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058 開戦。

国境を超えると、帝国側の国境門は喧騒に包まれていた。


状況が状況だけに、帝国を出たい者はやはり多いようだ。


なぜ通れないんだ、と声を荒げる者。

お願いだから通して、と懇願する者。


だが、基本的に国境は身元を証明する物がないと通れない。


その光景を見たシルフィは、外套を羽織りフードを被る。

まるでその姿を隠すように……。


僕の視線に気づくと、小声でそのワケを話した。


「今助けを求められても……私にはどうにもできませんから」


そう言ったシルフィさんの顔は、悲しみよりも悔しさを噛み締めてるように感じる。

手の届く範囲がどうにもできない、そんな歯がゆさをこらえながら、僕らは喧騒の中を抜けていった。




喧騒を抜けると、嫌でもこの馬車の数は視線を集めている。


だがそこに救いを求めているような視線はない。

敵意も何もない……感情のよくわからない視線だ。


なにやら異様というか、異質な何かを感じる。


「なんだか不気味ですね……」


それが帝国の人に対して、僕が感じた印象だった。

それに、そう感じたのは僕だけではなかったようだ。


「まったく視線を逸らさないのがよりそう感じさせるな……」


リズさんの言う通りだ。

馬車から馬車へ視線は動くものの、それ以外の物へはまったく動かない。


「なんだか少し怖くなってきますね……」


僕もシルフィさん同様、この異常ともいえる状況にやや恐怖感のようなものを感じる。


その視線は、街を出るまで続いた……。



◇   ◇   ◇   ◇



難民輸送ルートまでは3日ほどの予定だ。

当然ながら野営をすることになるのだが、帝国内の情報がほしいということで、数名が代表で近隣の村等に調査へと向かった。


だが、そこでも無感情の視線を浴びることとなる。

話しかけても返事はなく、得られたものは何もない。


本当にここはまだ魔帝国に侵略されていないのだろうか……。

そんな疑念を、誰もが抱き始めている。



そして、予定していた輸送ルートよりも早く、小国からの難民と思わしき集団と合流した。


「――母様ッ」


月華のツバキは、その集団へと駆け寄る。

今まであまり感情の起伏を見せなかった彼女の少女らしい姿がそこにはあった。


どうやら、合流は上手くいったようだ。

人数は、おそらく軽く200人は超えているだろう。

よくここまで無事に、それに予定よりも早く…………。


早すぎる……?

予定よりも早いというよりは、合流した地点が予想されてたよりもかなり近い。


この人数で……?



「いやはや、帝国の方々が協力してくださいましてね。おかげで予定より早く合流できました」


難民の中の一人、牧師のような格好をした男がそう言った。


(帝国が協力……ね)


帝国内に入ってから見かける人は、2パターンしかいなかった。


一つは、国境門で足止めされた、他人に協力するどころではない人。

もう一つは、感情のない視線をこちらへ向けるだけの不気味な人。


本当に協力者がいたのか……?

何か不自然だ。


いや、協力者自体はいるのだろう。

でなければここまで逃れてくることはできない。


だが彼は『帝国の方々』と言った。

これでは、帝国内の不特定多数の者が協力してくれたかのような言い方だ。


それにこの牧師の男、やけに身なりが綺麗な気が……。


不自然な者は他にもいた。


「あら、あなたが【鋼の王子様】のアルベルトかしら。噂通り、なかなかイケてるじゃない」


初めて聞かされたアルベルトの二つ名。

それを口にしたのは、師匠のような妙に胸元の開いた、魔法使いのようなローブを着ている女性。

香水らしき強い香りがするし、化粧までしっかりとしている。


師匠と同じような格好なのに、この女性のはすごく不快感があった。


そしてもう一人。

大きな外套を羽織っており顔が見えないし、誰が話しかけてもまるで反応しない。


おそらく、ツバキの母親たちは本当に保護対象なのだろう。

だがこの不自然な者たちは……。


「その呼び名は恥ずかしいので、できればやめていただけると……でも、その二つ名が東の小国まで知れ渡ってるなんてちょっと意外でした。よろしければ、どこの国の方か伺っても?」


そう言ったアルベルトは、初めは気恥ずかしそうにしていたがすぐに鋭い視線へと変わる。

それと同時に、他の者はその3人へ警戒心を向けた。


「……ほら、だからすぐバレるって言ったじゃない」


女性は動揺するどころか、呆れたようだった。


「いえいえ、これも想定内ですよ」


牧師の男は、むしろ笑みが零れている。


「やはり……邪教の者か? だが残念だったな。難民に紛れて公国に侵入するつもりだったのだろうが……」


そう言いながらアルベルトは盾を構え、戦闘態勢に入る。

だが、牧師の男は不思議そうな顔をしていた。


「……? いえ、すでに目的の大半は達成しましたよ。あなた方と相まみえるために紛れてただけですし」


初めから正体の露見がわかっていたかのようだ。

そして男の言葉はまだ続く。


「ですがまぁ……できるものなら、早く戻ったほうがいいかもしれませんよ? 今頃公国は大パニックでしょうし……できるものならね」


その言葉と同時に、上空に多数の気配が現れる。

それは以前、公国に突如として出現した悪魔たちだった。


だが、数が多すぎる……!


「ここなら転移がいらない分、数も多いようですね。上出来ですよ、ミンファさんには後でご褒美をあげませんとね」


やはり前回の悪魔の襲来は、彼ら邪教の仕業だったようだ。

ミンファという名は初めて聞くが……。


「さて、それでは我々も参りますよ。邪神将が一人、クリストファと申します。以後、お見知りおきを」


牧師の男はクリストファと名乗り、体から黒いモヤを放ち始める。

そして、女性もそれに続いた。


「邪神将が一人、ミネルバよ。私は鋼の王子様にお相手してもらいたいわぁ」


どこからともなく鞭を取り出し、エターナルの前へ立ち塞がる。


外套を羽織った者は何も名乗らない。

ただ、静かにこちらへと歩みを進めてくる。


「その者は……そうですね、邪教騎士とでも呼んであげてください」


クリストファは、物言わぬその者を騎士と呼んだ。


「相変わらずあいつ無口ねぇ。ほーら、お仕置きしてほしいやつはどこのどいつだい」


ミネルバはさらに鞭を二つ目……三つ目と取り出すと、それを宙に浮かせ――


「――伏せろッ!」


アルベルトの合図と同じくして、空間が弾け――

「パンッ!」

と置き去りされていた音が鳴り響く。


「あら、勘がいいこと」


ミネルバの鞭は眼で追えなかった。

少なくとも僕には……。


だがその攻撃は、戦い合図としては十分だった。


無数の悪魔が降下し始める。


「ここは任せろ。エルは上空の悪魔を!」


リズさんの声を聞き、僕は上空へと飛翔する。


やることは前回と同じだ。

ならばと思い、レイバレットを上空の悪魔に向けて放った。


――――が、その射線上に邪教騎士が飛翔する。


「キュインッ」

と甲高い金属音とともに、レイバレットは弾かれてしまった。

飛翔した勢いで騎士の羽織っていた外套は飛ばされ、その中身が露になる。


その中身は……漆黒の鎧で全身を覆われていた。


悪魔はこちらを無視して、地上の冒険者たちへと襲い掛かる。

だが邪教騎士は空中に浮遊したまま、こちらから視線を外さない。


どうやら……ロックオンされたようだ。



◇   ◇   ◇   ◇



「大変です! トランドムが、帝国からの攻撃を受けています!」


エルラド公の元へ緊急の報告が入る。


「やはり、帝国はすでに魔帝国の軍門に下っていたか」


確証はなかったが、確信めいた予想はしていた。

帝国の東部だけでなく、すでにその全土が魔帝国の支配下にあると。


所詮は最悪の事態という予測でしかなかったが、これでハッキリした。

表向きは帝国東側だけが新たな国になったように思われたが、残された西側もすでに魔帝国の手中だ。

あるいは傀儡か……?


ではその目的は何か。

わざわざ半分だけに留めたのは……。


「20年前を再現しているつもり……か?」


これは、おそらく帝国の意志ではない。

魔帝国に、このシナリオを描いた者がいるのだろう。


いや、ひょっとしたら20年前にはすでに……?


「そうなると狙いは……前回と同じでしょうかね?」


陰に控えていた老齢の男性がそう尋ねる。

その言葉に、エルラド公は頷いた。


「おそらくな……オルフェン王国へ伝達を急げ!」


「ハッ!」


兵は奔走する。

戦争が……また始まるのだ。

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