054 父の剣技。
真っ二つに割れたゴレームに近づいてみるが、やはり元に戻る様子はない。
それどころか、手で触れると岩がただの砂になってしまった。
「……どういうこと?」
斬ったリズさんに聞いてみるが、おそらく僕では理解できない答えが返ってくるのだろう。
「普通に斬っても元に戻るのなら、存在そのものを斬ればいい。ただそれだけだ」
やはり理解できないということが理解できました。
「……それではちと言葉足らずだな。良ければ、拙者が代わりに説明しよう」
根暗感のあったカムイが、活き活きとした眼で饒舌に語りだす。
「今の斬撃は、ただ単に斬ったのではない。存在そのものに、斬ったという事象を強制するのだ」
斬られたものに、斬られたという事象以外を許さない。
その斬撃に耐えることは許されず、存在そのものに干渉し、結果を強制する。
(理屈はわかるような、わからないような……)
Aランクのカムイでさえ、未だ辿り着けない境地。
剣を極めし者のみに許された秘剣らしい。
「曰く、その剣に斬れないものはない、神にさえ届きうる剣。剣神ヤマトのみが辿り着いた境地のはずだが……」
剣神ヤマト……たしか、師匠と同じSランク冒険者の一人だったかな?
「今の私ならと思ってな……父上に言わせてみれば、こんなものまだまだ序の口なのだろうが」
リズさんの口から出た、父上というワードで思い出す。
たしか両親が元々冒険者で……あぁ、なんとなくわかってしまった。
でも一応ね、念のため聞いておかないとね。
「……もしかしてリズさんのお父さん、ヤマトっていいません?」
「もしかしなくてもそうだが? ……そういえば言ってなかったか」
聞いてないよ……。
でもすごく納得がいくよ。
なるほど、どおりで……とこちらは納得していたが、カムイは戦慄する。
「弟子ならあるいはと思ったが、娘だと……? で、では母親の名前はまさかッ!?」
「母上の名はヴィクトリアだが?」
リズさんがそう答えると、カムイは「そうか……やはりあの二人が」と見えない空を見つめてつぶやいた。
ヴィクトリア……これも聞き覚えのある名前だ。
(……いやいや、さすがにそれはないよ)
僕の記憶が確かなら、それも同じSランクの――
「ヴィクトリア……ひょっとして、戦女神の……?」
話を聞いていたアルベルトの口から、回答が出てしまう。
「その二つ名で呼ぶと母上は怒るがな」
答え合わせも完了した。
壊し屋リズリース……その両親こそ、Sランク冒険者の剣神ヤマトと戦女神ヴィクトリア。
まさに戦闘のサラブレッドだ。
その上、本人が努力を惜しまない。
ホント……とんでもない人とパーティを組んでしまってたんだな……。
それに比べて僕は、孤児で魔法の才能も普通で。
少ない魔法と威力の高さだけで騙し騙し戦って……。
あぁ……なんだかリズさんが眩しいよ。
ゴーレムだった砂に視線を移す。
「存在に結果を強制……か」
もはや別次元の強さだ。
僕も置いて行かれないようにしないと……。
「エルと肩を並べるのなら、これぐらいはできないとな。上手くいったのは初めてだが」
そう言ってリズさんは微笑んだ。
どうやらリズさんの中では、僕の肩は随分高い位置にあったらしい。
過分な評価に手汗が止まらないよ……。
ずっと後方にいたプリンさんが、ゴーレムだった砂を少量つまむ。
「理屈は全然わかんなかったけど、ホントにもう元に戻らないんだ……」
最終的に砂になったのは、おそらく存在ごと斬られたことによってその役割を終えたから……らしい。
一応戦利品として、皆でこの砂を持ち帰ることにした。
第2遺跡でも、砂がけっこうな金額になったしね。
「……ん? ここは……」
気を失っていた金狼の面々が目を覚ます。
そして最後に、カマスがゆっくりと目を開いた。
「俺は……気を失っていたのか……」
リーダーの無事を、金狼のメンバーは涙ながらに喜ぶ。
だが、カマスの表情はどこか浮かない様子だった。
「そうか……戦いは終わったのか。俺が得られたものは名誉の負傷だけ……ふっ、まぁそれも良かろう」
これといってかっこいい部分はないが、どうしてもかっこつけたいらしい。
でもそんなカマスに、とても悲しい報告があるんです……。
「えっと、すみません……勝手に治療したらまずかったですか……?」
エターナルのメンバーである神官服を着た女の子が、少々気まずそうにそう言った。
実は気を失っている間に、治癒魔法で背中のキズを治療してしまったのだ。
よほどひどいものなら傷跡ぐらいは残ったのだが、今回は綺麗に治療できたようで……。
「……ま、まぁ何も失ったものがないのならそれで……」
顔がやや引きつっているが、カマスはまだぎりぎり平常心を保てている。
でもね……失われたものはあるんだ……。
あぁ……なんだかカマスが眩しいよ。物理的に。
◇ ◇ ◇ ◇
「よし、では奥に進んでみよう。ここから先はホントに何があるかわからないから、月華も先陣に加わってくれ」
砂の回収も各パーティ均等に終わり、治療と休息の後、この先の様子見をする旨をアルベルトから伝えられた。
というのも、この地下20階には遺跡の核らしきものがなかったからだ。
一人だけ別のものを必死に探してるのがいるけど……今更被っても意味ないだろうに。
代わりに見つかったものが、下へと続く洞窟。
まだ異空間が続くのなら先の対策のために様子見が必要だし、これで終わりなのだとしたら遺跡の核をもっと本格的に探さないといけなくなる。
「殿はキミたち二人に頼みたい」
僕とリズさんが最後尾を進むことになった。
随分信頼されてしまったようだ。
洞窟を奥に、下へと進んでいくと、先頭で何か発見あったようだ。
最後尾からはよくわからないが、特に指示がないあたり、何か危険があるわけではないのだろうが……。
ずっと待ってても仕方ないので、最後尾はリズさんに任せ先頭の確認をする。
「ずっと立ち止まって、何かあったんですか?」
どうやら、アルベルトと神官服の女の子が何か話しているようだった。
「あぁ、すまない。実はちょっとまずいものが見つかってね」
そう言ったアルベルトの手には、首のない女神像……邪神像が握られていた。
「邪神像……ですか」
以前ユア湖で見つけたものと同じだ。
でもこちらは、苔が生えたりとずいぶんな経年劣化を感じる。
「複製品を使ったイタズラかと思ったんだけどね、彼女に本物かどうか見てもらってたんだ」
複製品なら簡単に手に入るんだっけか。
でも、まずいもの……とアルベルトが言ったってことは……。
「本物です……最近教会でも目にする機会がありましたので、間違いないです」
神官服の子は、見た目の割に大人びた言葉遣いだ。
女の子と思うのは失礼なのかもしれない。
というか神官服着てるだけあって、やっぱり教会の人なんだな。
「彼女は教会でも役職ある身分なんだ、信用していいよ」
僕の彼女に対する視線を疑いの眼と勘違いしたのか、アルベルトが補足してきた。
見た目の割にすごい人なのか。
「役職だなんて……勝手に与えられただけの肩書です」
そう応えた彼女は、キリッとした表情をしている。
整った長いプラチナブロンドの髪が、一層彼女に貫禄を感じさせた。
「じゃあ、Aランク冒険者の聖女シルフィーユ。のほうがいいかな?」
アルベルトは、ちょっといたずら心を感じる笑顔で訂正する。
シルフィーユっていうのか……彼女がエターナルのもう一人のAランク冒険者だったんだね。
兼業なのかな? ちょっと意外だ。
「そ、それは……いつの間にか誰かがそう呼び始めてしまっただけです」
彼女の顔が赤面し、貫禄が消えた。
「とにかく! この邪神像は責任を持って教会で処理いたします」
そう言って、アルベルトの手から勢いよく像を奪い取った。
「でもユア湖の邪神像よりだいぶ年代物というか、古ぼけた感じがしますね」
僕の言葉を聞くと、シルフィーユさんの表情が真面目なものに変わる。
「ユア湖の……? そういえば、あれは二人組のパーティが発見したと聞きました……ローズクォーツのお二人でしたか」
たしか教会が感謝してたってジギルが言ってたな。
まさかこんなところで教会の人と話す機会ができるとは思ってなかったけど。
「……宜しければ、街へ戻ったら是非教会にいらしてください。ユア湖の件もありますし、発見者にはその後の調査結果を知る権利があります」
そういえば結局ユア料理食べられなかったんだよね。
教会で役職のあるシルフィーユさんからのお誘いなら、悪いようにはされないだろうし……。
「そうですね、その際はお願いします」
教会か……なんだかんだ初めて行くことになるが、どんなところなんだろうな。
「それじゃあ、話がまとまったところで先へ進もうか。といっても様子見するだけだけどね」
アルベルトは歩みを進め始める。
こうして僕たちは地下21階を目指し、洞窟を進んで行った。