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044 星天の魔女。

だいたいの悪魔は片付いただろうか。


もう魔力も残り少ない。

一先ず陸地に……。


都市の外壁に立つリズさんの姿が見えたので、そちらに着地する。


「アンジェリカさんの姿は……その様子だとないみたいですね」


悪魔襲来の直前に気配は消えていた。


転移の魔法陣などは見えなかったが……。


「あぁそうだな。それに今見つかっても、もうこちらが戦える状態じゃないな」


さすがのリズさんにも疲弊の顔が見える。

無理もない、あれだけの数の悪魔を素手で相手していたのだ。


一見一方的に屠っているようにも見えたが、すでにアンジェリカさん相手に全力を注いだ後なのだ。

こちらの魔力同様、ガス欠寸前だろう。



街中が賑やかになり始め、勝ち鬨が上がった。

どうやら戦いは終わったみたい――


「エルは……まだ戦えるか?」


こちらへそう問うたリズさんの視線は、東の空……黒い雨雲を見つめて……



――――雨雲はうねり、まるで生き物のように胎動している。



それが本当に雨雲であれば、どれだけ良かったであろうか。


「下位の悪魔はただの先兵だったようだな……あれが本隊ということか」


先ほどまでとは桁が違う。

数も……個々の持つ魔力量も。

雨雲と見間違うほどの漆黒の翼の群れは、絶望を知るには十分すぎた。



群れが都市上空まで辿り着くのに、そう時間はかからなかった。


どうやら、先ほどまで勝ち鬨を上げていた者たちも気づいたようだ。


その場でへたり込む者。

絶望を声にする者。

我先にと逃げ出す者。


僕はその場に座り込む。

規模が大きすぎて、返って緊張感が抜けてしまった。


「はぁ……ちょっと疲れましたね」


リズさんも肩の触れる位置にしゃがみ込む。


「さて、エルはどうする? 最後まで抗うか、あるいは生にしがみつくか……」


隣に寄り添い、選択を迫る。


「愚問ですね。リズさんの隣が……僕の居場所ですよ」


ちょっとキザだったかな?

でもまぁ最期ぐらい――――


一瞬だけ、唇に柔らかいものが触れる。


「……後悔しないためだ」


思えば、アレだけのことをしておいて、キスをするのは初めてのことだった。


ならば……僕も後悔しないために言葉で、今度こそストレートに伝えよう。


「リズさん……僕は、あなたのことが――


『この街はいつから誘蛾灯になったのかしら』


つい、聞き覚えのある声に、想いを告げようとした口が止まってしまった。


声の主は、夜空を優雅に浮遊していた。

真っ黒なローブ、やや紫がかった黒くて長い髪、無駄に開いた胸元、巨乳。


良く知っている……最強の魔法使いの姿だ。


「――師匠ッ!?」



◇   ◇   ◇   ◇



冒険者たちはつい先ほどまで高揚し、勝ち鬨を上げていた。


皆で協力し、悪魔を倒し、この街を守ったのだ。

依頼でなくとも、悪魔の死体だけでたんまり報酬が出るに違いない。


宴だ! 祭りだ!


だが上空が黒く染まると、その声は止み、先ほどまでの高揚感は失意のどん底へと突き落とされた。


今相手したばかりの悪魔、それよりもはるかに強い魔力を感じる。

そして数は100か200か……数え終わる頃には、この街も終わっているかもしれない。


中央都市エルヴィンは、まさにこの日、終わりを迎えようとしていたのだ。



――漆黒の空が、満天の星空に支配されるまでは……



悪魔より遥か上空に、巨大な魔法陣が突如として形成された。


光の粒子が降り注ぎ、瞬く間に大空に広がる。

それはまるで、眩い星空のように……


その光景に人々は眼を奪われた。

悲鳴や罵声が行き交っていた街中には、静寂が訪れる。


悪魔でさえ、その状況に理解が追いついていない。


だが、理解する必要もなかった。

すでに、死が約束されているのだから……



静まり返った世界に、指を弾く音が1度だけ鳴り響いた――――



星空のようだった光の粒子は、磁石のように一点へ集束し始める。

同時に悪魔も、同じ一点へ集束させていく。


それは大きな漆黒の塊を作り、行き場のない圧迫された悪魔の悲鳴が響き渡る。


塊は徐々に小さく……小さく……圧縮され、ついには悲鳴すら聞こえなくなった。



そこには黒い粒が1つだけ残り、一人の女性が空を浮遊し近づいていく。

そして、まるで蚊を潰すように両の手で「パンッ」と叩き潰す。


「これだから羽虫って嫌いなのよ。ちょっと性別詐欺メイド、拭くもの持ってない?」



◇   ◇   ◇   ◇



圧倒的だった……そしてあっけなかった。

わが師の魔法はあまりにも規格外すぎて、見る者すべてを困惑させる。


その証拠に、先ほどまで絶望に打ちひしがれていた者たちも、何が起こったのか理解できておらず。

悪魔が消えて喜ぶべきか、未だ悲観すべき状況なのか、どうしていいかわからない顔で固まっている。


「ていうか性別詐欺メイドて……」


いや、たしかに性別偽って夜会に参加してたし、メイドみたいな生活してた時期もあったけど。


「人の名前覚えるのって苦手なのよねぇ、えっとたしか…エラ……エリ…………エロチック?」


なぜルを飛ばしたし。

しかもなんとなくニュアンスは間違ってない気もするので、まったく違うとも言い難い。


「この方がエルの魔法の師……。先ほどの圧倒的な力、見事なものでした」


リズさんから声をかけられると、師匠はその顔をまじまじと眺めた。


「……誰かに似てるような気がする。誰だったかしら……」


相変わらずマイペースな人だ。

リズさんが困ってるじゃないか。


「あっ、そういえば師匠はどうしてこの街に? まさか弟子のピンチに駆けつけて……」


いや、それは絶対にないか。


「ふふっ、この街には私が監修した貴重なお酒があるの。今頃評判になってるんじゃないかと思って様子を見にきたのよ」


そんなことだろうと思ったよ。


「ていうかあんた、ちょっと見ない間に……」


今度は僕の顔をまじまじと見る。


男子三日会わざれば刮目して見よ!

あれから多少は成長したはず……


「……美人になった?」


…………そういえば化粧したままだった。


そして師匠はニヤッと笑う。


「それで? 二人は何でこんなところでチュッチュいちゃついてたのかしら」


見てたんかいッ!



恥ずかしいので、チュッチュしてたことはとりあえず置いといて、師匠にここまでの経緯を説明した。


第2遺跡を踏破し、核を手に入れたこと。

城に現れた上位の悪魔。

遺跡の核を奪い、その身に取り込んだ公女。

姿を消した公女と入れ替わりで現れた、数十体の下位の悪魔。

そして、東の空から現れた、数百体の中位以上と思われる悪魔の群れ。


「あれが悪魔ねぇ、まぁ良くできた紛い物ではあったけど」


紛い物……。

たしかに城に現れた悪魔と違って、あの群れは個性に欠ける感じが……いや、悪魔に個性求めるのもおかしい気はするけど。


「それに自分の娘一人御せないなんて、ロックもまだまだだねぇ」


師匠の口から出たロック……はて、一体誰のことなのか。


「膨大な魔力を追ってみれば、やはりあなたでしたか」


エルラド公が気まずそうに顔を出す。


娘、ロック……ロックエンド・ヴァ・エルラド、あぁそういうことか。

というか知り合いなんですね……師匠、一体何歳なんだろう。


「――痛ッ! えっ、なんで?」


まだ何も言ってないのに、師匠に頭をど突かれた。


「なんかイラッとした」


ひどない?



「相変わらずのようで。それにあの星空のような魔法も、さすがは星天の魔女……といったところですか」


エルラド公が敬語で話すあたり、ひょっとして師匠ってけっこうすごい……?

それに、星天の魔女……聞いたことあるような気も。


「どっかの王様に土下座させた……Sランク冒険者?」


たしか冒険者になったときにそんな話を聞いた気が……。


「人聞きの悪い話ね。向こうが勝手に泣いて懇願してきただけで、私が土下座させたわけじゃないわよ」


「一体何やったんですか師匠……」


傍若無人なエピソードはやはり師匠のものだった。


「師匠……? なるほど、彼女に師事してたわけか。道理で……」


エルラド公は納得がいった、という顔をしている。



「と、一応確認をしておかないと。あの悪魔の群れはどうなった? さすがに残骸ぐらいは残ってるだろう?」


はたして信じてもらえるだろうか。


師匠の手を拭き取ったハンカチを見せた。

そこには蚊でも潰したかのような、小さい血痕だけが残っている。


だがエルラド公には伝わらなかったようだ。


「……ん? 蚊でもいたのか?」


残念、師匠は羽虫って呼んでたよ。

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