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065 予感。

「ちょっと、何で閉めちゃうのよ」


どうやらこのマッチョな方は、ブティック【グングニル】の店員で間違いないようだ。


はたして男として扱うべきか、女性として扱うべきか……この選択を間違えると、きっと悲劇が待っている。


「すいません、つい……立派な上腕二頭筋ですね」


答えは、とりあえず褒めること。

これが処世術ってもんだよ。


「やだわぁこの子ったら、そんなとこより見るべきところがあるでしょ。ほらこれ、冬の新作なの」


そっちかぁ……。


これというのは、そのいかつくて太い首を隠すような毛皮のストールのことなのだろう。

だがその姿は、戦利品の毛皮を首に巻く荒くれ者を彷彿とさせる。

……触れていいものか悩ましかった。


「は、はぁ……そういえばもうそんな時期でしたね」


新作と言われても旧作を知らないからね……。


でも冬物はたしかにあまり持ってない。

この際だから、僕とリズさんの分も揃えようかな?


「お洋服いっぱいだね」


ミンファはキョロキョロと店内を眺めている。

その背中を、リズさんはそっと押した。


「好きな服を選んでいいぞ。安心しろ、店ごと買い占めるぐらいの金はある」


それはさすがに言いすぎ……でもないか。


大衆店よりはやや高い程度の値段設定だ。

これなら金額を気にせずに買い物ができるだろう。


「あら、ひょっとして太客なのかしら?」


マッチョ店員の目つきが変わる。


怒涛の勢いであれこれ勧められてしまい、結局僕とリズさんもけっこうな数買ってしまった。

すべて合わせると金貨10枚ほどに……。


まぁ……冬支度ということで。





量が量なので、購入したものは店の人が家に届けてくれるとのこと。

サービスが行き届いてて大変よろしいと思います。

筋肉のインパクトがすごいけど。


そして僕はここから別行動をとり、ナーサティヤ教会へとやってきた。

ここへ来た理由としては、シルフィさんにあることを報告するためだが……。


(絶対怒られるのでは……)


この砕けた女神像……一体どう言い訳したものか。


とくにアポイントメントはとっていないので、いないならいないでまた日を改めよう。

むしろ留守であってほしい、是非とも日を改めたい。


奥の大聖堂は関係者しか入れないからね、表の教会だけチラッと見て……


「そこにいるのはエルさん? どうされたんですか?」


いともたやすくシルフィさんにエンカウントしてしまった。

これも神の思し召しか……さっさと怒られろと。


「悪気はなかったんです……」


膝をつき、シルフィさんの手をとって許しを請う。

とても情けない姿かもしれない。


でも邪神将との戦いを上空から見ていた僕は知ってるんだ。

盾役だったアルベルトへの被害をまったく考えずに大技を繰り出すシルフィさんの姿を……。


「えっと、懺悔をご希望……ですか?」


懺悔室へと促すその立ち振る舞いは、お淑やかであり、聖女の名に恥じないのだろう。

だが中身は暴走機関車なのだ。

選択を誤ればきっと槍が飛んでくるぞ。


「いえ、僕が許しを請わなければいけない相手は、神ではなく……友であるシルフィさんにです」


その言葉を聞いたシルフィさんはキョトンとしているが、やや照れも見える。

『友』というワードを入れたのは正解だったようだ。


(僕たち……友達だよね?)


満を持して、砕けた女神像を見せた。


「これは……そういうことですか」


シルフィさんの顔からは照れが消え、神妙なものとなる。


……そういうことってどういうこと?




場所を変えたほうがいいだろうと、シルフィさんに案内されたのは大聖堂の一室だった。

以前案内された部屋とは違い、ベッドや衣装棚など何やら生活感があるような……。


「私の自室です。ここなら誰にも聞かれることはないでしょう」


……え? 女神像砕けちゃったのって、そんなにまずいことなの?


女性の部屋に入るなんて、本来ドキドキな展開のはず……。

なのに今の僕は……まぁ、ドキドキしてるね……違う意味で。


目線だけで逃走ルートを確認する。

だがシルフィさんの話は、こちらの予想とはまるで違った。


「エルさんは、神力というものをご存じですか?」


「しん…りょく……?」


初めて聞くワードだったので、もちろん知る由もない。


「やはり、ご存じないのですね……。神力というのは、我々神官でさえ使える者はあまりいません。魔力とは違う……まさに神の力と言われるものです」


そこまで聞くと心当たりがあった。

魔法の効かない邪教騎士との戦いで放たれたものが、正にそれなのだろう。


「私でさえ、その一端を僅かに扱える程度……。なのに、エルさんが扱った神力はあまりに強大なものでした。ですが、この女神像を見れば納得です」


つまり僕は別に悪くないということだろうか。

てっきり戦闘の余波で砕けちゃったものだとばかり……。


「あの時のことは僕もあまりよくわかってないんですよね……」


割とハッキリ覚えてはいるのだけども。


「あれは……神降ろしと言われるものですね。その身に神を降ろす行為……おそらくこの女神像が依り代になったのでしょう」


それで懐かしい声が聞こえたのか。

神……この世界に生まれ変わる前、ちょっとだけ話したあの創造神のことだろう。


「女神像にそんな効果が……」


そっと目を閉じると、創造神のおっぱ……姿がおぼろげに浮かぶ。

なんとなく似てる像だとは思ってたんだよ、胸以外は。


「いえ、本物なら可能性があるかもしれませんが。複製品では本来無理ですね……ただそこに神の御意思があれば、ありえなくもないです」


この砕けた複製品が、その意思の表れということになるのかな。


「それで……お体に異変とかありませんか?」


「……? とくにないですけど」


刺された傷がキレイさっぱり治ってたことが、異変といえば異変ではあるか。


「過去に神降ろしを行った方は、もれなく廃人と化してるようなので……」


……怖ッ!


「実はエルさんが創造神様の使徒だというのなら、平気なのも頷けるのですが……」


「……身に覚えないですねぇ」


創造神とまったく関りがないわけではないが、『実は転生する際にちょっとお話したことがあるんです』とか正気を疑われるちゃうしなぁ。

誰かのことを気にかけて、とは言われた気がするけど。

それがイコール使徒になるわけではないだろう。


「まぁ……エルさん本人がわからないことを聞いても仕方ありませんね」


そう言って、シルフィさんはニコリと笑う。


「知らないことばかりですいません……何かわかったら、その時はまたシルフィさんに相談しますので」


今日なんてホントは怒られると思って来たんだけどね。

拍子抜けだよ。



◇   ◇   ◇   ◇



エルラド城の一室にて、ギルド長のジギルはある報告をしていた。


「リズリースのほうは以前書面で送った報告通り、変化はない。ま、こっちは簡単に調べがついたからな」


その報告を聞いているのは、国のトップであるエルラド公と、その腹心セバスチャンである。


「剣神と戦女神のね……強いわけだよ。俺が現役だったころでもおそらく敵わないな」


以前……夜会よりも前に送られてきた報告書を眺め、エルラド公は自身がその目で見た光景を思い浮かべる。

夜会の場へ現れた上位悪魔を容易く切り刻み、さらには下位悪魔を素手で屠り続ける鬼神のごとき強さ。


王国の近衛騎士をクビになった経緯は、さすがに何かの冗談かと疑ったが……。


「んで、問題のエルリットほうは……?」


前の報告では、南にあるミストの街以前の情報が得られなかったとのこと。


「それなんだがな……」


っと、ジギルは渋い顔で新たな報告書を差し出す。


「確定的な情報はやはり得られなかった。だが、王国の辺境で気になる内容があってな」


エルラド公は報告書に目を通した。


オルフェン王国、辺境の村ラットン。

その隅にある孤児院に、エルリットという名の白髪の少年はたしかに数年前までいた。

見た目は少年というよりも少女のようであり、妙に大人びていて同年代の子と遊ぶよりも一人でいることが多かったそうな。


だが数年前、忽然とその姿を消し行方不明となった……。


「たしかにこれだけじゃ、同一人物とは言い切れないな。特徴は一致しているが……」


地図を広げ、村の位置を確認する。

辺境という話だが、その地方には覚えがあった。


「村の近くにあるのは、絶対不可侵の――――魔女の住む森……か」


エルリットの師である、星天の魔女の姿が脳裏をよぎる。

これも確定的なものではないものの、偶然にしては出来過ぎていた。


「……孤児院以前の情報はまったくないのか?」


と口にはしたものの、孤児の出生を探るなど雲をつかむようなものだ。

あまり期待はできないだろう。


だが一応はジギルもその辺りの探りは入れていたらしい。


「院長の話では、ある日赤子を抱えた女が孤児院に――――ってな感じの、よくある話だった」


たしかにありがちではあるが……。


「……ありがちな話の割に、その院長はよく覚えていたな」


「なんでも、赤子と一緒に宝石やら金目の物も一緒だったそうだぜ?」


なるほど、それで覚えが良かったのか……と納得するものの、新たに気になる点が出てきた。


「その金目の物、の内訳が気になるな……」


エルラド公には、予感めいたものがあった。


雲を――掴みかけていると。


「えぇ……そこまですんのかよ。何年も前の物の流れを追えってか?」


ジギルは項垂れる。

何をそこまで気にすることがあるのかと。


「期待してるぜ。それと、だいぶ寒くなってきたからな、ジギルも風邪には気を付けてくれ」


その視線は、ジギルの瞳よりやや上を向いていた。


「相手の目を見て話せってガキの頃教わらなかったか?」


「いやぁ、シャイなもんでな」


良く言うぜ……っと言って、ジギルはその場を後にした。

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