表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/222

060 神の雷。

戦えぬ難民を守る冒険者たちが、キリなく襲い掛かってくる悪魔の前に次々と倒れていく。


その渦中にいる月華の4人もまた、満身創痍だった。

それでもまだ他の冒険者より粘れているのは、結界を張っているツバキの存在が大きい。


悪魔の侵入を阻む結界は、戦えない者や傷つき倒れた者たちの最終防衛ラインだった。


だが、それもいつまで維持できるのか……。

両手を掲げて結界を張り続けるツバキの表情には、誰の目にも疲労が見て取れる。


皆が理解していた。

この結界がなくなった時、悪魔によるただの虐殺が始まるのだと……。


そして、その時が近いことも……。


そんな中でも、弱音を吐く者はいない。

ここにいる冒険者たちは、皆エルラド公に選ばれし猛者だった。

弱音を吐く暇があるのなら、己を鼓舞する雄叫びを上げる。


それは戦えぬ者とて同じだった。


すでに故郷を追われた身。

潔くあきらめるぐらいなら、最後まで生にしがみつく力強い目をしていた。



だが無情にも――――結界に振動が走り始める。



悪魔の攻撃による影響を受け始めていたのだ。

徐々に振動だけでなく、軋む音が大きくなり始める。


――余命を告げるその音の終わりは、ガラスの割れるような音とともに訪れた。


割れた結界は霧散し、その役目を終え消え去っていく。


悪魔の顔に、笑みが零れる。

ようやく獲物にありつけると……。


誰もが、自身が悪魔の糧となる……そんな光景が頭によぎった。


そして……誰もが目の前の光景を疑うことになる。



いくつもの、純白の雷が――――目の前に迫っていた絶望を貫いていった。



それはまるで意思を持っているのかのように、悪魔の肉体だけを貫き、裂いていく。


これは一体誰の仕業なのか……。

ツバキの視線は、自然と上空へと移る。



そこには、その身が淡く発光したエルリットの姿があった。



◇   ◇   ◇   ◇



「本来なら、干渉すべきではないのだがな……」


なんとも不思議な体験だった。


自分の口から、自分の意思とは違う言葉が紡がれる。

そして、それは口だけではない。

肉体の全てが、その主導権を何者かに奪われたような感覚だった。


「奪ったとは心外じゃな、ちとお灸を据えたらすぐに返す」


心の声に、自分の声が返答をする。

……気味が悪い。


だがどことなく懐かしい感じが……。


「まずは悪魔からか……なるほど、この数はそういった起源か」


勝手に何かに納得した僕の手は、地上へ向けられる。

そして体が淡く発光し――



ピシッ――――と空間が裂けるような音が聞こえた。



まるで天罰を下すように、純白の雷がいくつにも枝分かれしながら、悪魔の体を貫いていく。


今の一瞬で、無数に思えた悪魔は壊滅状態となった。

地上にいる誰もが、その光景に理解が追いついていない様子。


「ふむ、やはり制限がかかるか……」


勝手に動く手足は、不満そうに己が手を見つめながらそう言った。


どうやら、貫かれたはずの僕の傷もいつの間にか塞がっているようだ。


「さて、問題はアレか……」


視線が邪教騎士へと移る。

だが、相手はこの状況にまるで怯んだ様子はない。


「言葉すら失ったか。堕ちるとこまで堕ちたものだな」


はたしてそれは、邪教騎士へと向けられた言葉なのか。

どこか憐れむ声と共に、僕の手は見えない何かを掴むように頭上へ掲げられる。


空から光の粒子が降り注ぐ。

それらは渦を巻き、頭上へと集束していき……一本の光の槍を形成した。


掴んだ光の槍が暖かい……。

今このとき、体の主導権こそないものの、その感覚は理解できた。



「願わくば……その魂に祝福を――――」



大きく振りかぶった後、光の槍は放たれる。



それは流れ星のように――――音もなく空を駆け抜けていった。



◇   ◇   ◇   ◇



「――バカなッ!」


ここまで沈着冷静に思えたクリストファは、光の槍に貫かれる邪教騎士を見て、初めて感情を剝き出しにする。


そしてリズリースもまた、同じ光景を目の当たりにし、不安に駆られた。


「エル……?」


光の槍を放った相棒は、自分の知るエルリットとはどこか雰囲気が違っていたのだ。


それにあの体から発せられているのは、魔力とは違う。

感じたことのない何か……。


「おかしい、彼女に魔法は通じないはず……くっ、これは予定変更ですね」


そう言ってクリストファは懐から魔石を取り出し、自身の足元へ叩きつけた。


砕けた魔石からは魔力が溢れ、人一人分程度の魔法陣を構築する。


「思った以上に厄介な者が多いようですね……いずれまたお会いしましょう」


魔法陣は発光し、クリストファの肉体ごと消滅していった……。




邪神将は姿を消し、悪魔も全て屠られた。

戦いは終わったのだと、リズは剣を納める。


「逃げたか……それにしても、彼女……と言ったか」


おそらく邪教騎士のことだと思うが……中身が女だというのは予想外だった。


「っと、それよりエルは……?」


相棒の姿を確認すると、ゆっくりと地上に向かって降下していた。


未だ違和感は拭えないが、一先ず五体満足であることにホッとする。



◇   ◇   ◇   ◇



シルフィーユの槍は類を見ないものだった。


舞のように振り回したと思えば、上空へ跳び上がり、虚空を蹴って地上へダイブする。

それによる自身への多少のダメージは気にしない。

なぜなら自分で治せるから。


しかし、その攻撃の一番の被害者は標的であるミネルバではなく、盾役のアルベルトだった。


ダイブの衝撃で、幾度となく吹き飛ばされそうになっていた。


「味方からの攻撃も防がないといけないのは、さすがに初めてだな」


アルベルト以外は誰も近づくことさえできない。

……誰も近づこうともしない。


がんばれアルベルト……と、心の中で声援を送るのだった。


だが、突然シルフィーユの動きが、ピタリと止まる。

その視線の先には、上空で邪教騎士を相手にしているエルリットの姿があった。


淡く発光し、放った雷が悪魔を裂き、塵へと屠る。

神の裁きのような光景に、誰もが言葉を失う。


シルフィーユには、その力に覚えがあった。


「これは、魔力ではなく……神…力?」


自身が信仰する、創造神ナーサティヤの存在を感じ、気がつけばそう口にしていた。


シルフィーユもまた、神力を扱う者。

間違うはずもない。


しかし、エルリットから発せられた力は、あまりにも強大で尊いものだった。


「エルさん、あなたは一体……」


シルフィーユが呆けている中、ミネルバは周囲の状況を見ていた。


バカみたいにピョンピョン跳ねる目の前の女が参戦したことで、すでに自身にとっては不利な状況だった。

さらに、周囲の悪魔たちさえ全滅してしまったのだ。

これ以上戦っても意味はないと判断し、クリストファ同様、魔石を地面に叩きつけ逃走を図る。


「ここまでみたいね……あらやだ、爪が荒れちゃったわ」


ミネルバは、やられた邪教騎士よりも自身の爪のほうを気にしていた。


そして、その姿がほぼほぼ消えかかった頃、難民たちの中から泣き叫ぶ子供の声が――――


「待ってよぉぉぉぉ! 置いてかないでよぉぉぉぉッ!」


涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにしながら、ぬいぐるみを抱いた少女は走り出した。


消えかかるミネルバへと駆け、そして――――こけた。


「あっ……」


何かを思い出したような、そんな声が聞こえた気がした。

だがその声の主の姿は、完全に消えてしまう。



皆が、この状況をいまいち理解できていない。

それはアルベルトも同じだったが、さすがに転んだ少女を放っておくわけにもいかなかった。


「えっと……キミ、大丈夫?」


歳は10歳にも満たないだろうか。

声をかけては見たものの、アルベルトもこの歳の子をどう扱うべきかまったくわからない。


そして、顔を泥まみれにし、少女は起き上がった。


「ミーちゃんそんなの持ってないのに……ぅ…うぅ、うわぁぁぁぁぁん」


本格的に泣き喚きだしたとこで、エルリットが地上に舞い戻る。

だがそこに先ほどまでの神々しさはなく、すごく気まずそうな顔をしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ