048 輪廻の融合。
カトル帝国上層部の議会は、混乱の渦中にあった。
「帝国の貴族がエルラド公の夜会で悪魔に……?」
「国境沿いから悪魔の群れが飛び立った、という情報もあるようです」
「邪教派閥の仕業か? だがこれでは……」
「帝国の総意と見られれば支援打ち切りも止む得まい」
老齢の帝国貴族たちは、ある判断を迫られているのではないかと内心気付き始めていた。
――時を同じくして
帝国の東部に位置する邪神を祀る教会では、4つの影がある会合を行っていた。
「ミーちゃんのペット……全部死んじゃった」
ぬいぐるみを抱き抱えた少女は、涙目にそうつぶやく。
「星天の魔女が相手じゃ分が悪いでしょ、それより公女様のほうはどうなのさ」
そう言ってなだめた女性は、爪の手入れを入念に行っていた。
そしてその問いに応えるのは、黒い装束に身を包んだ牧師のような出で立ちの男。
「魔神様の完全な復活にはまだ時間がかかるようですね。ですが帝国の方は……そろそろ潮時でしょう」
その言葉を聞いて、漆黒の鎧を全身に纏った者は何も言わずに席を立った。
そして何も発さずに、その場を後にする。
それを皮切りに各々が思惑を巡らせ始めていった……
◇ ◇ ◇ ◇
悪魔襲来から、半月の月日が流れた。
その間、僕らは冒険者としての仕事ができないでいた。
Bランク冒険者パーティ【ローズクォーツ】。
閃光のエルリット、壊し屋リズリースの名はあまりにも広がりすぎていたのだ。
以前第2遺跡を踏破した際はパーティ勧誘が激しかったのだが、今では勧誘よりパーティへの加入希望者が多かった。
なので、ギルドに顔を出しにくい日が続いている。
どの道、ムロさんに頼んであるリズさんの剣はもうしばらくかかるとのことなので、冒険者稼業は休まざるを得ないのだ。
ということで僕は自宅の隣、師匠の家で読書中である。
師匠の家は、マジックバッグに家ごと入れてきてたのだとか……。
丁度良く土地もらってラッキー、と言って隣人になってしまった。
だが師匠の家には無数の魔導書がある。
なので、これ幸いと思い新しい魔法を会得しようと思ったが……
(どれもレイバレットほどの威力は無さそうなんだよな……)
便利そうな魔法はいくつかあるが、どれも魔力消費が無駄に多い。
平凡な魔力量の僕では限界があった。
なんとか大幅に増やす方法はないものだろうか。
そう思い、師匠に相談することにした。
「99.9%の確率で廃人になるけど、それでもやりたいの?」
刑事裁判の有罪率かよ……。
「なんでそんな危険なんですか……」
「魂によって魔力の許容量の限界はある程度決まってるからねぇ。地道な鍛錬なら安全だけど、10年で1割増えるかどうかってところかしら」
なんて気の遠くなる話だ。
いや、それもやるべきではあるのだけど。
「そもそも廃人になるって、どんな方法なんです?」
聞くだけならタダだからね。
「ま、知ったところでどうにかできるものじゃないから教えてもいいけど。魔力は、魂にそれぞれ見合った器のようなものがあるって話は……多分したよね?」
弟子に教えたこと忘れないでよ……。
「なら魂を増やせば、器も容量が増えるでしょ。っていう理論上では単純な方法なんだけどねぇ」
魂を増やす……スピリチュアルな内容だ。
「輪廻の融合……その魂に眠っている古い魂を呼び覚まし、融合することでその魂分の魔力の器が増えるんだけど……」
だけど……?
「ここでいう古い魂ってのは、前世と呼ばれてるものなの。それがもし魔物だったら、体は人間、心は合成獣の出来上がり」
なにそれ怖い。
「もし前世が人間だったら……?」
こう見えて前世も人間なんですよ。
あまり人に言っていい話ではないけど。
「同じ人間だったとしても、一つの精神を二つの魂が主導権を奪い合う。あるいは共存できたとしても、精神に負担がかかって……」
「廃人になる……というわけですか」
これだけ聞くと廃人率100%なのでは? と思えてくる。
でも前世の魂か……。
「……仮にですけど、もし前世の記憶がハッキリ残ってる人、つまりすでに融合済みの人とかはどうなるんです?」
「ぼんやり覚えてる、なんてのは稀にいるけどねぇ、ハッキリってのは私も見たことないね。仮にいたとしたら、古い魂の器を呼び起こすだけで、これといって負担もないんじゃない?」
ということはですよ。
輪廻の融合は、正に僕のためにあるような方法ではないか。
「でも、そんな魂の共存なんて神の作為的なものでもないとありえないと思うわよ」
そうだね、創造神様だね。
「なるほど、では……お願いします」
「……人の話聞いてた?」
礼儀正しくお願いしたのに呆れられた。
「ま、私は別に善人じゃないし? 命を粗末にするな、なんて薄ら寒いことは言わないけどさ」
それでこそ師匠ですよ。
「理由は言えないですけど、割と上手くいく自信はあるんですよ」
……これ理由言ってるようなもんじゃないか?
「そう……なんかあれば私が恨まれそうね」
リズさんはそんなことしないよ。
僕が自分で選んだことだからね。
外に出て、師匠が魔法陣を構築し始める。
「少しでもまずいと思ったら、足元の魔法陣を破壊しな。そうすりゃ、数年寝込むぐらいで済むだろうさ」
足元が光り始め、詠唱が始まる……
師匠が詠唱を使うってよほどのことだな。
「かの者に眠りし魂魄よ……解放と開放の呼び掛けに応え……その身を再び一つに――――」
長い詠唱が進むにつれて、体が温かいものに包まれるのを感じる。
体の中で、今まで休んでいた部位が熱を帯びるような……
今まで体を巡っていた魔力と何一つ変わらない、同じ性質のものの流れが増え始めた。
「……あっさり上手く言ったわね」
魔力が漲るのを感じる
どうやら終わったらしい。
「あんた、ひょっとして前世の記憶が……?」
そう問い詰められるのは予想済みだ。
上手くごまかしてみせようとも。
「えー? ちょ、ちょっと僕わかんないなぁ」
精一杯おどけて見せた。
……予想はしてたけど、対策は思いつかなかったんだもの。
「ふーん……まいっか」
え? いいの?
もっとしつこくくるとこじゃないの?
「凡人の器っぽいし、聞いてもおもしろくなさそうだわ」
凡人の器と言われ、自身の魔力量を感じ取ってみる。
以前の2倍近い魔力を感じる……。
そう、平凡と言われた魔力量が2倍に……。
(そりゃそうか……前世も凡人でしたし)
平凡な魔法使いが二人と考えると、なんとも虚しい気持ちになった。
◇ ◇ ◇ ◇
増えた魔力を試したい気持ちもあったが、剣が完成したと報せを受け、僕とリズさんは工房へやってきていた。
「どうよ、俺の最高傑作だぜ。その名も【魔剣ブルートノワール】だ」
ムロさんは晴れ晴れとした顔だったが、以前よりやつれているように見える。
よほど心血を注いでくれたのだろう。
鞘まですごく細かい細工が施されているのが素人目でも見て分かった。
しかし魔剣とはどういうことだろう。
「試してみてもいいか……?」
リズさんは早く剣を鞘から抜き放ちたいようだ。
「やるなら外でやってくれ、ここじゃ危険かもしれん」
そう言ってムロさんは工房の裏口を指差した。
元々は遺跡の核を取り込み、黒い人型になっていたものだ。
云わば魔神の魔力に漬け込んでた鉱石を、剣にしたようなもの。
これは期待できるのかもしれない。
工房の裏庭で、試し切り用の畳表に対しリズさんが剣に手をかける。
少し緊張しているようだ。
「親方の最高傑作……アタシもこの眼に焼き付けておかないとね」
と言ったカーラさんは、なぜかムロさんの後ろに隠れている。
「その剣は生きている。とんだじゃじゃ馬だぜ、認められなきゃ……命がない」
作った当人は物騒なことを言う。
……あれ?
いまいち状況がよくわかってないの僕だけ?
試し切りするだけじゃ――
「――参るッ!」
そう言ってリズさんは剣を抜いた。
鞘から解放された漆黒の剣は、禍々しい赤黒い魔力を放ち始める。
それはまるで、魔力が雄叫びをあげているような……
その光景に、ムロさんは慌て始めた。
「クソッ! 魔封石仕込みの鞘に押し込んでたせいで機嫌が悪ぃみたいだ。最悪ここら一帯吹き飛ぶぞ!」
――――は?
剣だよね? 剣を作ってたんだよね?
実験に失敗したマッドサイエンティストみたいなこと言わないでよ。
だが――そんな心配をよそに、リズも徐々に殺気を放ち始める。
その殺気に、ブルートノワールの魔力が反応し――――
「ふぅ……こんな剣、父上の持つ剣以来だ」
そう言ってリズさんは剣を鞘に納めてしまった。
「……? 試し切りは……?」
僕とムロさんは開いた口が塞がらない。
カーラさんはすでに工房内に逃亡済み。
「ん? もう斬ったが?」
リズさんは、何を言ってるんだ? といった顔だ。
しかし畳表を確認するが、どこにも切れ目は見当たらない。
いや……まさかね。
と思い畳表に触れると……上半分だけが地に落ちた。
僕はジッとムロさんを見る。
「いやぁ……き、機嫌悪そうに見えたんだけどなー……なんて」
人騒がせなおっさんめ。
「いや、実際かなり反抗的だった。だが、全力で握ったら大人しくなったな」
そう言ってリズさんは再び剣を抜いた。
だが先ほどのように魔力を放つことはないようだ。
光に当たると、真っ黒ではなく、やや赤みがあるように見える。
ただ、内に凶悪な魔力を押し込めて……。
それはまるで、狂暴な犬が飼い主には従順な姿勢を見せているような……そんな印象を抱いた。
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来週から、やや更新頻度が下がります。
申し訳ございません。