055 聖女シルフィーユ。
地下21階には、地獄のような光景が広がっていた。
川のように流れる溶岩と熱気。
それは呼吸すら辛くなるほどだ。
道らしき足場はあるものの、進むのは困難だった。
「これは……どんな魔物がいるのかぐらいは調べたかったが、厳しいね」
アルベルトの判断により、ここで退却することとなった。
まずは熱さ対策ができていないことには、どうにもならないだろう。
そして帰りは、来るときよりも進みが遅かった。
せっかくだからと、皆が魔物を狩り始めたからだ。
「フォースエレメンタル・ジャッジメント!」
プリンさんの派手な魔法が魔物を屠る。
4色の魔法の槍……4属性同時使用か。
同時に使用してるだけで合わさってはいないので、複合魔法とは呼べない。
なので威力もぼちぼちなのだが、それでも十分ハイレベルなオリジナル魔法だ。
(内面はアレだけど、才能だけなら実はすごい人なのでは……)
同パーティの男二人は完全な壁役。
二人が足止めし、プリンさんが魔法をぶっ放す。
シンプルだが効率的なのは納得できる。
(壁役かぁ……)
うちはリズさんと僕の攻撃特化パーティだ。
壁役や回復役がいると、もっとらしくなるんだろうけど……。
下手な壁はリズさんの邪魔になりかねないし、治癒魔法も回復薬で済む程度ならそれでいい。
でもその問題をクリアできる人がいるのなら……。
他のパーティの動きを見てると、どうしてもそういう考えが出てきてしまう。
「リズさんは、僕らが二人だけのパーティってことにどう思ってます?」
僕のちょっとした不安でしかないが……。
「そうだな……現状二人で問題はないと思うが、強いて言うなら……治療ができるものがいたほうが安心感はあると思うぞ」
そう真面目にリズさんは答えてくれた。
実際僕らは二人ともボロボロになったことあるしね。
でも回復薬以上のことができるヒーラーとなると……難しいな。
◇ ◇ ◇ ◇
あぁ……久々の外だ。
往復で2週間の探索の終わりを、眩い夕日が出迎えてくれた。
この分だと街に戻ればもう夜だ。
ギルドへの報告はアルベルトが代表で行い、戦利品の査定などは明日にしようということになり、街の入口で解散することとなった。
そして僕らも帰路についたのだが、なぜか家を通り過ぎてしまった。
不思議に思い、来た道を戻ると……
「そんなばなな……」
通り過ぎてしまった理由は、家の見た目が変わっていたからだ。
「これは改築……? いや、増築になるのか?」
違うよリズさん、そういう問題じゃないよ。
見慣れたはずの我が家は、隣の師匠の家と渡り廊下で繋がっていた。
庭をぶった切る形で繋がったそれは、2階がテラスになっているようだ。
そこではメイさんと師匠が優雅にお酒を飲んでいた。
そして、おそらくこれを作ったであろう者と目が合う。
「なんや、遅かったやないか。第3遺跡どないやった?」
えっ、そっちから聞いてくるんだ。
絶対こっちがこの現状を聞く側でしょ。
「そうだな、遺跡の話は晩酌の肴にちょうどいいだろう。私にも注いでくれ」
空いてた席へリズさんは座る。
どうやら、この状況に順応できてないのは僕だけらしい。
あきらめて僕も座る。
もう突っ込んだら負けなんだろうな……。
だが、メイさんの表情が曇る。
「……そこは家の変わり具合を先に突っ込んでくれんと、お姉さん悲しいわぁ」
えぇ……
発端は師匠だった。
隣とはいえ、家から家への移動にわざわざ外へ出るのは億劫だ。
それならいっそのこと繋いでしまおう……という理屈らしい。
そして、偶然にも師匠が良質な木材を最近入手したらしいのだ。
そこからは早かったそうだ。
家主留守にしてんだから、ちょっとは葛藤してほしかったよ。
結果、今までは正面から見て、僕らの家・庭・師匠の家だった。
だが師匠が商会に話をつけて土地を拡張。
庭・僕らの家・テラス・師匠の家になってしまった。
庭が増えたので、薪棚と倉庫はそちらに移動。
ここまで変わったら自宅だと気づかずに通り過ぎちゃうよ……。
「というか、偶然にも木材を入手って……どこから奪ってきたんですか」
偶然手に入るようなもんじゃないでしょ。
「失礼ね、農業区の知り合いにもらったのよ」
師匠と農業区に一体何の繋がりが……酒か?
おそらくだけど、なにかしらの理由で可哀想な人がいるんだろうな……。
「まぁ……悪い改築じゃないから、別にいいんですけどね」
僕はそう言ってお酒を一口飲む。
いつか飲んだ微妙なシャンパンの味がする。
まだどこかに在庫があったのか……。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日、第3遺跡での出来事に関してはすでにアルベルトが報告済みなので、査定のカウンターにゴーレムだった砂を提出する。
ミスリルを含んでいるそうなので、金貨数枚にはなるそうだ。
あとは帰りに狩った魔物の分も含めると、そこそこの収入になった。
金狼以外のパーティは、収入としては悪くなかったようだ。
そして僕らは、シルフィーユさんの案内で教会へと向かった。
「シルフィーユさんは参加しなくて良かったんですか?」
エターナルはメンバーは、ギルドで21階以降の対策会議を開いていたのだ。
だが、僕らを教会へと案内するシルフィーユさんを、誰一人として引き留めなかった。
「私は臨時でエターナルにお世話になってるだけですので、正式なメンバーではないんですよ」
そうだったのか……。
「へー……じゃあ普段は別のパーティに?」
「いえ、いろんなパーティを転々としてて……月華の4人とも組んだことありますよ」
そんな転々としててAランクにまで上がれるものなのか。
「教会での仕事もあるので、都合の合うパーティに入れてもらってるだけなんですけどね」
そう言ったシルフィーユさんの表情には、どことなく寂しさを感じた。
創造神ナーサティヤを崇める教会。
前をちょっと通りがかったぐらいはあるが、中に入るのは初めてだ。
「あっ、許可も取ってありますので、こちらへどうぞ」
だが僕らがシルフィーユさんに案内されたのは、教会よりも先にある大きな建造物……大聖堂だった。
ここは本来、教会関係者しか入ることを許されない。
まさに聖域と呼ばれる場所だ。
そこの一室に通されるが、シルフィーユさんは「少々お待ちください」と言って出て行ってしまった。
この部屋は礼拝を行うような広い空間ではないが、建物自体が静まり切っていて非常にいたたまれない気持ちだ。
なんだか面接前のような緊張感がある……。
物静かだが、こんな場所でも堂々としているリズさんを見習いたいものだ。
時間にして15分ぐらい待っただろうか。
静かに扉を開けて入ってきたのは、祭服を身にまとったシルフィーユさんだった。
「お待たせしてすいません、一応司祭という立場上、ここではこれを着てないといけないので……動きにくくてあまり好きではないんですけどね」
教会の役職にはくわしくない……でも司祭というとけっこうな身分なのではないだろうか。
さらにこの人はAランク冒険者なのだ、それってすごい大物なのでは……?。
「シルフィーユさ……様はすごい方だったんですね」
僕と大して歳も変わらない気がするのに……世界は広いな。
「さ、様なんてやめてください。今まで通り……いえ、シルフィでけっこうです」
大層な呼び方に赤面し、少女らしい顔になる。
その反応に僕とリズさんは顔を見合わせ、改めてシルフィのほうを向いた。
「じゃあ僕もエルで」
「私もリズで構わない」
そう言うと、シルフィの顔がパッと明るくなった。
「い、いいんですか? や、やった……これはもうお友達といって差し支えないのでは……ふふっ、やっと私にも友達が……」
なんだか悲しい独り言が聞こえた気がする。
友達と呼べるほど親しくはないはずだけど、今それを言うのはちょっと可哀想かな……?
「あっ……んん、それでは邪神像に関して話を始めましょうか」
一人ではしゃいでることに気がついたのか、照れながら咳払いをし真面目な表情に切り替える。
そして、懐から見覚えのある邪神像を取り出したのだった。