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062 魔王たりえた者。

僕を挟むような形で、そのトラブルは起きた。


「――悪魔ッ!?」


シルフィは慌てて槍を構える。

しかし猫耳の老齢悪魔は動じなかった。


「ふむ、どうやらこのお嬢さんは、交わす言葉を持っておきながら武器を交えるほうがお好みのようだ」


そう言って、ミンファを庇うように立っている。


なんて人ができた悪魔なんだ……。


だが、それでも槍は収められなかった。


「魔力で悪魔を作るなど聞いたことがありません。もしそれが可能だとしたら……」


シルフィはそこで言い淀む。

その視線の先には、涙目のミンファの姿が……。


それをそっとリズさんが引き寄せ抱きしめた。


「シルフィ……善悪はどうであれ、怯えてる子に振りかざすのがお前の正義か?」


その言葉に「ぐッ……」と何も言い返せず、シルフィは槍を収める。


二人の間にいた僕は、何もできずにただ干し芋をつまんでいた。

……いや、つい止まらない味わいがね……。


……こういうとこなんだよなぁ。




「そもそも、悪魔には個々に起源というものがありましてですね――――」


シルフィによる悪魔の解説がいつの間にか始まってしまった。


悪魔には起源と呼ばれる、元になる存在が個々に違うとのこと。


人から悪魔になれば、その悪魔の起源は人である。

ゴブリンが悪魔になれば、その悪魔の起源はゴブリンである。

これは生き物だけというわけではない。


元が水だった悪魔の起源は水、といったように無機物も例外ではない。

これらを、負の魔力を使って強引に悪魔化する……そんな禁術のようなものは実際にあるようだ。


だがミンファの作った悪魔は、直接魔力で悪魔を作る……自身の魔力を起源とした悪魔を作っているのだ。


そんな魔力の使い方ができるとしたら、魔を統べる王……魔神よりも太古に存在したとされる、魔王ぐらいのものだと……。


「はー……魔神どころか魔王なんてものもいるのか」


僕は魔王というワード自体初耳のような反応をしたが、どこかで聞いたような気も……。


「魔神より古い伝承なので知る者は少ないですが……」


シルフィさんがそれを知るのは司祭という立場柄なのだろう。


「それで、その伝承の魔王は一体どんなことを……?」


きっと過去の伝承で、勇者と魔王の戦いとかありがちな展開があるに違いない。

王道ストーリーだしね。


しかし、それがシルフィさんの口から語られることはなかった。


「……いえ、どんなことと聞かれると……これといって何も……」


とくに争いはなかったらしい……。




シルフィさんは一旦引き下がり、ミンファも落ち着きを取り戻した。


でも悪魔を作る存在を放っておくわけにもいかないのだろう。

ミンファを警戒するようになった。


まぁ、気持ちはわからないでもない。

なのでここは僕が代わりに探りを入れることにした。


「ミンファは、その魔力の使い方を誰に教わったのかな?」


魔力から悪魔を作る。

それが一体どれだけ高度な魔法なのか……。


師匠に魔法を教わった僕にはそれがわかる。

つまり教えた誰かがいるはずなのだ。

悪いのはきっとそいつに違いない。


「……誰にも教えてもらってないよ。ミーちゃんずっと一人だったから……誰かとお話したいなって思ったらできるようになったの」


――天才かッ!?

一つ魔法を覚えるだけで僕がどれだけ苦労したと思ってるんだ……。


そこで、リズさんも疑問を一つ投げかけた。


「見た目だけではミンファの魔力がそこまで強大には見えないのが不思議だな」


言われてみれば、たしかにそうだ。

悪魔を作り出したときは凄まじい魔力を感じたのに……。


それに関して、ミンファは身振り手振りで説明してくれた。


「んとね、魔力をね、こう……ぎゅ~っとしてるだけだよ」


ぎゅ~っと……?

まるで圧縮でもしてるかのような表現だ。


リズさんと顔を見合わせる。

どうやら聞いたことない技法らしい。


「……ルーン殿なら、何か知ってるかもな」


たしかに、師匠以上に魔法についてくわしい人はいないだろう。


「ルーン殿というのは?」


いつの間にか荷台に居座っていたシルフィさんが会話に参加する。

御者はセバスニャンが代わっていた。


……いいのか?

まぁ見た目だけなら、悪魔には見えないかもしれないけど……。


「僕の師匠ですよ。魔法に関しては右に出る者はいないと思います」


……そう考えると、師匠なら悪魔を作るぐらいあっさりできそうな気がしてきた。

人工霊とか人工精霊とか作っちゃうような人だし。


「ルーン……? まさか、星天の魔女ルーンのことじゃない……ですよね?」


そのまさかなんだけど、はたして信用してもらえるだろうか。


「いや……エルさんの飛行魔法や、見たことない攻撃魔法を考えると……それ以外ありえないですね」


思った以上に僕の評価は高かった。


でも師匠に相談する前に、エルラド公に報告しないといけないよね……。


保護したみたいになってるけど、一応敵側の存在なわけだし。

なにより中央都市を襲った悪魔を作った本人となると、どんな処遇になるのやら……。


ただ個人的には、こんな小さい子を裁くような世界であってほしくないよ。



◇   ◇   ◇   ◇



国境沿いまで戻って来たが、街の様子がおかしかった。


来た時と違い崩壊した建物が多く、なにより人がまるでいない。

国境門にも警備兵すらおらず、誰に止められることもなく素通りできてしまう。


ただ、人がいないのは帝国側だけのようだ。


国境を越え公国側へ入ると、こちらの国境門では厳重な警備がなされていた。

だが建物の崩壊などはこちらも同様で、中には火の手が上がっているところもある。


今は難民たちの身元確認等を警備兵にしてもらっているが、状況が状況なので人手がまるで足りず、なかなかスムーズにはいかないらしい。


周囲を見渡すと、至る所で負傷した兵が体を休めている。

まるで争いでもあったようだ……。


シルフィは負傷兵に治癒魔法をかけながら、何があったのかを尋ねていた。


「これは……何があったんですか?」


「突然帝国が攻めてきたんだ……兵だけじゃなく、民間人まで……」


大パニックとはこのことだったのか……。


ミンファは身元不明ということで、とりあえず僕らが保護者代理という形で国境門を通してもらう。

だがセバスニャンはさすがに無理なので、ミンファの魔力に戻って行った。


(そんなこともできるのか……)



街中も瓦礫が多く、損壊してる箇所が多いためなかなか先へ進めないようだ。

しかし国境門から離れていくにつれ、徐々に損壊が少なくなっているように見えた。


その時、見覚えのある看板が目に入る。

【ロンバル商会・国境トランドム支部】

そこにあるのは、看板と……煤けた瓦礫の山だ。


そして――――真っ黒に焦げた女性らしき人の形をした何か。


「チロル……さん?」


だが返事は――


「誰か呼びましたぁ?」


ケガ一つないチロルさんが物陰から顔を出した。


うん、まぁ……あれマネキンっぽいなとは思ってたよ。



◇   ◇   ◇   ◇



魔帝国となった邪神を祀る教会。

以前は4人いたその会合場所も、戻ってきたのは3人だった。


「ちょっと! ミンファ置いて来ちゃったけどいいの?!」


ミネルバは、置いてきた仲間を放っているクリストファを問い詰めていた。

しかしその反応はあまりにも薄情なもので……


「今後の計画には支障ありません、それよりも彼女を治療できる場所へ移さないと……」


彼女というのは、どうやらこの横たわった漆黒の鎧を纏った女のことらしい。

すでに鎧は半壊し、兜もはずれ、白い髪が露になっている。


「支障はないって……それにその女……」


中身が女だということはミネルバも聞かされていなかったことだ。


邪神将などと名乗ってはいるものの、お互いの素性はまるで知らない。

無論、信用も信頼もしていないが、これではまるで使い捨てているように思える。


「まさかとは思うけど……帰還用の魔道具、わざとあの子にだけ渡してなかったわけじゃないでしょうね?」


ミネルバのその問いに、クリストファは一瞬沈黙する。

だがやがてその顔に笑みが浮かんだ。


「そんなわけないでしょう? つい、渡し忘れてしまっただけですよ」


ミネルバはその表情におぞましい何かを感じ、「あっそう……」とだけ言って建物を出た。



「別に愛着があったわけじゃないけど、胸糞悪いね……」


そもそもが利害の一致で集まっただけの存在だ。

クリストファに目的があるように、ミネルバにもまた目的があった。


それがはたしてミンファにもあったのか……はたまたクリストファの傀儡でしかなかったのか。


「……覗きなんて、あまり良い趣味じゃないね」


気配を感じ、ミネルバはそちらへ声をかけた。


「覗いていたわけじゃないわ……あなたは人間なのね」


建物の陰からスッと姿を現したのは、褐色の肌と金の髪が特徴的な人……いや、人だった存在だ。


「あら、ご機嫌いかが? 公女様」


「……私はもう公女じゃない、魔神アンジェリカよ」


本来なら魔神は邪教徒にとって崇める存在なのだろう。

しかしただの共犯者であるミネルバにとって、それは意味のある存在ではなかった。


「自分から国を捨てる……か。羨ましいわね」


ミネルバの瞳には、遠い西の空が映っていた。


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