070 各々の戦い。
(最悪だ……)
突っ込んでいった弟子があっさりやられた。
元々才能のないやつだと思っていたが、あそこまでマヌケだとは……。
弟子の放った閃光は、どれも相手を殺すためには放たれておらず、ただの牽制か手足を狙ったものだった。
とんだお人好しだが、それで自分がやられてしまえばただのマヌケだろう。
「ま、死んじゃいないか」
微かだが、弟子の魔力反応は残っている。
意外と根性はあるやつだ、直に起き上がるだろう。
「さて、こっちまでやられちゃ笑えないからね。魔法が効かないなら……魔法で効くものを作るだけよ」
魔力を周囲に散布し、空気中から不活性ガスを集める。
それを圧縮、高濃度のガスに……。
あとは漏れないように魔力でコーティング。
「……どちらかと言えば錬金術の領分かしら」
用いた手段は魔法だが、できた結果が魔法でないなら問題なく通じるはず。
あとはこれを邪教騎士に向けて放つだけだが――――
そこでルーンは、寒気に近い違和感を感じた。
時計の歯車がズレたような感覚……。
いや、これは……ズレたのではない、歪まされたのだ。
相対していたはずの邪教騎士は、突如背後からその気配を感じさせた。
――――そうであったように、事実を書き換えたのだ。
「笑えないわよ……邪教の者がその力を使うのは――――
ルーンの言葉を遮るように、無骨な剣は薙ぎ払われた。
背中が熱い……。
その身は重力に導かれるように、地上へと落下する。
傷を負うなんて何年振りだろうか。
だが、なおもこちらへと迫る気配を感じる。
どうやら致命傷に至っていないことに気づいているらしい。
先ほどと同じ手段をとらないのは、おそらくこいつの正体が……。
そこで一度――――思考が止まった。
蜘蛛の巣を張り巡らせるように、夜空は白い雷に支配される。
「これは……神力?」
それは高位の神官が、わずかにだけ扱える力。
しかし、目の前の光景から感じる力はあまりにも膨大……。
一体誰がこれほどの神力を……?
出力元を探ると、ガレキの上に立つ性別詐欺がいた。
「……あいつ、いつから神官になったのよ」
◇ ◇ ◇ ◇
「――ッ! 制御が難しいな」
そもそもこんな広範囲に放つつもりはなかったのだ。
それでいて、標的の邪教騎士にはわずかに掠めた程度だった。
「でも、これなら通じる……」
師匠に迫っていた邪教騎士の動きが止まり、露骨にこちらを警戒し始めた。
雷が掠めた腕は鎧が欠け、素肌が確認できる。
一応、人間なのか……?
それでも、もう容赦はしない。
もちろん殺す覚悟なんてない。
だが覚悟を決めて自分を納得させるぐらいなら、大いに心を痛めてやろう。
戦う理由……?
たしかに僕に戦う理由は元々ない。
でも……それでも守りたいものの一つや二つはある!
飛行魔法の代わりに、神力で空へと浮遊する。
あまり素早くは動けないが、滞空するだけなら十分だ。
手を上空へ掲げると、光の粒子が降り注ぐ。
それを集束し、1本の槍をイメージする。
「……さすがに、いきなりは無理か」
形成されたものは、槍と呼ぶにはあまりにも細く、長い光の針のようだった。
気を抜くと霧散して消えそうになる。
でもせっかくだ――――ちょっと頼りないけど、とりあえず放ってみようか。
狙うは――邪教騎士の胴体!
直接手で掴んでいるわけではないが、槍投げのように投げ放つ。
それは細い閃光となって、邪教騎士へと迫った。
だがやはり直線的で、そして細すぎたのか、回避される光景が脳裏に浮かぶ。
やがてそれは現実となる。
邪教騎士は身を捻り、閃光の軌道から外れようとしていた。
――――面倒だな、動くなよ。
今まさに、回避行動をとろうとした事実を捻じ曲げる。
回避は間に合わず、胴体を貫く事実へと……。
結果、閃光は邪教騎士の兜を掠めていく。
こちらが捻じ曲げた事実を、さらに強引に上書きされたような感覚を覚えた……
これは――同じ神力……?
その時、邪教騎士の兜がひび割れ、地上へと落下する。
長く白い髪が解放され、風になびく。
同様に、その素顔が露になった。
整った顔立ち……街を歩けば、誰もが振り返るほどかもしれない。
まさか女性だとは思わなかった。
それに、どこかで見たことがあるような……?
なぜか懐かしい感じも……。
女性は憤るでもなく、感情の読めない冷めた眼でこちらを見ていた。
そのまま視線は逸らさず、無骨な剣を中段で構える。
(まだ続けるのか……)
こちらも周囲に神力の雷を帯電させ、迎撃態勢をとる。
だが戦いの決着は、こことは別の場所で決していた。
一瞬だけ、エルラド城から膨大な魔力を感じ、直後大地の揺れと地鳴りが響き渡った――――
◇ ◇ ◇ ◇
中央都市の外壁の上で、クリストファは未だリズとの戦闘を繰り広げていた。
だが戦いと呼ぶには、誰の目にも明らかなほど一方的なものだった。
「そんなに弱いものいじめがお好きですか、悪趣味ですね」
クリストファの肉体には、初めに斬られた左腕以外にもいくつもの切り傷があり、本来なら致死量と思えるほどの流血も伺える。
「幼い子を戦争の道具にするよりは遥かにマシだろう」
そう言ってリズは、再び剣を構える。
未だ汗一つ流しておらず、ここから何合にも斬り結べるほどの余裕があった。
それに比べ、クリストファは打つ手なしの状態を余儀なくされている。
クリストファの肉体から出る黒いモヤは、自身の肉体と魔力を統合したものだ。
それは防御を必要とせず、あらゆる物理攻撃が通じない。
さらにその魔力は毒素を含み、空気中に散布することでじわじわと相手を弱らせていく。
本来ならそれがクリストファの戦闘スタイルだった。
だが目の前の剣士は概念に干渉し、存在そのものを斬りつける。
おまけに、体内で循環している魔力がこちらの毒素を含む魔力の侵入を阻害していた。
このまま戦っていても勝ち目はないと踏んだクリストファは、搦め手という手段を選んだ。
「幼い子……? あぁ、ミンファのことですか」
さて、ここからどう持って行くか。
クリストファはいくつかのパターンを考えた。
同情を誘う、あるいは神経を逆撫でするか……。
「子供は扱いに困りますね。高い金で買い付けたというのに、寒いだのなんだのと騒がしくて。その上、罰として食事を抜けばすぐに虫の息ですから」
クリストファは、まるで笑い話のように笑顔で語った。
剣士という生き物は、すぐに怒りで我を忘れるものだ。
そうなれば必ず隙は生まれる。
「おっと……さすがに血を流し過ぎましたか」
立ち眩みがしたのか、クリストファは膝をつき地面に手を付いた。
しかし、流した血はそれほど問題ではない。
血もまた魔力と結合してあるため、流血は死に至るものではないのだ。
ただ、流れたままにしておけばそれは魔力の欠乏へと繋がってしまう。
クリストファは、一先ず立ち上がろうと膝に手を――――
膝が……ない?
膝をついたのではない……膝から下がなかったのだ。
「は……? ぐッ、がぁぁぁぁぁッ」
自覚すると同時に、激しい痛みが襲う。
それは本来おかしいことだった。
魔力と結合した肉体は、痛みを遮断することができる。
なのにこの有り様、一体自身の身に何が――――
「何が起こったのか? と聞きたそうな顔だな」
赤髪の剣士が見下ろすように見ていた。
「お前の体を斬り刻んでいる間、魔力と肉体の繋がりがあったんでな、それを斬った」
リズが斬ったのは、魔力と肉体の結合そのものだった。
繋がりを断たれた肉体は、もはや元に戻ることは叶わない。
「足を斬ったのはオマケだ、逃げられては困るからな」
リズは冷静だった。
抑えがたい憤りを、冷静にぶつけていた。
元々傷だらけだったクリストファは、魔力との結合が切れてしまえばそう長くはない。
見る見る衰弱していき、わずか数分で虫の息に……。
「かひゅ…ひゅー……ダ……さま」
クリストファは虚空を見つめ、何かをつぶやいていた。
その後、中央都市の夜空にいつか見た純白の雷が舞い、さらに大きな揺れと地鳴りが響き渡る。
しかしその光景が、クリストファの瞳に映ることはなかった。