表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/222

067 王国の近衛騎士。

お昼を跨いだのでまずは腹ごしらえ。

おつかいとはいえ、これは旅の醍醐味なのだ。


せっかくだからこの街にしかないもので、それでいてささっと短時間で食べられるものが好ましい。


そこで1件のお店が目に入る。

他の店と違い、皆イスに座らず立ったまま何かを食していた。


この雰囲気は……立ち食い蕎麦?


店内に入るが、それほど暖かくはなく、外よりはマシという程度。

そして、ズルズルと麺を啜る音が店内のいたるところから聞こえてくる。

さらには湯気と共に、かつおだしの香りが……。


こちらに気づいたのか、カウンター越しの厨房から声がかかる。


「うちはカケ麺だけだよ。小、中、大、器で選んでくんな」


声の主である黒いハーフエプロンを腰に巻いた男は、職人の雰囲気を感じさせる。

それに、一品だけとは随分と強気だ。


空腹度合い的には、大にいきたいところ……でも初めての街で、初めての店、不安だし小で様子見したい気分。


「中でお願いします」


間をとって普通のサイズにした。

まぁこの芳ばしい香りでまずいってことはないでしょ。


「あいよ、中一丁あがりっ! 銅貨4枚だ」


あらお安い。

銅貨を渡し、器を受け取……早すぎない?


注文からものの数秒での登場に、嬉しさよりも不安が募る。


(でもこの香りは本物だ……)


まずはスープを一口――


……しょっぱ。

香りは奥ゆかしいのに、味はシンプルに塩辛かった。


気を取り直して、やや太めの麺を啜る。

これは……パスタの食感に近いか?


スープと絡むと、濃いめの塩パスタを彷彿とさせる。

シンプルな塩スープパスタと思えば悪くないか……?


熱々で体がポカポカしてくるが、素直に美味いとはいえない味だった。




「ここが春眠亭か……」


街の中心付近の宿は一つだけだった。


看板には、熊っぽい生き物の寝転んだイラストがある。

これだと春眠というよりは冬眠っぽい気が……。


扉を開くと、暖かな空気が出迎えてくれた。


(ほわぁ……あったけぇ……)


こちらに気づいたのか、宿の女将から声がかかる。


「悪いけど、今満室だよ」


あまり賑やかな感じはしないが、満室らしい。


見たところ、1階にはいくつかのテーブルとイスがあり、3名ほど座っている。

なにやらこちらへの視線を感じるが……。


「ここにセリスさんって方が宿泊してませんか?」


僕のその言葉と同時に、視線は殺気を帯び、緊張が走った。

座っている3人のうちの、男2人から睨まれる。


まぁ……こうなるよね。

いきなり知らない奴が入ってきて、宿泊客を名指しで呼んだら不審に思われてもしょうがない。

何か身分を証明するものでも提示できれば……ギルドカードでいけるかな?


「すいません、僕が名乗るのが先でしたね。こういうもので――――」


名刺を差し出すようにポーチから取り出したものの、かじかんだ手は言うことを聞いてくれず、カードは床を滑っていった。

それを、3人の中で唯一の女性が拾い上げる。


「ローズクォーツ、Bランク冒険者エルリット……」


ウェーブがかった長い灰色の髪をかき上げながら、女性はカードに記載された内容を読み上げた。

そこに隙はなく、他の2名と違い気品と高潔ささえ感じる。


「たしか、閃光……だったか? 最近公国の中央都市で大活躍と噂の……」


カードに書かれてない情報まで口にされてしまった。

勝手に語られた二つ名は、いったいどこまで知れ渡ってしまっているのだろう。


「そう呼ぶ人もいますね。僕としては過分な評価だと思いますが」


もっと似合いそうな頭部の人、何人か知ってるよ。


「ふむ、謙虚なのだな。それに、リズの相方がこんな可愛らしいお嬢さんだとは意外だった」


うーん……?

閃光の相方ということで、壊し屋リズリースの名は出るかもしれないが、愛称で呼ぶとなると……。


「……っと、失礼した。先ほどキミが口にした名は私のことだ」


あぁ……思い出した。

たしかリズさんの近衛騎士時代、唯一気が合ったという同類の……。


「何か用なのだろう? 場所を変えよう」


そう言って、2階の部屋へと案内される。

さっさと届けて帰りたい気持ちはあるが、リズさんの旧友を無下にするわけにもいかないよね。


………………


…………


……


「そうか、男だったのか……失礼した。ひょっとして……呪いの類か?」


部屋に案内され、まずは訂正しておくべき点を訂正したところ、久々に呪い扱いされてしまった。

逆にそんな呪いがあるのか気になるよ……。



「ん? それが気になるのか?」


セリスさんの言うそれとは、壁に立てかけられた、身の丈ほどはあるであろう頑丈そうな弓のことだ。

あまり物のない部屋だが、一際目立つ異質な物が一つあり、どうしても視線はそちらへと向かってしまった。


「気になるというか、リズさんに弓の名手だと伺ってたのでつい……」


これが風を読まずに貫く弓か……。


「リズとの仲は良好なようだな、あいつは元気にしてるのか? この大雪では日課がこなせなくて燻っているのではないか?」


「それがですね……」


この話をして大丈夫かな?

僕の正気を疑われかねない気が……。


こんな雪でもリズさんは鍛錬を欠かさないどころか、謎の理論で雪上を走り回っていることを話した。



「沈む前にもう片方の足を……なるほど、その手があったか。さすがはリズだな、私も試してみよう」


セリスさんは一人納得していた。


……正気ですか?




「っと、そういえばこれを届けに来たんでした」


ジギルに預かった書簡を、テーブルの上に差し出した。

そろそろお暇しないと日が暮れちゃうからね。


「ふむ、ここで私宛となれば、差出人も見当がつく」


そう言うと、セリスさんは書簡を懐に仕舞った。


たしかにここにセリスさんがいるのも不思議な話だ。


公国と帝国の戦争に王国からの援軍、という話ならわからないでもないが、この大雪でほぼほぼ休戦状態だ。

それに、あきらかに軍勢を引き連れている様子ではない。


(少数精鋭の援軍ということならありえるか……? でもそれでわざわざ近衛騎士を送るかな?)


セリスさんに直接聞けば早いのだろう。

だが書簡をこの場で読まずに懐に入れたということは……そういうことだ。


人に見せていい内容ではないんだ……ならば、ここで何かを届けたことも僕は忘れよう。


「たしかに、届けました。それじゃあ僕はこれで」


あれ? 受取りのサインとかもらったほうがいいのかな?

でも正式な依頼というわけでもないしなぁ。


「ん? もう帰るのか?」


「えぇ、日暮れまでに帰ると言ってあるので」


そもそも日が暮れたら寒さが増してしまう上に視界が最悪だ。

初めてのおつかいで遭難だなんて末代までの恥だよ。


「日暮れまでにって……中央都市から来たのだろう?」


そりゃもう片道3時間の空の旅ですよ。


部屋の扉ではなく、窓へと向かう。


「もちろんそうですよ。ちょっと急がないと間に合わなくなるかもしれないんで、ここから失礼しますね」


窓を開き、身を外へと投げ出す。


うぅ、やっぱ外は寒い。


「いや……飛行魔法でもさすがに……」


さすがにセリスさんは飛行魔法ぐらいでは驚かない。

これぐらいは宮廷魔導士とかで見慣れているのだろう。


「もし中央都市に来られた際は、是非僕らの家にも来てくださいね」


「あぁ……それはもちろんそうするが」


セリスさんに手を振り、中央都市を目指し初めから全力で加速する。

一瞬で寒いのが痛いに変わるが仕方ない。

こんな街中でのんびり速度をあげていては、返って目立つのだ。


来た時と同じ空を、今度は東へ向かい帰路についた。




「もうあんな遠くへ……」


エルリットが飛び立った空を、セリスは眺めていた。


「うちの宮廷魔導士でもあの速度は無理だろうな」


たしかにあれなら日暮れまでに間に合うのかもしれない。

どうやら、エルリットという男を見くびっていたようだ。


そしてセリスはいてもたってもいられなくなる。


「ふむ……沈む前にもう片方の足を、だったな」


早速雪の中へと身を投じていくのだった。


後日、エルヴィンとハールートでは同じ目撃情報が出回ることになる。


雪上を当たり前のように全力疾走する女を見た……と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ