046 閃光と壊し屋。
起きたら隣に最愛の人が寝ている、そんな最高の朝を台無しにされたその日の午後。
思ったより早く城からの使者が来たので、そのまま登城することになった。
もちろん師匠も一緒だ。
城の内部では、貴族らしき者や役人たちが慌ただしくしている。
「どんな些細なことでもいい、今は帝国の情報を集めろ!」
「国境警備隊は何をしていたのだ!」
「転移魔法の可能性も考慮にいれて調査する必要があるのでは?」
「見てくれ、これ娘が焼いてくれたクッキーなんだ」
「被害状況の確認に都市外部も含めろ!」
一部暇そうなのが混じってるが、昨晩の一件の後処理は今も続いているようだ。
こういった事態の時に貴族ががんばる国は、きっと良い国だよね。
でもホントに登城して良かったのだろうか。
なんだかすごくお邪魔のような気が……。
そして僕らが通されたのは、謁見の間だ。
待っていたのは隻腕のエルラド公、心なしかあまり顔色が良くない。
かなり無理をしていそうだ。
それにお偉いさんが数名と、冒険者ギルドの長、ジギルが端にいた。
僕とリズさんだけが膝をつき、頭を下げようとすると……
「楽にしてくれていい、この国を救った英雄は堂々としててくれ」
そう言ったエルラド公に、反対する者はいないようだ。
そして師匠は、どこからともなく一人掛けのソファを取り出し、寛いでしまった。
これぐらい厚かましく生きられたらどれだけ楽だろうか。
だが誰も「不敬であるぞ!」なんて騒ぎ立てはしない。
きっとわかってるんだ、関わっちゃダメなタイプだって。
「さて、先日城に潜入した悪魔。そしてその後襲撃してきた多数の悪魔の討伐に多大な貢献をしたそなたたちに、何か褒美を出そうと思う」
エルラド公は毅然とした態度でそう述べた。
なるほど、それで謁見の間に通されたのか。
活躍した者を国が労わなければ沽券に関わるだろうし。
「何か欲しいものはあるか? 金か、あるいは叙爵も問題あるまい」
叙爵というと、爵位を授けるということか。
でも金にはいまのところ困ってないし、貴族になりたいわけでもないしなぁ。
「それって私も要求して良いのよねぇ?」
師匠が不敵な笑みでそう言うと、お偉いさん方に緊張が走る。
そしてそれはエルラド公も例外ではない。
「も、もちろんだとも……お手柔らかに頼む」
この場では立場がある以上、態度は変えない。
でも絶対過去になんかあったでしょ……。
「そうねぇ……」
師匠はチラッとこちらを見る。
「土地をちょっともらえるかしら」
この国の領土全てよこせ。
とか言い出さないよね?
「規模にもよるが……街一つ分あれば十分か?」
緊張が最高潮に達する。
胃が痛むのだろう。
お腹を抑えてる者もいるようだ。
「は? そんないらないわよ。都市内に家一軒分で十分」
「そうかやはり足りぬか、だがこれ以上は……えっ?」
エルラド公は一瞬素に戻ってしまった。
「たったそれだけ……いや、わかった。こちらから商会に話を通しておこう」
予想外だったのだろう。
安堵から気が抜けて、膝から崩れ落ちる者さえいた。
ホント過去に何したの師匠……。
「では、二人は何を望む。可能限り期待には応えよう」
さて、こちらはどうしたものか。
剣はムロさんに依頼済みだし。
隣のリズさんの様子も窺う。
同じ考えだったのか目が合った。
(……どうします?)
(どうしたものだろうな……)
目で会話するというのはこういうことか。
だが困った。
爵位も金品もお互いあまり興味ないのだ。
返答に困っていると、今まで沈黙していたギルド長のジギルから提案が出る。
「発言をお許しくださいエルラド公。今回のことは元々指名依頼から派生した事案です。であれば、都市の防衛もギルドを通した依頼という扱いにするのはどうでしょう」
んー?
要は指名依頼の報酬に上乗せってことかな?
まぁお金が一番無難ではあるんだけど……。
「ふむ、二人はたしかCランクの冒険者であったな。ならば冒険者としての報酬のほうが良いのかもしれぬ」
なんだかエルラド公が先ほどまでより饒舌になった気が……。
「手続きと審査はすぐにでも可能です」
まるで用意されたセリフのようにジギルもペラペラと……。
こっちはまったく話が見えないのに。
「二人もそういうことでよいか? 生憎、それほど報酬金は多くないが……」
なんだ、そんな大金じゃないのか。
じゃあ遠慮しなくていいのかな。
「じゃあ……それでお願いします」
こうして僕らはちょっとした臨時収入を――
「では閃光のエルリット、壊し屋リズリースの両名への都市防衛報酬は、ギルドを通すとしよう」
――ん?
せんこう……? こわしや……?
ジギルがニヤニヤしながら近づいてくる。
「審査の結果、お前らは今日からBランクの冒険者だ。おめでとう」
なんだかすごい茶番を見せられている気がする。
「っていうか閃光と壊し屋って……?」
そんなの名乗った覚えないよ。
「やっぱり知らなかったのか。あれだけ派手な戦い方したんだ、街中お前らの話題で持ち切りだぜ?」
誰かが勝手にそう呼び始めたってのか……。
ギルドを通すことでランク審査に関わるのはまだわかるよ。
ちょっとランクアップが早すぎるとは思うけど。
でも二つ名はちょっと……。
今後ギルドに顔出すのが億劫になるなぁ……。
「……僕よりギルド長のほうが閃光の名は似合うと思いますけど」
「――ぶふぉッ!」
エルラド公の側近らしき人が噴き出した。
そしてジギルの顔から笑顔が消える。
「……どこ見て言ってんだよ」
頭だよ?
でも僕のほうはまだいい。
リズさんのほうは……
「壊し屋……またその名で呼ばれてしまうのか」
複雑そうな表情だった。
……前も呼ばれてたんですか?
「報酬の件はこれでいいだろう。今後も何かあれば便宜を図るつもりだ……さて、我が娘アンジェリカのことだが……」
エルラド公の顔が暗いものに変わる。
「場所を変えよう、ついてきてくれ」
後ろに続き、城の廊下を進む。
たまに見かけるメイドさんがこちらをチラチラ見てくる。
どこかおかしなところでもあるのだろうか。
すると、先ほどとは違って砕けた態度で、エルラド公がこちらの疑問を解決する。
「あ、すまん。今朝帰国していった他国の者や、城のメイドたちはまだお前が第2公女だと思ったままだ」
なんですと?
……でもその表情はやや暗いままなので、なんともツッコミにくい。
「まぁ……それは追々なんとかするとして。腕の方は大丈夫なんですか?」
昨日の今日だ、痛まないはずがない。
「一応な。さすがに我が国最高の治癒師でも傷口を塞ぐので精一杯だったが」
袖をめくって見せられた右腕は、手首より手前までしか存在していなかった。
それを師匠はまじまじと眺める。
「お粗末な治癒魔法ね、切断された腕はまだ残ってるかしら?」
国最高の治癒師の処置がお粗末だそうです。
「義手製作の参考用に残ってはいますが……」
やはり師匠に対しては、謁見の間以外では敬語のようだ。
「純度の高い魔石があれば繋いであげるわ。酒樽10本で」
……うそでしょ?
「これは俺のへそくりというか、昔倒したアースドラゴンから獲れた魔石ですが……どうでしょう?」
エルラド公が持ってきたのは、人の頭ほどの大きさがある魔石だった。
……なんかサラッとドラゴン倒したとか言ってるよ。
師匠やリズさんの規格外っぷりに慣れてしまったけど、この人も十分化け物なんだよな……。
「十分ね、じゃあ始めるわ。まずは傷口が塞がったままじゃいけないから、もう1回切るわよ」
――えっ? と思ったときには、エルラド公の右腕が薄くスライスされていた。
「ぐぁッ……!」
ちょ、ちょっと……師匠?
ホントに大丈夫だよね?
めっちゃ痛そうだよ?
「あとはこの切断面と、切られた腕、そしてその間の足りない細胞を魔石で補填する。はい終わり」
あまりの早業に、手品でも見ているかのような気分だった。
「……本当に、繋がってる……」
繋げられた本人でさえ信じられないといった顔で右腕の指を動かす。
「接合面の傷跡を消すこともできるけど……どうする?」
師匠は、酒樽追加するか? みたいな顔で見ている。
「いえ……これは残しておいてもらってけっこうです。私が招いたことですから……」
そう言って傷跡を指でなぞるエルラド公の表情は、どこか寂しそうだった。
そして師匠からは舌打ちが聞こえた。
……わざと傷跡残したな。