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068 月明りの戦場。

エルヴィンへの帰還途中、来るときには気づかなかった小屋を発見した。

体は冷え切っているし、本来ならそれぐらいでは気にも留めないのだが……。


「そ、遭難者……?」


小屋の近くに人が倒れていたのだ。


近づいてみると、それは女性だった。

青白く長い髪に、着物姿の……。


……月華のメンバーの同郷だろうか?


一先ず介抱するために、目の前の小屋へと運び込む。

これには苦戦するかと思ったが、この女性が予想以上に軽い……。


そして、てっきりこの小屋の住人かと思ったのだが、小屋の中には小さな祠らしきものがあるだけだった。


(着物といい祠といい、和風なものが多いな……)


とりあえず建物の隅に女性を寝かせる。

火を起こせる場所がほしいところだが……。


体温確認のため、女性の頬に触れ――


「――冷たッ!」


まるで氷のように冷たい。


冷え切った僕の手でさえ冷たいと感じる、これはひょっとしてすでに……?

手遅れだったのかと思い、耳を女性の胸にあて心音を確認する。


「し、死んでる……」


心臓の鼓動は……聞こえなかった。


来るときには倒れてなかったはずなんだ……僕がもっと早く通りがかっていれば……。

そう思いながら女性の顔に視線を向けると、合うはずのない目が合った。


「……おはよう……ございます?」


さっきまで閉じてたはずだよね?

心音だってしていなかったはず……。


ホラーな展開が決して得意ではない僕は、悲鳴の一つでもあげたかった。

しかし、僕よりも先に女性の目が怯えたものになる。


その瞳が見ているものは僕ではなく……祠の方だ。


「……あの祠がどうかしました?」


女性に訪ねては見るものの、返事はない……だが屍でもない。

どうやら言葉が通じないようだ。


だがなぜだろう……体内の魔力を通して、女性が何かを訴えているのがわかる。


体内の……これはおそらく、人工精霊のアーちゃんを介している?


それを理解すると、女性の感情も伝わってくる。

この感情は……怯えと困惑?

そしてその感情の向く先にあるのは祠……ということだ。


「あそこに……何かあるんですね?」


女性はコクリと頷いた。


小さい祠だが、細かい細工の施された扉がついている。

あの中に何かあるということだろう。


「ちょっと失礼しますよー……」


元日本人としては、すごく罰当たりなことな気がして、一言断ってから祠の扉を開いた。


「これは……」


中にあったのは、首のない女神像……邪神像だった。


像は低めの祠の中で台座に乗せられているが、台座と像のサイズ感に違和感がある。

そう思い像を軽く持ち上げて見ると、台座には半球の窪みがあった。


これはつまり……邪神像を元々祀ってたのではなく、この窪みに合う何かが本来はあったということだろうか。


女性のほうへ視線を向けると、なんとなくこの像をどうしてほしいのかが伝わってくる。


「これって壊していいものなのか……?」


よくわからないのでポーチに仕舞っておいた。

ここなら時間遅延の効果で、悪影響もないはずだ。


「もう大丈夫だと思いますよ」


僕の言葉を聞き、女性からは少しだけ怯えが消える。

そして、袖から小さいガラス玉を取り出し、こちらへ差し出した。


「祠に置けってことなのかな」


台座の窪みにはめると、たしかにそれはピッタリとはまる。


「これでいいですよね?」


女性のほうへ振り返ると、そこには誰もいなかった。

周囲を見回すが、それほど広くない小屋だ……隠れられる場所などない。


まるで狐に化かされたような気分だ。


そう思っていると、上から粉雪がチラついた。


屋根があるのに……?

上を見上げるがもちろんそこには何も――


「…あり……がと」


その声は、直接こちらの意識へと響くように伝わった。




「結局なんだったんだ……」


今までに発見した邪神像も何かしらの悪影響を及ぼしていたことを考えると、きっとこれもまた何かに影響が出ていたのかもしれない。


建物のドアの隙間からは、赤い日差しが差し込み始める。

まさかと思い外へ出て見ると、ずっと空を覆っていた雲は晴れ、夕日が空を赤く染めていた。


これはひょっとすると、ユア湖で起きた事案と同じようなことが起きていたのだろうか。

一体誰が……何の目的で?


ユア湖のときのような小さな妖精は見かけなかった。

見たのはあの女性だけ……妖精って印象ではなかったな。


(どちらかと言えば……雪女?)


日本でも伝承によって妖怪だったり精霊だったりと違いはある。

はたしてあの女性はどちらだったのやら……。


それに、誰かの悪意によって今日まで大雪だったと考えるのであれば……。


(嫌な予感がする……)


飛翔し、帰路を急ぐ。

先ほどまでより、僅かだが日差し分、空気の冷たさがマシになった気がした。





すでに日は暮れ、月明りを頼りに中央都市へと到着する。

エルヴィン上空で、初めに目に入ったのは異様な光景だった。


いつか第2遺跡で見たスケルトンが、小隊規模にて街のいたるところで冒険者や騎士たちと交戦している。

中にはアルベルトやカマセなど、見覚えのある冒険者の姿もあった。


そして、住宅街も例外ではない。

悲鳴を上げ逃げる人や、武器を持って戦う者。

それを守る冒険者の姿など……。


だが第2遺跡踏破の際スケルトンの情報は共有してあるため、比較的その戦闘は冒険者優位に思える。

血走った目で魔道具らしき物を振り回しているのは……まぁ魔道具協会の人間だろうな。


やがて、我が家の上空へ到達する。


そこは静かなものだった。

周辺にスケルトンの姿もない。


着地し、玄関の扉を開くと――


「なんや骨っころ! 性懲りもなくまた来たんかッ!」


身の丈の半分はありそうな大きなハンマーが、こちらの頭を粉砕する直前で静止する。


「……あ? エルやないか。それならそう言うてや」


言う暇あったかな?


リビングに目を向けると、元はスケルトンと思われる骨粉が山を作っていた。

どうやらメイさんの心配はいらないようだ。


「ご無事で何よりです……他のみんなは?」


「ミンファならここの地下シェルターに避難してもらっとるで」


ミンファも無事のようだ。

ほっ、と僕は安堵した。


……ところで、地下シェルターなんて初耳なんだけど?


一体いつからそんなものがあったのか問いたいところだが……それは後にしたほうがいいか。


「リズさんと師匠は……?」


二人の心配はさらに必要ないのかもしれないが、ここにいないということはどこかで戦っている可能性が高い。


「二人とも骨っころがわらわら出よる前に、なんや気配がする言うて飛び出してったで」


気配……スケルトンとは別物かもしれないな。

以前悪魔が出没した状況と似ていることを考えるなら、狙いは……。


「……エルラド城?」



◇   ◇   ◇   ◇



時は少しだけ遡り、それはスケルトンが中央都市に出没し始めた頃――――


「さて、それでは始めましょうか」


中央都市の外壁の上にて、月明りの下クリストファはそう告げる。

その周囲には、アンジェリカとミネルバ、そして邪教騎士の姿があった。


「私は好きにしていいんだね?」


とくに指示もなく、ミネルバにはただの襲撃としか聞かされていなかった。

だがこれがただの襲撃なわけがない。

おそらく何かしらの勝算か……あるいは目的があるのだろうということは、ミネルバもわかっている。


「えぇ、構いませんよ。あなたはご自身の目的を優先されてください」


そう答えたクリストファの顔には、普段から何を考えているのかわからない笑みが張り付いている。


……元より子細を話すつもりはないらしい。

仲間はずれ……というよりは、すでにミネルバを必要とはしていないのだろう。


「……まぁいいさ。あんたらが暴れてくれれば、こっちも目的に近づけるしね」


そう言ってミネルバは、外壁から地上を目指し飛び降りた。



「……ま、彼女ともここでお別れですかね」


クリストファは、飛び降りたミネルバの背を眺めながらそう呟いた。



――――寸刻の間をおいて、その視界は赤い流星を目撃する。



咄嗟に魔力のモヤで両腕を包み、全力で斬撃を防ぐ。

だがまるでそれを意に介さないかのように、クリストファの左腕はあっさりと宙を舞った。


「またあなたですか……壊し屋リズリース」


月明りに照らされた赤い流星の瞳は、以前交戦したときよりも強い怒りと殺気を放っていた……。


誤字報告、大変助かりました。

ありがとうございます。

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