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047 愛ゆえに。

師匠は、早速と言わんばかりに商会の方へ向かってしまった。

この街に居を構えるつもりだろうか……。



「下手に説明するより、直接見てもらったほうが早いだろう」


そう言って僕らがエルラド公に連れて来られた場所には、一つの扉があった。


「ここは……アンジェリカの部屋の一つだ」


一つ、というと他にもあるのか……。

でも公女様の部屋……にしてはなんだろう、中を見る前からすでに違和感を感じる。


「俺はここで待っとくよ」


ジギルは少し手前で壁にもたれかかる。

ここに見たくないものがあるかのようだ。


「俺にも娘がいるからな……」


小さな声で、そう聞こえた。



エルラド公が扉に手をかけ、ゆっくりと開く。

するとお姫様のような、女の子の部屋が――



――あったらどれだけ心穏やかでいられただろうか。



そこには、まるでこの部屋だけ廃屋に繋がっているような光景が広がっていた。


全体的に煤けた壁。

カーテンやベッドの生地はズタズタに裂かれ。

壁は切り刻まれ、所々歪み。

窓は割れ、ガラス片だらけだった。


「これは一体……」


誰かに荒らされ……てもこんなひどくはならないだろう。

僕のいた孤児院ですらここまでではない。


エルラド公はゆっくりと口を開く。


「やったのは本人だよ。我が妃アメリア……アンジェリカの母が死去してからだ、こうなってしまったのは」


アジェリカさんのお母さんか……。


昨晩のことが脳裏に蘇る。


『お母さまさえいてくれたら、それで良かったのに』


『何度私から奪えば気が済むんだぁぁぁぁぁッ!』


最もアンジェリカさんの感情が表に出た言葉だった。


よほど母親のことが好きだったのか……何度、という部分が気にはなるが……。



エルラド公は、そっと壁に触れながら話を続けた。


「一時期は荒れに荒れ……この部屋には誰も近づかなくなった。情けない話だが、父親としてどうしていいかわからず、下手に刺激しない道を選んでしまったのが間違いだったのかもしれん」


感じていた違和感はそれか。

この部屋周辺だけ、まるで人の気配がなかったのだ。


「それに、荒れた後は何に対しても無気力だったのだが……いつだったか、オルフェン王国の共同演習より帰国してからまた明るくなったのだ。その時は、時が解決してくれた……と思っていたのだがな」


それがお姉さま、リズさんとの出会いだったのだろう。


「それからはこの部屋も使っていなかったようだし、近く修繕する予定だったのだが……」


関係の修繕は……おそらく難しいのだろうな。

やったことは国家反逆罪だ。


「アンジェの母上について聞いても?」


リズさんもやはりそこが気になっていたようだ。


「そうだな……アンジェリカの母、アメリアは元々帝国の貴族で――――」




――約20年前、エルラド公国建国後。

帝国へ支援を行うには、中立という立場だけでは理由として弱かった。

よって、帝国側から差し出されたのが、アメリア・イーガノート公爵令嬢……アンジェリカの母である。


生まれつき体が弱かった彼女は、言わば生贄として差し出されたのだ。

だが本人はそのことに不満などもっていなかった。


ロックエンド・ヴァ・エルラドという男は、それほどまでに魅力的な男であったのだ。


貴族としてはあまりに型破りな男で、箱入り娘が恋に落ちるのにさほど時間はかからなかった。


建国してまもない立場であり、多忙な時期が続いた。

会えない日が多いのも致し方ない。

だが、そんな中でも子を授かることができた。


寵愛を受けた証は、アンジェリカと名付けられ、大層可愛がられたそうな。


だが……それも長くは続かなかった。


アンジェリカが3歳を迎える頃、エルラド公は一人の側室を迎え入れる。

その女性の名はマリアーナ、白い髪が特徴的であった。


側室の一人や二人珍しい話ではない。

アメリアも最初はそう考えていた。


だがマリアーナとエルラド公は、正室であるはずのアメリアから見ても非常に仲睦まじく見えた。

それはまるで、お互いのことは何でも知り尽くしているかのような……。


アメリアは嫉妬に狂った。


その関係性は、私が欲しかったものだと。



なら――――奪ってしまえばいいのだ



アメリアはマリアーナの暗殺を目論んだ。


だが、温室育ちの彼女の計画はあまりにも杜撰だった。

実行前にマリアーナは姿をくらませ、アメリアは幽閉を余儀なくされる。


焦燥しきった彼女の生涯は、そこからそう長くはなかった……



◇   ◇   ◇   ◇



なんか……ドロドロしてるなぁ。

エルラド公の話を聞いて思った、正直な感想がそれだった。


これが前世の日本だったら、浮気したエルラド公が悪いじゃん。で、解決なのだが。

この世界の貴族が側室を迎えるのは珍しい話ではないだろうし……。


でも3歳の頃にそんな母親の姿を見せられたアンジェリカさんが父親を怨むのはわからんでもない。

それにしてはやったことの規模がでかすぎるけど……。


「その……側室はどうしても迎え入れないといけなかったんです?」


元凶って言い方は悪いけど、子に恵まれなかったのならともかく、そういうわけでもないのなら別に必要なかったんじゃ……。


「マリアーナは……その……俺の幼い頃からの幼馴染で、許嫁なんだ」


ちょっと気まずそうにエルラド公は答える。


あぁ……そこに割って入るような形で、アメリアさんが正室になってしまったのか。


「情勢が落ち着いてから、せめて側室という形で……と思ったのだがな。アメリアをそこまで刺激してしまうことになるとは」


政略結婚の正妃と、純愛の側妃。

……なんとも世知辛いな。


「それに、アンジェを巻き込んでしまったと……?」


そう問うたリズさんの声には、やや怒気が含まれていた。


「あまり相手をしてあげられなかったのは自覚している。だが責めるなら私だけで良かったはずだ」


立場上忙しくて、娘にあまり構えなかったというのは仕方ない気もする。

でもそんな状況で新しい女ができたら、そりゃ非行に走ってもおかしくはないけど……。


なんだろうな……アンジェリカさんの怒りは、父親に対しても当然あるんだろうけど。

それだけじゃない、何かもっと大きな絶望を知っているかのような……そんな眼をしていた気がする。


(あの眼にはどこか既視感があった……)


思い出そうにも、いまいちハッキリとしない。


「いや、出過ぎた真似だった……。それに、アンジェのしたことは到底許されることではない」


リズさんの表情も複雑そうだ。


「魔神化……遺跡の核が魔神の成れの果て、というのは一部の者だけが知ることだ。我が国でも推測の域を出ない情報ばかりだ」


つまり、アンジェリカさんに情報を提供した者がいる?

だとしたら、その者にそそのかされたということも……。


「それに、元々遺跡の文献は帝国に多く残っていると聞き及んでいる」


そして前日の、帝国の貴族に扮した上位悪魔。

さらに満を持して東の空から攻めてきた無数の悪魔。


何も繋がりがないとは思えない。


「あの国は今も内部争いが顕著だ。小国との小競り合いが突如収まったという噂もある」


何か、大きな変化が訪れようとしているのかもしれない。


「私は国を離れられない。だがもし、二人がアンジェリカとまた相対することがあれば……そのときは――――」


そこから先の言葉は、聞かなかったことにした。

どんな罪悪人であれ……死ねば悲しむ者がいるうちは、別の選択肢を選びたい。


「……そういえば、その側室の女性はその後どうなったんです? 幼馴染だったんですよね?」


暗殺が失敗に終わったのなら、未だご存命のはず。


「暗殺計画が露見した際、オルフェン王国の実家に匿ってもらっていたんだ……すでに私の子も身籠っていたしな」


オルフェン王国の人だったのか。

そういえばエルラド公も元々は王国の辺境伯だったな。


「だが……彼女は実家から姿を消したんだ。ある日突然な、原因も行先もわかっていない」


まるで神隠しのような事案だ。

身重の体で遠くへ行けるとは思えないが……。


……ていうか、行方不明の側室ってホントにいたのか。

そんな人の娘役を僕にやらせるなよ……。


「……まだ諦めきれてないあたり、存外女々しいのかもしれんな」


そう言ったエルラド公の顔は、以前より老け込んで見えた。


なんだか……すごく不憫な人だ。


なんとも重苦しい空気のまま、僕らは城を後にすることになった。





「エルは……アンジェを殺せるか?」


自宅への道中、リズさんからそんな質問をされる。


「可能な限り、そうしたくないです……甘いですかね?」


「……甘いな、だが理想は語るものだ。諦めるものではない」


リズさんは少しだけこちらを見て微笑んだ。



そして、二人して自宅前で立ち尽くすこととなった。


眼を疑った……。


隣に――――見覚えのある家が建っているではないか。


それは、僕が約5年ほど居候していた……絶対不可侵の森に存在しているはずの、師匠の家だった。

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