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076 いざ、敵本陣へ。

エルラド公と別れ地下へ戻ると、師匠はリズさんに背負われ眠りについていた。

また後日転移魔法を使ってもらわないといけないんだ、今はゆっくり休んでもらおう。


「私はこのまま連れて帰る。エルはそれを片付けてくれ」


それ、と言ったリズさんの視線の先には、空の鍋があった。


空の…鍋が……


「うそでしょ……?」


事態を飲み込めなかった僕は鍋を拾い上げ、わずかに残った部分を指に掬って口に含む。

多少冷めてはいるが、やはり美味い。


……ってそうじゃない。


「全部食べちゃったんですか……」


よく見ると、床にパンくずらしきものも見える。

ちゃっかり最高の食べ方までしたようだ。


「さぞ……至福のひとときだったでしょうね」


ちゃんと皿によそっていくべきだったな……。


落ち込みを隠せなかった僕に、リズさんはやや呆れながらその時の師匠の言葉を述べた。


「至福かどうかはわからんが、まぁまぁだと言っていたな。今まで食べたシチューで2番目だと」


まぁまぁとか師匠も強がっちゃって…………2番?

これより美味いシチューがこの世界のどこかにあると?


……ま、まぁそんなの好みの問題か。


でも、師匠ってそこまで食にうるさいタイプではないよなぁ。

酒にはうるさいけど。


そんな師匠が1番と称するシチュー……気になる。




自宅へ戻り師匠をベッドへ運ぶと、ミンファが魔導書を読んでいた。

いや、読んでいるというより、眺めているといったほうが正しいか。

ミンファは文字に関してはまだまだ勉強中である。

魔法に関しては才能の塊だが、文字はそうもいかなかったようだ。


「ミンファ、それわかるの?」


文字の勉強ついでならもっと向いている本があるだろうに。


「んー、読めないけど、これはおぼえたよ」


ミンファの言う『これ』とは、本に記された魔法のことだと思うが……。


そうか、読めないけど魔法覚えちゃったか。

魔法使いのみんな……これが天才というものだ。


あの師匠でさえ、割と丁寧に教えている。

僕のときは『死ぬ気で無理しな』とか言ってたのになぁ……。


ある意味僕の時と違う指導内容に安心はしたけどね。

そんなことを思いながらミンファの頭を撫でる。


覚悟するといい――――可能な限りみんなで甘やかしてやるから。




ミンファはお昼寝の時間となり、地下シェルターへと降りていく。

どうやらあの空間が気に入ってしまったらしい。


そして僕はというと、リズさんに庭へ呼び出された。


「さぁエル、アレを見せてもらおうか」


……?

僕は空になった鍋をポーチから取り出した。


「いや、それは流し台にでも置いておけ」


また違ったか……。


「私が言っているのは神力のほうだ」


そう言ってリズさんはいつでも剣を抜ける構えをとった。

やはり斬ってみたかったようだ。


ご希望に応え、体に神力を纏わせる。

こんな白昼堂々使うようなものではないが……まぁ明るいうちはそんな目立たないから良しとしよう。


「リズさんが何を試したいのか大体わかってますけど、威力は最小限に抑えますからね?」


「あぁ、それで構わない」


右手を広げ、リズさんへ向ける。

そして、最小限の威力……触れれば痺れる程度の白い雷球を生成した。


何度か使っていてわかったことだが、神力は威力の調節がかなり融通が利く。

ただここまで極端に威力を下げるなら、そもそも使う意味はない。

でもリズさん的には、斬れるかどうかが重要なのだろう。


たいした速度を出すこともなく、生成した雷球をリズさんに放つ。


直後――――空気は揺れ、魔剣ブルートノワールが音もなく雷球を切り裂いた。


……かのように見えた。

実際には、剣身が雷球に受け止められるような形で停止している。


「む……これは斬れないな」


リズさんは一撃で満足したのか、剣を鞘に納めた。


僕はホッとする。

だって神の力が物理で斬られたら残念すぎるもの。


「ふふっ、これでまた新たな目標ができたな」


だがリズさんは嬉しそうだった。


……これは時間の問題な気がする。




翌日の朝、まだ半分寝ぼけている師匠を背負い、エルラド城を訪れた。

もちろん今日も顔パスである。


地下で待っていたのは、爽やかな笑顔のエルラド公……これは間違いなく影武者だ。

そしてその隣には、白銀の鎧を纏った騎士の姿があった。

これが敵本陣に乗り込む人員だとしたら少なすぎて不安だ。


というかなぜ影武者がここに……?


「東の国境沿いに動きがありまして、私が代理で見送らせていただきます」


今は演じる必要性がないからだろう、見た目はエルラド公そっくりだが、その話し方はすごく腰が低い。


「こちらの騎士は城内一の手練れです。無口な方ですが、きっと力になれるかと思います」


紹介後も、白銀の騎士は一言も話そうとしない。


(強い白銀の騎士……どこかでそんな話を聞いた気がするな)


たしか国境沿いの……そうだ、帝国が侵攻してきた際、トランドムを守り大活躍した公国の騎士という話だった。

その力が本物なら、人選としては間違っていないのだろう。


僕、リズさん、白銀の騎士、敵本陣に乗り込むのはこれで全員らしい。

少なく感じるが、転移魔法にも限界があるからしょうがないのだ。


「送るのは3人か……まぁ大丈夫でしょ」


そう言って師匠は転移魔法陣へ魔力を流す。


ここから先は片道切符の一方通行、行先は敵本陣。

これがゲームなら無駄に複数個所にセーブしたくなる状況だ。


「そういえば師匠、以前僕を全然違うところに飛ばしましたよね」


王都近辺の街道という話が、隣国の草原に飛ばされた記憶が蘇る。


「大丈夫よ、今回は確認したもの」


つまり前回は確認しなかったんですね……。


魔法陣が発光し始める。

もう、後戻りはできない。


エルラド公の影武者は不安気にこちらを眺めていた。


「絶対、無事に帰還してくださいね」


その言葉は、僕でもリズさんでもなく、白銀の騎士個人に向けられている気がした――――。





先ほどまで5人いた地下の一室に残っているのは、ルーンと影武者の2人だけだった。


「うん、無事目的地についたっぽいわね……さて、もう一仕事あるんだって?」


ルーンは、エルラド公からまた別の依頼を受けていた。

それはこの場にいるのが影武者であっても差支えは無い。


「はい……実は東にある国境沿いの街、トランドムが一夜にして帝国の手に落ちたとの報告がありました」


この情報はまだ世間には知られていない。

無論隠しているわけではない……帝国の動きがあまりにも早すぎるのだ。


トランドムには以前のこともあり、多くの兵力を回している。

それがたったの一夜にして壊滅……それだけの戦力が、今中央都市エルヴィンに迫ろうとしているのだ。


「これが単なる国同士の戦争だったら知ったこっちゃないんだけどねぇ」


そう言ってルーンはエルラド城を後にする。

だが、その足はどこかおぼつかない様子だった。


(ッ……神力に触れすぎたか)



◇   ◇   ◇   ◇



「よし、あと1枚……」


遺跡の核の結界は、すでに風前の灯火だった。


残っているのは、核そのものを保護している結界のみ、であるならば――――


「はぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」


腕を突っ込み、結界内から強引に核を剥ぎ取る。


すると核は、眩い光を放つ。

アンジェリカの体内にある、魔神の力に呼応するように……。


「ふふ……はははッ! これで、私は――――


全てを…壊す……?

壊して、その先は……


アンジェリカの表情は、どこか寂しさを含んでいた。

何か大事なものを置きざりにしてしまったかのように……。


(あとは、これを砕いて取り込むだけ……)


そう思い、核を見つめる。

光は収まり、今はルビーのように赤く透き通っている。


(同じ核でも、第2遺跡の核とは印象が違うわね)



それは――――ただの偶然だった。



アンジェリカの視界が捉えたものは、核に映り込んだ背後に迫る斬撃。


「――ッ!?」


咄嗟に身を捻り、無音の袈裟斬りを紙一重で躱す。

だが不安定な態勢を強いられ、手中に収めたはずのものは宙へ放り出されてしまう。


「くッ……!」


アンジェリカは必死に核へ手を伸ばす。


だが――それを手にしたのは、斬撃を放った正体……邪教騎士だった。


「……どういうつもりよ」


アンジェリカは敵意と共に、剣を邪教騎士へと向ける。


そして――――自分の目を疑った。


核は砕かれることもなく、邪教騎士の体へと溶け込んでいく。

まるで、元から己の一部だったかのように……。


「あんた一体……」

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