肌色へと徐々に戻っていく。

同時に膨大な魔力が、邪教騎士の体へ吸収されていった――――


「そんな……魔神の力が……」


邪教騎士はアンジェリカから、核の魔力――――魔神の力だけを、掴んだ腕から抜き取ったのだ。

すると、初めて邪教騎士は表情らしい表情を表に出した。


「…………」


相変わらず声は発さない。

だがその顔はあきらかに笑っていた。


アンジェリカとリズリースは、その表情に戦慄を覚える。

否……原因は表情だけではない。


邪教騎士の気配が、あまりにも次元違いなものへと変貌したのだ。


これは――――戦っていい存在ではない。

逃げなければ……どこへ?


アンジェリカだけでなく、リズリースですら久しく恐怖を感じ、逃げるという選択肢だけが頭をよぎった。



ただ、一人の男は違った――――



「――リズリース! 二人を連れて逃げろッ!」


エルラド公はボロボロの体で、邪教騎士を抑え込むように抱きついた。


リズは考えるよりも早くエルの体を背負い、アンジェリカの手を引いてその場を離れる。


「――え? あっ……」


アンジェリカは何も言えぬまま、その場から離脱させられる。

一瞬だけ父の背中に伸ばした手が空虚を掴む……。


二人が離れていくのを確認して、エルラド公はニッと笑う。


「ありったけの魔石、持ってきておいて正解だったな」


それは本来なら予備の浄水施設に使う予定だったものだ。

それでも娘を救えるのなら安いものだろう。


「消えたお前がなんでこんなところに……と聞きたいことは山ほどあるけどな。一緒に逝けるならそれも悪くない」


そう言ってエルラド公は魔石の魔力を自身の体に取り込んでいく。

肉体はそれに耐えきれず、魔力は暴走し始める。


その力を一旦強引に抑え込み、一気に解放する。

つまり……これは自爆技だった。


邪教騎士は声こそ上げないものの、その表情にはあきらかに動揺の色が見える。

それは、何かをエルラド公へ伝えようとしているようにも見えた。


それにこの程度の拘束であれば、邪教騎士は容易く解いてしまうだろう。


だがそれをしない……。

エルラド公は複雑な気持ちだった。

それでも、先ほど自身が口にした言葉に偽りはない。


最期がお前と一緒ならそれも悪くない……



「なぁ、マリアーナ――――



キーンと耳鳴りが周囲を襲い、同時に大地は大きく揺れる。

遅れてやってきた衝撃と砂塵は、果てしなく広い荒野を包み込んだ。



この日、世界地図に存在していないクレーターが一つ誕生した。



◇   ◇   ◇   ◇



すでに帝国の軍勢は目と鼻の先まで迫っていた。


その姿は、正規の鎧を身に纏った者から、魔法使いらしき軽装の者など様々だ。

唯一共通していたのは、その眼に宿した狂気……。


それを、ルーンは都市の外壁の上から眺めていた。


「人間相手は面倒よねぇ」


負けるは論外、勝ってもスッキリしない。

何も良い事がないのだ。


そういった理由で本来なら戦争に介入などする気もおきないが、今回は少々事情が異なる。

あの暴徒にしか見えない狂気に染まった眼も気になるところだ。


魔法を行使する前に都市内部へ視線を向けると、すでに一般市民の避難が始まっている。

これなら多少派手にやっても問題ないだろう。


「ま、ただの人間相手ならとりあえずこれで大丈夫でしょ」


ルーンは都市を覆うように魔法陣を構築すると、外壁の外の地面が魔法によってその姿を変える。

それは分厚い外壁よりもさらに厚い壁となり、中央都市を囲った。


超えるには高すぎる、壊すには分厚すぎる。

たった一つの魔法で、都市は強固な要塞と化した。



ルーンはふらつき、その場に座り込んだ。


「あー…だる……」


安酒で悪酔いした翌朝のような気分だった。


体調不良の原因はわかっている。

転移魔法を解析する際、神力を魔法陣に取り込んだのが原因だろう。

それがなければ、今頃都市を周辺一帯ごと浮遊させて侵入できないようにしているところだ。




やがて、帝国の軍勢はルーンの作った壁に到達した。

通常ならそこであきらめて引き返すか、何かしら対策を講じるのが定石だが……


「はぁ……これはまだゆっくり休めそうにないわね」


作った壁への行動を見て、ルーンはため息をついた。

軍勢は自身が傷つくことを顧みず、闇雲に壁を攻撃し始めていたのだ。


本来であれば、一般的な兵の剣で壊せるような壁ではない。

もちろん平凡な魔法でも同じことだ。

しかしそれは平時での話。

狂気に染まった者たちは脳のリミッターがはずれ、暴走状態にあった。


戦闘狂と化した軍勢の前に、ルーンの作った壁は徐々に崩れていく……。


「……多少の犠牲は止む無しか」


脅威として恐れられるのは慣れている。

たとえそれが国家単位であってもだ。


そして、ついにその壁は破られ――――


「……!」


――――破られようとした瞬間、恐ろしく鋭い風切り音が鳴った。

その衝撃は、外側から破られようとしていた壁を、内側から崩壊させる。


それでも軍勢が雪崩れ込んで来ることはなかった。

軍勢もまた、その衝撃によって吹き飛ばされていたのだ。


地面は抉れ、そこには1本の矢が突き刺さっている。

これを放った者ははたして敵か味方か……。


「上……?」


ルーンは人の気配を感じ、上空へ視線を向けた。

すると、雲に紛れるように灰の髪をなびかせ、鎧を纏った女が上空から舞い降りる。


「オルフェン王国近衛騎士セリス、義によって助太刀致すッ!」


セリスと名乗った女は弓を構え、軍勢へ矢を放った。


人は狙わず、あくまで矢の衝撃で敵を吹き飛ばしていく。

しかしそうなると、当然ルーンの作った壁は障害になるので……


「壁に隠れたところで無駄無駄ァ!」


セリスは豪快に壁も破壊していく。

それを見ていたルーンは、彼女の正気も疑った。


「いや、まぁ内側は多少手抜きで作ったけどさ……こいつも暴走してるわけじゃないでしょうね?」


呆れた顔でルーンは様子を見ていたが、数射放ったところでセリスは攻撃の手を止め、ルーンのほうへ振り返る。

その顔は、先ほどまで気分良く矢を放ったいたにも関わらず、ひどく落ち込んでいた。


「申し訳ない、実は道中矢をほとんど落としてしまって……」


どうやらもう打ち止めらしい。


「あんた……何しに来たの?」

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