053 相棒たるもの。
砕いても砕いても、ゴーレムは再生し続ける。
いや……正しくは、砕けた破片が砂煙となって元の形状に戻っていく。
「やはり、コアは見つからないか……」
アルベルトの顔にも疲れが見え始める。
コアの捜索をしていたCランクの者は比較的余力が残っていたが、ゴーレムの相手をし続けているエターナルと月華のメンバーは、確実に疲弊の表情が見えていた。
そんな最前列の元へ、僕は着地する。
「えっと、月華のリーダーさんから伝言を預かってきました」
少女から聞かされた話をそのまま話した。
コアは存在しておらず、探すだけ無駄であるとのこと。
倒したいのなら、塵すら残さずに消滅させる以外に手はない。
「そうなると……なかなかに厄介だね」
アルベルトは考え込む。
剣や斧などの武器では、どうしても破片が生じてしまう。
魔法なら可能かもしれないが、このサイズを……となると、よほど強力なものが必要になる。
「仕方ない、ここは一旦引いて――
そうアルベルトが言い出すや否や、カマス以外の金狼のメンバーが特攻していく。
「うおぉぉぉぉぉ! カマスさんのために一矢報いるぞぉぉぉッ!」
4人は無謀にも、ゴーレムに一斉攻撃を仕掛けた。
だが、一瞬で全員弾き飛ばされる。
わかりきった結果だ、無茶しやがって……と思ったのも束の間。
今までアルベルトに向いていたゴーレムの意識が、完全に4人に向いてしまう。
ゴーレムは上空に跳ね上がり、倒れた4人へ容赦なく追撃を仕掛け――
「させるかぁぁぁぁッ!」
全力疾走で不安定な頭部が駆ける。
カマスはその身を盾にゴーレムに背を向け、4人の前に立ち塞がった。
「ズンッ!」と鈍い音と共に、砂塵が舞う。
さらにカマスの首が飛び――――いや、ズラが飛んできた……。
「ぐッ……無事かよ、お前ら……」
ゴーレムの打撃を背に受け、金色の鎧もボロボロに破損したカマスが、自身のことよりも4人の心配をしていた。
しかしその思いとは裏腹に、守られた4人は涙目でカマスを責め立てる。
「か、カマスさん……何やってんだよ、俺らなんて放っておけばいいのに」
「そうだよ……カマスさんいつも言ってたじゃないか。剣士にとって背中のキズは、ズラがバレるのと同じぐらい恥ずかしいって……」
それだと最初からキズだらけみたいなものではないか。
だが仲間からそんな憎まれ口を聞いても、カマスはどこか満足気だ。
「ゴフッ……仲間守ってできたキズだ。誇ってやるさ……」
血反吐と共に出た言葉は、4人の涙腺を完全に瓦解させた。
これは……一体何を見せられているのだろう。
なんだか見てるこっちが恥ずかしくなってきた。
金狼の5人は感極まったのか、涙を流しながら抱き合っている。
もちろんゴーレムは、そんなことお構いなしに追撃を開始した。
「――まずいッ!」
アルベルトは金狼の元へ駆ける。
だがそれよりも早くゴーレムは腕を大きく振り上げ、先ほどよりも強力な一撃をカマス目掛けて振り下ろす。
このまま見捨てるのは後味が悪い。
かと言って助けるのも、彼らの感動を邪魔するみたいで……。
「――苦情は受け付けないからね!」
僕は渋々指先に魔力を集中し、閃光――――レイバレットを放った。
ゴーレムの右腕には風穴が開き、振り下ろした勢いで自壊する。
ついでに左腕、両足にも放ち、一時的にではあるが活動を停止させた。
そして肝心の金狼は……崩れたゴーレムの下敷きになってしまったようだ。
(……苦情は受け付けないからね)
アルベルトが、金狼の5人を瓦礫の中から引っ張り上げる。
どうやら、全員気を失っているだけのようだ。
カマスもそれほど重症ではない様子。
「これが閃光か……」
いつのまにか、月華のAランク剣士が隣に立っていた。
見た目は40歳前後ぐらいだろうか。
黒髪の長髪を後ろで結った、刀を持つ剣士。
侍を彷彿とさせ貫禄がある。
そして、こちらをチラッと一瞥してきた。
(いつのまに……まるで気配がなかったよ)
ついでに顔もちょっと怖い。
「えっと……?」
な、なぜ僕の隣に?
無言で知らない人の隣に立つのって気まずいんだよ。
「……カムイだ」
良かった、名乗ってくれた。
……でもそれ以上は何も語らない。
不愛想というより、すごい根暗感が……。
そうこうしているうちに砂煙が舞い、ゴーレムは再び元の姿に――――
「……なんか、ちょっと縮んだ?」
先ほどまでと同様の人型ではあるが、一回り小さくなった印象を受ける。
それを見たアルベルトには、一筋の光明が差した。
「なるほど、部分的であれ、失った質量自体は戻せないということか」
つまり、僕が風穴を開けた分小さくなったらしい。
そして皆の視線がこちらに集まる。
「よし、前衛はゴーレムの動きを止めることに集中! エルリットは……まだまだ撃てるよね?」
そりゃまぁ撃てるけど……一応、一撃必殺の魔法なのに……。
まさかこんなチマチマ削るために使うことになろうとは。
………………
…………
……
どれだけ撃ちこんだだろうか。
ゴーレムの姿は、すでに人よりやや大きい程度まで削った。
だが、そこで問題が生じ始める。
元々大きさの割に機敏だったゴーレムは、図体が小さくなるごとにその速度を増していった。
その速さに対応し前衛で役割を果たせているのは、すでにアルベルトとカムイの二人だけだ。
リズさんは、後方でCランクと負傷した者の防衛ラインを維持している。
そして、ゴーレムの行動パターンにも変化が訪れた。
レイバレットの直撃寸前に、自らの肉体を分離させたのだ。
ばらけて回避し、また瞬時に人型を成す。
こうなると、当てるのが難しくなってくる。
盾を持った面々も、数人がかりで盾役を担う。
だがあまり長持ちはせず、アルベルト以外はすぐに後退するはめになった。
遠距離攻撃手段があるものは、アルベルトの背後から攻撃に参加する。
だが、エルリットの放つ閃光には及ばず、決定力に欠けていた。
「動きの無駄がなくなりおったな……嫋やかな体捌きだ」
そう言ったカムイは未だ膝を突くことはないが、その顔には疲労が見え始めてきている。
そして、その剣技にゴーレムの回避行動が間に合い始めてきていた。
「力任せの攻撃じゃなくなってきたね……大局を見誤ったかな」
戦闘の盾役であるアルベルトは往なすことが難しくなり、防ぐので精いっぱいだった。
ゴレームの動きに技能が備わり始めたことで、またもや膠着状態に陥ってしまう。
(こいつ……戦いの中で成長している?)
凡そ魔物に使う言葉ではないのだけど……。
だが――――ここから戦況は一変する。
「エル、アレを倒す手立てはあるか?」
リズさんにそう問われた。
現状、魔力消費を抑えるためにアーちゃんの分体は使っていない。
無理をすれば4体までは出せる。
それならゴーレムを捉えるのも難しくはないだろう。
「一応は……」
そう答えたものの、確実というわけではない。
なので、最終手段として考えていた。
「ふむ……では私も、肩を並べなくてはな」
リズは姿勢を低く左半身に構え、右足に大きく重心を傾けた。
剣の握りは目線と同じ高さに、だが切っ先は低く……。
魔剣ブルートノワールが、循環速度を上げるリズの魔力に反応し、淡く発光する。
「――退けッ!」
リズは吠える。
アルベルトは瞬時に状況を察し、後衛の首根っこを掴んで飛び退く。
カムイも咄嗟に後方へ跳び退く、だが視線は逸らさない。
この一瞬を見逃せば後悔すると、勘が告げていたのだ。
――――刹那、リズの右足を中心に地面が大きく砕けた。
……速いと言えるほど、人の目に捉えられたものではない。
気が付けばリズは、ゴーレムのいた位置に立っていた。
遅れて、最初に地面が砕けた位置から一直線に大地が弾ける。
真っ二つになったゴーレムは完全に沈黙し、その姿が再び元に戻ることはなかった。