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056 新たな国。

「これはユア湖から見つかった邪神像……お二人が発見されたものですね」


シルフィさんが懐から取り出した邪神像は、たしかに以前見たものだった。

だが当時と違い、禍々しさをまるで感じない。


「すでに浄化済みですので、今はただの欠損した像になってます」


どうやら、重要参考物として残してあるだけのようだ。


「となると、昨日のは……?」


さすがに遺跡の奥から発見されたものは調査のしようもない気がするけど。


「昨日発見されたものは、現在浄化中です……人数と時間が必要になりますので」


なるほど、それで静かどころか人の気配もあまりないわけか。


「ユア湖のほうもすでに浄化は終わっています。ただ……一度生態系に異常が出ると、元の状態に戻るには年月が必要ですので……」


すぐに元通り、というわけにはいかないよね。

でも僕はいつか絶対にユア料理を食べに行くからな!


「ところで……お二人は邪神についてどこまでご存じですか?」


ここからが本題というところだろうか。


僕より先にリズさんが口を開く。


「帝国より東に、邪神を崇める邪教の国がある……と聞いたことがある程度だ」


邪教の国は厄介な相手なので、帝国の存在を抑止力にしてたんだよね。

邪神そのものは名前すら知らないよ。


「僕もそれ以上の知識はあまり……」


正直に話してるんだけど、なぜかちょっと緊張する。

おそらくこの場所がそうさせるのだろう。


僕らの言葉を聞いて、シルフィさんが邪神について語り始めた。


「そうですか……実は邪神に関しては教会でもはっきりとしてることはあまり多くないんです」


邪神の伝承は、地方によって異なるとのこと。


北の伝承には、邪神は創造神の分身であると伝えられている。

東の伝承によれば、邪神とは破滅と厄災をもたらす魔神であるとされ、今なおダリスという東の小国で崇められている。

南の伝承では、邪神こそが人を創ったと言われている。

西の伝承だと、人に失望した神が邪神になったとされる。


「神という目に見えない存在なので、地方によって好き放題言い伝えられてるような状態で……邪教の国以外では信仰してる者もほぼいないですし」


まぁ伝承ってそういうもんだよね。


でも今のところは、東にある邪教の国ダリス……魔神説が一番有力なのかな。

魔神というワードはこちらも何度か耳にしてるし……。


「そういえば、邪教ってどんな名前なんですか?」


創造神を崇めるのが、ここ、ナーサティヤ教ということだ。

なら、邪教にも名前があるのだろう。


「ダスラ教というそうです……でもあまりこの名は出さないようにしてください。邪教の者と勘違いされると大変ですよ」


ダスラ教か……当然だが、初めて耳にする。

邪教の伝承が有力なら、アンジェリカさんが取り込んだものは邪神でもある魔神ダスラの力ということになるのか……。



「……そうだ! 良かったらこれをどうぞ」


こちらがあれこれ思案していると、シルフィさんが女神像を差し出してきた。

これは首も繋がっており、ちゃんとした造形をしている。


「複製品ですが、個人的に私の祈りが込められてます。お近づきの印ということで……えへへ」


そんな照れながら言われましても、知り合ったばかりの人からもらうにはちょっと重い気が……。


でも断れる雰囲気でもなかったので、おそるおそるそれを手に取った。


これが本来の女神像か……なんとなくだが、どこぞの巨乳の創造神に似ている気がする。

もうそんなよくは覚えてないんだけどね。


「あ、ありがとうございます……」


一応お礼は忘れない。

でも個人的な祈りってなんだろうね、無病息災のご利益でもあればいいけど。


――――その時、突如力強く扉が開かれた。


「大変ですシルフィーユ様ッ! す、すぐに城へ向かわれてください!」


勢いよく部屋に入って来た神官の男は、ひどく慌てていた。


「何事です。私は今お客様と……


「帝国が……帝国が! 邪教の手に――――」


シルフィは毅然とした態度だったが、その言葉を待たずして男の口から伝えられた内容はあまりにも衝撃的であった。



◇   ◇   ◇   ◇



エルラド公謁見の間。

本来であればそこは公の場であり、身分を弁えた緊張を強いる場所だった。


だが、今この場においては、別の緊張が走っている。


「よく集まってくれたな、状況が状況だ、楽にしてくれていい……と言っても無駄か」


公国の重鎮はほとんどがこの場にはいない。


城の人間は玉座に座るエルラド公と、数名の役人だけ。

招集をかけられたのはギルド長のジギルに、商会の長ロンバル、あとは一部の冒険者たちだった。


シルフィを含めたエターナルの6人や、月華の4人。

あとは見覚えのない顔だが、貫禄ある面々ばかり。

はたして僕はこの場にいていいものだろうか……。


そして、招集された理由がエルラド公の口から語られる。


「さて、すでに聞き及んでいる者も多いと思うが……帝国が邪教の手に落ちた」


やはり……と場がざわつく。


「静粛に……正確には帝国の半分、東側だけだ。周囲の小国と帝国の東側が邪教の支配下になった」


その言葉に、月華の4人は狼狽える。


「で、では和国は……我らの国は……」


月華のメンバーは表情が強張る。

おそらく小国の中に彼らの出身国があったのだろう。


「和国……帝国の南東に位置する島国か。私の口からあまり楽観的なことは言えな――


「んっ――父様は晒し首、国から逃げ出してる者も多い」


エルラド公の言葉を遮ったのは、月華のリーダーであるおかっぱ頭の少女だった。

少女は目を閉じたまま額にお札を当て、まるで見てきたかのように淡々とそう告げる。


「晒し首……? ミカゲ様が……?」

「そんな……私の父と母は……?」


月華のメンバーのうち二人は膝から崩れ落ちる。

だがAランクのカムイは違った。


「……予想の範囲内といった顔ですな、ツバキ様」


「ん……多分、父様もこうなるのがわかってたから私を国から出した」


二人だけはこの事態に平静を保っている。

そしてツバキと呼ばれた少女は、エルラド公の前に相対した。


「ご挨拶が遅れました。和国皇帝、飛鳥馬御影が一子、飛鳥馬椿にございます」


まさかの大物に、先ほどとは違う理由で場がざわついた。


「なんと……和国の姫君であったか」


そう言ったエルラド公の顔には、まったく驚きの表情はない。


実は知ってたんじゃないの……。


「して、邪教の手にはすでに口までついてしまったのでしょうか」


父親が晒し首になった割には、ツバキはひどく落ち着いている。

いや、表情の変化が乏しいだけだろうか。


「あぁ、やつらはダスラ魔帝国を名乗っている……魔神ダスラ、を旗頭にな」


魔神の名を口にしたエルラド公の顔には、何かを諦めたような……そんな悲壮感が見えた。


魔神……つまり、それすなわち自分の実の娘である、アンジェリカさんのことで間違いないのだろう。


そして、それまで沈黙していたアルベルトが口を開いた。


「なるほど、新しい国が生まれたのはわかりました。だとしたら、俺たち冒険者はなぜ集められたのでしょう」


これは最もな疑問なのだ。

冒険者は基本的に国同士の諍いには干渉しない。

それに関わる依頼自体、ギルドが受け付けないのだ。


以前、指名依頼で夜会に参加したことはある。

だがあれも、あくまでたまたま冒険者が夜会に参加してて、たまたま居合わせたから問題に対処してくれたよね、的なグレーゾーンだ。


「いやなに、実は公国で発見された特殊個体の魔物が、帝国の領土に逃げ込んでしまってな。カトル帝国の許可もとってある、是非討伐に向かってくれないかと思ってな」


それはけっこう無理がある気が……。


「はぁ……そんな詭弁が通じるとでも? 一体何が目的なんですか」


アルベルトもため息混じりだった


「魔物の逃げ込んだ先に、たまたま小国や帝国からの難民輸送ルートがあるかもしれんが……まぁそれはホントたまたまだ」


おそらくそんな魔物はいないのだろう。

よければ難民を守ってくれたら嬉しいな、ということか。


ジギルもそれに乗るように補足する。


「うちに来た依頼は他国へ逃亡した亜種の討伐、魔物の種類や見た目は現在調査中だ」


悪い顔をしてるなぁ。


商会の長、ロンバルもそれに続いた。


「我が商会でも、たまたま帝国への輸出品がありまして……」


とんだ茶番ではあるが、何かあったときの責を冒険者に向けないためだろう。

どの道責められるべきは、エルラド公であることに変わりはない。


「……わかりました。エターナルはこの依頼をお受けします」


人の良いアルベルトは元々受けるつもりだったのだろう。

それに続いて他の冒険者たちも参加を決めるだった。


どうやらアルベルトは、冒険者の代表的な立ち位置にいるようだ。

人ができてて顔も良くて実力も高いとなれば人望があるんだね。


すると、アルベルトを見ていたツバキは、一言だけボソリとつぶやいた。


「…………ありがと」


それはほとんど者には聞こえていない、とても小さい感謝の言葉だった。


だがアルベルトは、何も言わずにツバキの方へそっと微笑みながら、自身の口元に人差し指を立てる。

それを見た少女の口角が、微かに上がった気がした。


これがイケメンの所業か……。

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