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072 沈むエルラド城。

「ここはいいから、シルフィーユさんは孤児院のほうへ急いで!」


アルベルトは、無数のスケルトンの攻撃を一手に引き受ける。

彼にとってそれは造作もないことだった。


「わ、わかりました。向こうが片付いたらすぐに戻りますので」


そう言ってシルフィーユは、エターナルのメンバーに背を向け孤児院へと急ぐ。

その背中を見送ったアルベルトは、内心ホッとした。


今日のシルフィーユは後衛に徹していたとはいえ、あんな派手な戦い方をする槍使いが後ろにいては落ち着かないのだ。

以前はそれでも問題なかったが、一度知ってしまうと背中がぞわぞわした。


見送った視線の先で、屋根より高く跳ぶ人影が見える。

それが消えた瞬間、大地の爆ぜる音が聞こえてきた。


「回復支援としてパーティに入ってもらってたけど、絶対あっちが本職だよな……」


そんな独り言をつぶやいていると、スケルトンの剣がアルベルトの後頭部を直撃する。

だが聞こえた音は、肉を裂く音でも骨を断つ音でもなく、剣が折れる音だった。


「悪いね、こう見えて石頭なんだ」


無論それはただの冗談だ。

魔力による肉体強化を防御に全振りした男にとっては、ハエが止まったようなものである。


スケルトンの数だけは多いが、その攻略法はすでにギルドを通してローズクォーツから提供されていた。

であるなら、これはもはやただの素材採取のようなものである。


「しかしこれだけ多いと、大暴落は間違いないな」


思ったほどの稼ぎにはならないかもしれない。

それでも一部の魔道具が安くなるかも、と思えば悪くないことだ。


おかげで、この冬は異常な雪でほぼオフになっていた冒険者たちは、エターナルに限らず皆活き活きとしていた。


だが、一つだけ大きな問題があった……。


「雪と骨粉……混ざると面倒だな」



◇   ◇   ◇   ◇



実のところ、シルフィーユは孤児院の心配はそこまでしていなかった。


なぜなら、ナーサティヤ教の運営する孤児院は、例外なくその庇護下にあるからだ。

無論、シルフィーユほどの戦力がそうそういるわけではないが……


「アンデットの分際で教会に盾突くとは片腹痛いわ!」

「見よ、この神が宿った上腕二頭筋を!」

「ヒヒッ、最近寄付金が減って来てましたから丁度良いですねぇ」

「あの骨盤……なんてスケベなんだ」


教会の神官たちは逞しかった。


神力……に見せかけた光属性の魔法で撃退する者や、力任せにスケルトンを粉砕する者など様々である。

決して個々の能力が高いわけではないが、彼らは対アンデットのスペシャリストなのだ。


「孤児院も無事のようですね……」


シルフィーユが辿り着いた先で目にしたものは、シスターと共に雪と骨粉を分別する子供たちだった。

そこに怯えた者はいない、皆逞しく生きているのだ。


この辺りはそこまでスケルトン部隊の数も多くない。

今残っている1部隊で終わりのようだ。


これなら加勢する必要はないだろうと思い孤児院を後にしようとすると、一人の老齢のシスターがシルフィーユの存在に気づいた。


「おやおや、シルフィーユさん。この通り、ここは心配ありませんよ」


そう言って皺だらけで微笑むその表情からは、常に優しさが滲み出ていた。

そのシスターは孤児院長であり、シルフィーユにとっては母親のような存在だ。


「シスターカーサ……どうやらそのようですね」


最後の1部隊が討伐され、孤児院周辺は徐々に静けさを取り戻していく。

それほど心配していなかったとはいえ、やはり自身が生まれ育った場所の無事を確認できたことで、シルフィーユは内心ホッとしていた。


そして――――夜空を純白の雷が明るく照らす。


それは帝国で見たものと同じ……。


「これは……エルさん?」


感じた神力は、前回同様あまりにも膨大だった。

高位の神官が長時間祈りを捧げたとしても、ここまで桁違いの神力は扱えない。


だからこそおかしな話なのだ。


これほどの神力は、神降ろしでもしなければ不可能なはず。

前回は、模造品とはいえシルフィーユが祈りを込めた女神像を依り代に……と強引に納得した。

では今回のこれは……?


一体いつのまにエルリットが新たな依り代を入手したのか。

仮に依り代を新たに用意したとしても、そう何度も人の身で耐えられるものではない。


もしそれが可能だとしたら……創造神の使徒であるか、あるいは何らかの繋がりが……?


「さすがにこれは……問い詰める他ありませんね」


上空に小さく見えるエルリットの姿を確認する。

その身は、神力を纏わせ淡く発光していた。


直後、状況は一変する。


大地は揺れ、大きな地鳴りが響き渡った。


「シスターカーサ! 子供達の避難を!」


一瞬地震かと思われたが、高台に位置するエルラド城の異変を目撃する。

シルフィーユは……我が目を疑った。


「城が……沈んでいる?」



◇   ◇   ◇   ◇



エルリットは城の状況を、上空から視認していた。


揺れと地鳴りはそれほど長くは続かなかったが……


「見間違い……じゃないよね」


形状を保ったまま、エルラド城が沈んでいた……。

全てではなく、ちょうど1階部分が地面にすっぽり埋まる程度に。


「地盤沈下にしては限定的すぎるよなぁ……」


大きく崩壊した部分はなく、城の形に沿って綺麗に沈んでいる。

まるで土台か何かが突如消えたかのようだ。


そして、揺れと地鳴りに気を取られている間に、邪教騎士は姿を消してしまっていた。

スケルトンもあらかた片付いたのか、街中からも戦闘音は聞こえてこない。


状況はいまいち把握できていないが、戦いは終わったのだろうか。



「そだ、師匠は……?」


落下地点へ目を向けるが、そこに師匠の姿はなかった。


まさかガレキに埋もれて……?


「あんたさ、わかるやつにはわかるから、そろそろ止めたほうがいいわよ」


聞きなれたその声は背後から聞こえてきた。


その姿は、斬られたと思われる背中が淡く光っている。

おそらく治療中なのだろう。


「無事だったんですね。でも、止めたほうがいいとは何を……?」


わかるやつにはわかる……?

当の僕が何のことかわかってないのに?


「あんたが今使ってんの、魔力じゃないでしょ?」


師匠のその言葉でハッと気づく。


今僕は魔力がほぼ空なので、神力で全身を淡く発光させながら浮遊を維持している。

つまり師匠のように、見る人が見ればこれが神力だとわかってしまうのだ。


以前シルフィさんに聞いた話が脳裏に蘇る。


『過去に神降ろしを行った方は、もれなく廃人と化して――――』


……神降ろしだと思われたら騒ぎになって面倒かもしれない。

正確には神降ろしではなく、なんだか使えそうだから使っただけだが。


……勝手に使って怒られないよね?


本来どこにあるものなのかハッキリとは把握していないが、今なお自身の肉体には神力が流れ続けている。


目立つ前に大人しくしておこう……。

そう思い、地上へゆっくりと降下する。

その際、ずっと師匠に観察されていた。


「この神力……似てるわね」


そして時折、何か意味深なことを呟いている。


似てるといえば、最後に邪教騎士が抵抗した時に感じたもの……。

絶対に当たるという事実を強制したはずが、さらにそれを強引に捻じ曲げられた時に感じたあの力。

あれはまったく同じ神力だった気がする。


それに、露になった素顔もどこかで見たことがあるような……。


(うーん、どこで見たんだったか……)


なんとなく誰かに似ているような、そんな気がする。

白い髪なんて珍しいし、見たことあるならそうそう忘れないはずなんだけど。


記憶を辿っているうちに、地上へと着地する。

同時に、纏っていた淡い光は消えた。

だがなくなったわけではない。


またいつでも引き出せる……何か貯水庫のようなものとの繋がりを感じる。


(……でも目立つから使いどころは考えないとね)


神力とはいっても、得体の知れない力であることに変わりはないのだ。




地上へ降りた僕と師匠の目の前に広がる光景は、元の姿を保ったまま背の低くなったエルラド城。

それと何が起こったのか状況を理解できていない警備兵や、窓から外へ脱出する者の姿もあった。


窓だけじゃなく扉もあるじゃないか……と思ったが、それはおそらく2階のバルコニーだった部分だ。


本当に綺麗に1フロア分沈んでいるようだ。

周囲には一切地盤沈下が見られないというのに……。


これはさすがに人為的なものだろうと思うと、頭に浮かぶのはアンジェリカさんの姿だ。

エルラド城へ向かった彼女の仕業と考えるのが自然だろう。


そして、師匠にはおおよその検討がついているようだった。


「あの魔力反応は転移魔法だと思うけど……規模が大きすぎるわね」


そう言って雪の積もる地に手をついた。

下から何かを感じるのだろうか。


その時、2階の窓……元は3階だった窓から飛び降りてくる3つの人影があった。


「――――ごと奪っていくとはさすがに予想外だったな」


3人のうち、声の主はエルラド公、そしてその後ろにセバスさんと……見覚えのある女性、邪神将ミネルバの姿があった。

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