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059 邪神将。

「まったく、斬っても斬ってもキリがないな」


黒いモヤのようなものを、ひたすらリズは切り刻んでいた。


斬れば霧散してそのモヤは消え去るが、また際限なくクリストファの肉体から湧き出てくるのだ。

上手いこと手の平で踊らされているのでは? とリズは相手を注意深く観察する。


だが思いのほか、相手の表情に余裕はないようだった。


「本来斬れるものではないはずなんですがね……」


クリストファにとっても、あまり良い状況とは言えないようだ。


埒が明かないと判断し、リズは強く踏み込む。


「元を断つッ――!」


クリストファの体に、横薙ぎの斬撃が通る。


しかし、断末魔が響き渡ることはなかった。

真っ二つに裂かれた肉体は、二つの黒いモヤとなり融合する。


そしてまた人の姿を形成し、何事もなかったかのように砂埃を払った。


「やれやれ、ヒヤッとする攻撃ですね。ですが、私に物理的な攻撃は――


通用しない……と言いたかったのだろう。

だが、それは叶わない。


「思ったより浅いな……それで? 物理的な攻撃がなんだ?」


リズの斬撃は、クリストファの腹部を切り裂いていた。


「概念そのものに干渉している……? どうやら、私では相性が悪いようですね」


自身の腹部から流れる血を拭い、冷静に分析する。

余裕はなくとも、そこに焦りはなかった。


「まったく、こんな剣士がまだ公国いたとは……とんだ貧乏くじですよ」


苦笑いでそう言いながら、クリストファは他の状況の確認する。


個人的な戦況は思わしくないが、全体的には良好だった。

なぜなら、悪魔の数に圧倒されている冒険者がほとんどだからだ。


「そういうことならば、せいぜい時間を稼いで見せましょうか」


目の前の剣士を、可能な限り足止めするべきだと、クリストファは判断した。



◇   ◇   ◇   ◇



「有名なパーティって言っても、この程度なのかしら」


ミネルバの見えない鞭打が、アルベルトの鎧に鈍い音を響かせ続けていた。


浮遊している鞭の数は増え続け、すでに10を超えている。

それら全てが、まるで生きているかのようにしなり、見えない打撃を繰り出していた。


弓も魔法も弾かれ、近づけば見えない打撃がミネルバの周囲を覆う。

エターナルのメンバーの攻撃は、相手に届くことすらできていなかった。


そしてアルベルトは身動きがとれず、もはやただの的と化していた。


「ジリ貧だね……俺はいつだって盾役だけど、ここまで好き放題叩かれ続けるのは初めてだよ」


だがその目はまだ死んでいない。

アルベルトにとってその攻撃は動きこそ封じられているが、いつまでも耐え続けられる自信があったからだ。


しかし、攻撃はことごとく通じなかった。

周囲の状況を確認するが、悪魔に圧倒されている冒険者が多いため加勢も期待できない。


今はまだ、耐え続けるしかない状況だった。

後方の彼女が遠慮を捨て去るまでは……。


「……私が前へ出ます」


突如、ヒーラーであるシルフィが槍を携えて歩を進めた。


後方支援である回復役が前に出るなどもってのほかだ。

この時のアルベルトは、そう思っていた。


「危険だシルフィーユ! 後衛が自ら前へ出るなんて――――


自殺行為だ!

そう、口から出るところだった。



音もなく――――鞭打の隙間を、針を通すように線が通過する。



「……ッ!?」


ミネルバの頬は裂け、血が伝っていく。


そこにいる誰もが、驚きの表情を隠せないでいた。


今のが、槍による刺突なのか……?

そしてそれを放ったのが――


「思ったより、風通しが良いようですね」


普段の優しい顔ではない、鋭い目つきをしたシルフィだった。


ミネルバは頬の血を拭い、今この状況で一番警戒すべき者がこの少女であると悟る。


「虫も殺さないような顔して、なかなかえげつない攻撃するわね」


そこに動揺はない。

だが目つきは変わった。


「実は治癒魔法よりこちらのほうが得意なんです」


シルフィの言ったことは、虚勢ではなく本当だった。


司祭であり、聖女とも呼ばれてはいるが、治癒魔法は自身より上をいくものがいる。

それとて高い領域に達してはいるものの、本当に得意なものは自制してきた。

求められるものが、常に治癒や後方支援だったからだ。


「……そうみたいね」


ミネルバは後方に跳び、間合いをとる。


――あの槍は、自身の命に届きうる。

油断は身を滅ぼしかねないと……。


だが、そこに恐怖はなく、自然と笑みが零れるのだった。


「二度と人前に出られない顔にしてあげるわ」


そのミネルバの言葉と同時に、シルフィは背後にゾクリとしたものを感じた。


――直感に従い身を捻る。


風が……頬を凪いだ。

感覚としてはそれだけだった。


だがそれは熱を帯び、鮮血が輪郭をなぞる。


「あーそうそう、言い忘れてたわ。見えてるものだけを警戒してたら、痛い目みるわよ」


……どうやら、見えないのは鞭打だけでなく、鞭そのものも可能なようだ。

わざと見せられていた……ということなのだろう。


アルベルトがシルフィの前に立ち、盾を構える。


「俺が突っ込む、シルフィーユは好きに動いてくれ」


この状況に順応し、把握しきれないシルフィの動きはあえて制限しなかった。

それが現状、最も勝率が高いだろう……と。


しかし、シルフィは不安を口にしてしまう。


「えっと、前衛で誰かと連携するのは初めてなので……先に謝っておきますね」


「……えっ?」


アルベルトはすぐに後悔することとなる。


言葉通りの意味だ。

彼女が槍を扱うときは、今まで常にぼっちだった。


つまり、加減や配慮などまったく知らないのだ……。



◇   ◇   ◇   ◇



エルリットは邪教騎士と空中戦を繰り広げていたが、内心焦っていた。


飛行速度はほとんど変わらないものの、放つ閃光はことごとくその鎧に弾かれる。


今までは回避されることはあれども、その威力は絶対的なものだった。

それが漆黒の鎧を纏った騎士には、まるで通じていなかったのだ。


それに、高い位置から見渡せることで気づいてしまう。



戦況が――――絶望的だと



無数の悪魔の前に、一人……また一人と、冒険者は倒れていく。


頼みの綱である主戦力は、未だ邪神将たちと交戦中。

見事に足止めされているのだ。


(1本で足りないのなら……!)


アーちゃんの分体を2体作り出す。

そして、レイバレットを1点集中で放った。


「キュインッ」

と、変わらぬ甲高い金属音が響く。


「もうその音聞き飽きたよ……」


思わずため息が漏れ出る。


だが邪教騎士は相変わらずの無反応。

淡々と無骨な剣を構え、こちらに斬りかかってくる。


わざわざ紙一重で躱してやる必要もないので、大きく回避し距離を保つ。


こちらの攻撃は通じないが、相手の攻撃もこのままではまず当たることはないだろう。

せめて言葉が通じれば、この不毛な戦いに一時休戦を申し出るのに……。


しかしまだこちらも全力とは言えない。

もはや威力の問題ではないのかもしれないが、ダメ元で今出せる最高の一撃をお見舞いすることにした。


(この世界に頭痛薬があればいいのに……)


分体の数を2体から4体に増やし、脳内にて並列処理を開始する。

脳への負荷が増大し、痛みを伴い始めた。


そして狙いを定める。

こちらが指先を向けても、邪教騎士は回避行動を一切とらない。


(それはそれで……ちょっとムカツク)


反動が怖いが、最大出力にて一点集中のレイバレットを5本放った――――


「ギュインッ」

と、今までより少し鈍い金属音が鳴り響く。

だが意識は、一際派手に飛び散る火花へと向いてしまった。

通じてはいないものの、その威力がでかすぎたようだ。


その眩しさに、ほんの一瞬ではあったが邪教騎士の姿を見失う。



――――その刹那は、膠着状態だった戦いを終わらせるには十分だった。



気が付けば邪教騎士は目前に迫っており、腹部に鋭い痛みが走る。


何が起こったのか……と視線を下ろすと、無骨な剣が腹部に埋まっていた。


「――ッ!」


状況を理解した途端、貫かれた腹部は熱を帯び、自覚による激痛を伴う。


さらに邪教騎士は拳を振りかぶり、追い打ちをかけた――――


咄嗟に片手で頭部を守ろうとするが、腕ごと視界が反転……脳が揺れる。

意識は遠のき、重力に引かれるまま、ズルリと体は剣から滑り落ちていった。


(あっ、これマズ……)


もはや浮遊することもかなわず、垂直に地面へと落ちていく。

視界はぼやけ、意識がスッと抜け……



『依り代を持っておるようだな。しばしその肉体、使わせてもらうぞ』



――――懐かしい声が聞こえた。



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