051 語らぬ色恋と語る色恋。
夜の見張りを終え、二人で寝床のテントへと入る。
横になると、リズさんとの距離が非常に近い。
だが場所が場所なので、もちろん節度と理性を守っている。
服装だっていつでも戦える状態だし、ここは安全な場所ではないんだ。
一定の危機感は保った上で、休める時に休まなければならない。
というか、リズさんからはすでに寝息が聞こえる。
変に意識していたのは僕だけだったようだ。
(……僕も早く寝よう)
目を閉じると、程よい疲れが意識を奪って――――いくはずだった。
……微かに、艶やかな嬌声が聞こえてくる。
遠くで誰かが行為に及んでいるのか……?
だがそれにしては布の擦れる音まで聞こえてくる。
この方向にあるのは、あの口数の少ない二人のテントのはず。
……そういう仲だったんですね。
翌朝テントから顔を出すと、お隣さんのテントからちょうど女性が出てきた。
こうしてみると、不愛想というよりはクールビューティという言葉が良く似合う女性だ。
青みがかった暗い髪色とストレートヘアーがなおさらそう感じさせた。
そして、昨晩の嬌声が脳裏に蘇る。
いかんいかん、煩悩を振り払わないと。
今日も今日とてやることがないので、魔導書を読みながら歩いていた。
道中の魔物は、やけに張り切っている金狼の方々が勝手に処理してくれるし、最後尾はエターナルの面々がいる。
なので、こちらはただただ歩くばかり。
すごく暇なんです。
おかげで5日目の夜、地下10階の終着点に着いた頃には一冊読み終わっていた。
まぁ……読み終わっただけで理解したわけではないけど。
そして、本日の野営の準備が終わると、11階以降の話し合いが始まった。
「ここから先は俺たちが先頭を進み、月華の4人に殿をお願いしたい」
アルベルトから、隊列の変更点が告げられる。
だが、カマスは食い下がった。
「我々金狼を見くびっているようだな。まだまだ先頭を任せてもらってもいいが?」
そう言う割には、カマス以外の金狼のメンバーには疲労感が目立つ。
それに、魔物の強さも段々上がってきている。
ここから先も効率良く進みたいなら、エターナルの6人が先頭を進むべきだろう。
「そうだなぁ……11階以降の魔物を、歩みを止めないように一撃で即仕留められるなら、それでもいいよ」
「……ッ!」
アルベルトの出した条件に、カマスは言葉を詰まらせる。
正直なところ、お世辞抜きでもカマスは決して弱くない。
それは、後ろで戦闘を見ていて素直に思ったことだ。
だがここから先はもっと高いレベルが求められるのだろう。
「……納得いただけたかな? 僕らとしても、ここで貴重な戦力を疲弊させるわけにはいかないんだ」
アルベルトの口から出た、貴重な戦力というワードにカマスの態度は一変する。
「なるほど……我々は切り札というわけか。であるならば、力を温存することもやぶさかではない」
あきらかに気を使われただけなのにカマスはご満悦の様子。
だがそれも、長くは続かなかった……。
………………
…………
……
地下11階以降は森ではなく、広い洞窟が続いていた。
高さもかなりのもので、軽く灯りを上に向けても天井が見えない。
第2遺跡の大広間を彷彿とさせるが、この洞窟は道として先に続いてる。
そして、ここからはエターナルの6名が先導する。
その戦いは、カマスの鼻っ柱を折るには十分なものだった。
斥候が先行して偵察、必要に応じて魔物をこちらへと誘導する。
誘導された魔物は、歩みを止めないアルベルトへと大振りの一撃を放つ。
それを軽く受け止め、あるいはいなし、魔物が無防備になったところで他のメンバーが確実に一撃で仕留める。
非常に慣れた連携だ。
これが第3遺跡の最前線にいるパーティの力、ということだろう。
「ほ、ほう……思ったより遠い存在ではない……か?」
これにはカマスも苦笑い。
実力差がありすぎて笑うしかないのだろう。
「無駄のない、洗練された動きだな。それに、個々の能力もかなりのものだ」
リズさんは素直に感心する。
だが、これだけの戦いができるパーティですら苦戦する魔物が、地下20階にいるのだ。
……いるんだよね?
いくら魔物が現れても歩くペース変わらないし、ホントに僕らは必要なのだろうか。
そんなことを考えるぐらいには、緊張感が緩んできていた。
金狼が先導していたときは、たまに危なっかしい場面もあった。
主にリーダーの頭部が原因だが。
それが今では、絶対的な強者が先導している。
ただでさえ暇だった道のりに安心感が加わり、それは無用な雑談を産むこととなった。
マジカルプリンセスの男二人は、雑談に花を咲かせ始めた。
だがその声は徐々に大きく強くなっていき、感情が籠っていく。
「いいや、お前はわかってない!」
「お前こそわかってねーよ!」
取っ組み合いの喧嘩が始まる。
それを見かねたのか、同じパーティの女性が仲裁に入ろうとするのだが……。
なぜかすぐに止めようとはしない。
それどころか、何か周囲の様子を窺ってるような気も……。
こういう時こそカマスが出しゃばってくれたらいいのだが、アルベルトのことを観察するのに夢中なようだ。
そのアルベルトが事態に気づきこちらへと向かってくると、タイミングを見計らったように女性の声が響き渡った。
「やめてッ! 私を争ってめぐらないで!」
…………場が静寂に支配される。
「……? あっ! まちが……私をめぐって争わないで!」
女性は言い間違えに気づき、再度セリフを言い直す。
だがもう皆気づいている。
これはただの茶番だと。
「えっと……マジカルプリンセスの、ゴルグとギードだよね? 喧嘩は良くないよ?」
女性のほうには関わるとめんどうだと思ったのか、アルベルトは喧嘩していた男二人のほうに声をかけた。
すると、男二人は気まずそうに女性の顔を窺う。
「実は二人ったら、私のことで争いだして……私が、私が悪いんですぅ」
女性はアルベルトに、涙目の上目遣いで訴える。
「たしかプリンさん……だったよね? 大声は無駄に魔物を寄せ付ける可能性があるから、気をつけてね」
アルベルトは苦笑いでそう言うと、先鋒へ戻って行った。
プリンと呼ばれた女性は、獲物を狙うような視線をアルベルトの背中へ向け舌打ちする。
「チッ、反応が薄い……この作戦も失敗か」
……も?
僕の知らない間に、すでに似たような茶番が行われてたの?
◇ ◇ ◇ ◇
翌日、順調に洞窟を進む中、気づけばプリンさんが僕の後ろを歩いていた。
このプリンさん、実は毎日ころころと髪型が変わる。
遺跡の前で初めて会ったときはストレートヘアー。
昨日はポニーテール、そして今日はツインテールだ。
一体何しにここへ来てるんだろう……。
「ねぇ、昨日の何でアルベルト様の反応薄かったか……わかる?」
プリンさんの声は僕のほうに向いてる気がする。
ひょっとして話しかけられてるのだろうか。
いや、でも関わりたくないし……というか、アルベルト様?
「ちょっと聞いてんの? あんたたしか、閃光のエルリット……だったかしら?」
あぁ……やっぱり僕だったか。
「えっと、プリンさん……でしたよね? そんなの僕に聞いてどうするんです?」
お仲間の二人に相談すりゃいいのに。
「たまには普段と違う意見がほしいのよ」
普段というのは、プリンさんの両隣にいるゴルグとギードの意見のことなのだろう。
ほら、僕なんかに相談するから二人ともシュンとしてるよ。
「なんとしてもアルベルト様を落としたいのよねぇ。何か良い案ない?」
穴でも掘ればいいんじゃないですかね。
「プリンさんにはお二人がいるじゃないですか」
ゴルグとギードの表情が一瞬だけ明るくなる。
「ダメよ、こんな田舎っぺ丸出し二人じゃ」
プリンさんの言葉で、また二人は凹んでしまった。
「私はね、絶対に良い男をゲットして成り上がるんだから。そう誓ったのよ……あれは10年前のことだったわ――――」
……えっ?
どうして急に身の上話が始まるの……?