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074 繋がり。

魔帝国東部の邪教を祀る教会は、一晩にして変貌する。


表向きの姿は変わっていないが、そこにはなかったはずの地下が出来上がっていた。

しかしそれは作られたものではなく、ある場所から移されたものだった……。


「なかなか厳重ね……」


その地下で、アンジェリカは結界の解析をしていた。


本来こういった類はクリストファが得意としていたのだが、彼の姿はここにはもうない。

帰還したのはアンジェリカと邪教騎士のみ、それが意味するところはすでにわかっている。


そしてこの結界は、魔力で作られているにも関わらず、邪教騎士ですら破壊できない。

おそらく結界にも核の力を利用しているのだろう。



アンジェリカは、普段と違いその素顔が露になっている邪教騎士を、チラッと一瞥する。


(あの女がなんで……でも雰囲気がまるで違うわね)


アンジェリカはその顔に見覚えがあった。

幼き頃の記憶だが、当時と変わらぬその顔は見間違うわけもない。


雰囲気こそ違うものの、見た目は当時そのもの……まるで歳をとっていないかのようだ。


(……まぁいいわ。この核も取り込めば、私はさらに魔神として覚醒できる。そうなればこいつも用済み……)


そう思い、アンジェリカは結界の解析と破壊に集中していった……。



◇   ◇   ◇   ◇



エルラド公国では、連日の大雪がパタリと止んだ。

邪神将襲撃から二日たった今では、随分と積もった雪も背が低くなっていた。

それは雪対策をしていれば、馬車の行き来もできるほどの変化だった。


そんな中、エルラド公は公爵専用の執務室兼書斎に引きこもっている。

本来ならそこは国のトップにとって書類仕事に追われる場だが、今は仕事とは関係ないことに筆を執っていた。


そこへ一人の眩しい男が、ノックと共にやってくる。


「邪魔するぜ。随分と斬新なリフォームだな」


返事を待たずして入って来たその男はエルラド公とも腐れ縁であり、冒険者ギルドの長ジギルだった。


「お宅もどうだ? 見える景色が変わってくるぜ」


リフォームとは皮肉な例えだ。

だがそのやり取りは、辺境伯時代からの関係性の表れでもあった。


「俺の家は2階建てだぜ? ただの平屋になっちまうよ」


そう言ってジギルは一通の報告書を差し出し、遠慮なく椅子に腰かけた。


「以前調査を依頼されていた分だ。それと、エルリットから邪神像発見の報告が上がって来た。こっちはもう教会に引き渡し済みだが……良かったよな?」


邪神像……という言葉にエルラド公は納得する。

やはりあの大雪は人為的なものだった……と。


「そうだな、邪神像はそれでいいだろう」


封をされた報告書の紐を解き、中に目を通す。

そこには、とある孤児院が女性から赤子を預かる際、渡された宝石等の金品の内訳が記されていた。


「……これは嬉しい事実だが、扱いに困るな……」


一通り目を通したエルラド公は一瞬だけ心躍り、そして過ぎ去った年月を惜しんだ。


願わくば、この事実を自身の口から語れる日が来ることを祈って……。

そう思いながら、筆を再度走らせる。

書かねばならぬことが増えたようだ。


報告書の内容は、業務上ジギルももちろん知っている。

だからこそ、わからぬことが増えてしまっていた。


「調査内容が役に立ったようで良かったよ。俺にはまったくピンと来ない内容だったが」


おそらくエルラド公でなければ分からぬことがあるのだろう。

それはもちろん構わないのだが……


「いずれ説明してもらうぜ?」


そう言葉を残し、ジギルはその場を後にする。


その背中に向かって、そっと囁く声があった。


「世話になったな……ジギル」



◇   ◇   ◇   ◇



エルリットは中央都市の外壁の上に座り、街を眺めていた。


大雪が止み多少寒さはマシになったものの、まだまだ冬らしい気温である。

それでも我慢して外にいるのは、シルフィーユに神力についてあれこれ探られるのを避けていたからだ。


「でも……もう用事もなくなっちゃったなぁ」


襲撃事件の翌日は、ジギルから依頼された書簡の件や、新たに発見した邪神像の報告があった。

だがそれもすぐに終わり、早々にすることがなくなってしまう。


「あとやれることは、回復薬の補充……ぐらいかな?」


師匠に上手いごまかし方でも聞きたいところだが、あれからまだ帰宅していない。

まだ城に籠って解析しているのだろう。


……一度そちらの様子を見に行くのもアリかな。


そう思っていると「ドンッ」と大きな音が外壁の外側から聞こえてきた。


そちらへ目を向けると、どうやら大きな雪玉が外へ投げ出されたようだ。

だがしっかり街道は避けてある、おそらく除雪作業だろう。


大きさは10メートルぐらいか……?

雪玉と呼ぶにはあまりにもでかすぎる。


「そういえば、リズさんが除雪の依頼をロンバル商会から受けたとか言ってたな」


僕の相方はどこにいるのかとてもわかりやすい人だった。

ちょうど商会には用もあるし、あちらで合流するとしよう。




ロンバル商会に顔を出すと、ちょうどリズさんが報酬を受け取った直後だった。


「エル、ちょうど良かったな。ついさっき依頼が終わったところだ」


リズさんの周囲には、他の除雪作業員らしき姿もあった。

だが皆どこか遠い目をしている。

何か信じられないものでも見たかのようだ。


「それはちょうど良かったです。回復薬の補充とか、師匠の様子でも見に行こうかと思うんですが――」


そこでお昼を告げるかのように、僕の腹の音が鳴った。

それを聞いたリズさんは、フフッと軽く微笑む。


「それなら私も一緒に行こう。だがその前に、久しぶりの外食もいいかもな」



リズさんと二人、一緒に街を歩く。

こうやって一緒に店を選ぶのも久しぶりだ。


しばらく歩くと、人通りの少ない路地へと辿り着く。

さすがに引き返そうかと思ったが、見覚えのあるカフェが目に入った。


「この店は……」


看板には【老後の嗜み】と書かれている。

それはいつか入ったセバスさんのお店だった。


しかし肝心のセバスさんがクビ宣告され、意気消沈していたのを僕は知っている。

そんな状態で営業しているわけが……と思い扉を開くと、中からは暖かな空気が流れ出た。


「悪いね、今日の営業は夜から……ってあんたらか。そういうことなら好きなとこに座ってくれていいよ」


そこには、以前は見かけなかった女性店員の姿があった。


見覚えのない女性だが、向こうはそうでもないらしい。

はて、なんとなく雰囲気は誰かに似てる気がするが……あとなぜかカウンター内のセバスさんが包帯まみれだ。


「エル、知り合いか? どこかで感じたことのある気配だが……」


どうやらリズさんも同じように感じたらしい。

暗めの茶髪に整った顔立ち、そして主張しすぎない程度の薄い化粧……こんな知り合いいただろうか?


「いえ、僕もどこかで見たような気はするんですが……」


それもごく最近の気が……


「なんだい、折衷案出したのはあんただろうに。執行猶予だっけ? 私はそんなのどうでもいいんだけどね」


女性定員の口から出た執行猶予という言葉は、先日僕がエルラド公に提案したものだった。

それにこの声……すごく聞き覚えがある。

でも僕が知るその女性は、金髪でもっと厚化粧だったはず……


「これが本来の彼女ですよ、エルリットさん」


そう言ってセバスさんが、氷の入ったお冷をカウンター席に二つそっと置いた。


促されるまま、僕らはカウンター席に座る。

そして、テーブルを拭いている女性店員を横目に、傷だらけのセバスさんは補足した。


聞けばミネルバの本名はローラであり、髪も染料で染めていただけだったそうだ。

化粧も元々それほど手厚くするタイプではないとのこと。


……化けるという文字が入っているが、化粧による印象ってすごいんだな。


ちなみにセバスさんの傷は、気が済むまで鞭打ちの刑によるものだそうで……。


より戻したらいいのに、なんて……ひょっとして無責任なことを言ってしまったのかも……?

……いや、尻に敷かれてるだけだよね。

夫婦喧嘩はエルリットも食べられません。


話題を変えようと思い、チラッとメニュー表へ視線を移す。


「……あれ? ひょっとして値段上げました?」


以前来た時はものすごい激安価格だった気がするが、それが少なくとも数倍の価格になっている。


すると、セバスさんではなく、ローラさんがそれに答えた。


「あぁそれね、そこのバカが『趣味でやってるから~』とか格好つけるせいで採算取れてないから、私が改定したんだよ」


ローラさんは呆れ顔だった。

そしてセバスさんは凹んでいた。


うん、まぁ……このお店の味を考えたらそれでも高いとは感じないから納得はできる。

ただおそらく強制的に改定されたんだろうな……。


だがセバスさんは、こちらが注文するよりも早く、そっと熱々のキングブルシチューをカウンターに差し出した。


「申し訳ありません……と、本来ならなるところですが、ジギルさんから話は聞いてます。まだ鍋にたくさんありますので、そちらも持って行ってください」


……そういえばジギルの依頼を受ける際にそんな取引をしていたな。

あの後ゴタゴタしててすっかり忘れていた。


これは思わぬお土産になった、師匠への差し入れにもできそうだ。

あとはメイさんにも味わってもらって、なんとかこの味の再現をお願いしてみよう。


……そもそも前回食べた時の記憶、あんまりないんだけどね。


「そういうことなら、遠慮なくいただきます」


食欲をそそる香りに誘われるまま、スープと大きめの肉を口へ運ぶ。



…………溶けてしまった。



スープがよく絡んだその身は、ほろほろと崩れながら口いっぱいに肉汁を放出する。

だが決して単独プレーにはならない。

野菜の甘み、バターの風味が合わさり、掛け算の結果を生み出していた。


止まらない……止められるわけがない……。


「優勝しました……」


また一瞬で、皿が空になってしまった。


しかし案ずるなかれ。

今回は鍋いっぱいに持って帰れるんだ。


そう思うと、つい頬がにやけてしまう。


そして気が付けば、ローラさんがこちらを呆れた顔で眺めていた。


「……セバスの料理が絶品なのは昔から知ってるけど、食べた後そんな悪い顔したやつ初めてだわ」


どうやら悪巧みしているように見えたようです……。

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