表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/222

042 されど空の青さを憎む。

アンジェリカ・ヴァ・エルラドは、特別でなくてはならなかった。


恵まれた出生、恵まれた容姿、恵まれた才能、恵まれた環境。

それは約束されたものなのだ。



なぜなら――――神の祝福を受けているのだから。



比喩なのではなく、真に祝福を受けているのだ。


もう二度と、彼女から何も奪わせないために。



彼女は母に愛されていた。

……母にのみ愛されていた。


だが父の愛情は、正室であるはずの母に向くことはなく。

側室の女性へと向けられていた。


彼女の母は嫉妬に狂い、心を病み、やがてやつれ、永久の眠りについた。


彼女は母を奪われたのだ。

唯一彼女を愛してくれた存在を奪ったのだ。



あぁ――――この世界もまた私から奪っていくのか。



彩りを奪われた彼女は、己の無力さを知った。



――――またつまらない世界になってしまった。



彼女は自身が強者であることを知っていた。

故に、頂が見えてしまった。


もはや相手になる者がいない、これがおよそ人の辿り着ける限界なのだろうと。


彼女の求める強さはこんなものではない。


彼女は全てに抗える力が欲しかった。

――そして、その力を持つ者に出会った。


あの力は彼女の理想だ。

彼女の欲しい力そのものだ。


それは天啓に導かれたようだった……。



あの剣士のように、絶対的な力さえあれば――――



彼女は力に恋い焦がれた。


生半可な覚悟では手に入らないのだろう。

だがそれでも手に入れたかった。


たとえそれが、悪魔に魂を売ることになっても。


……もう、奪わせはしない。



――全てに絶望し、身を投げた過去の私はもういないのだ。



◇   ◇   ◇   ◇



「――ごめんあそばせ」


目の前の光景を誰が予測できただろうか。


公女の剣が、エルラド公の腕を切り離す。


それは宙を舞い、そして地に落ちるよりも早く、核だけが抜き取られる。


取ったのは公女。

目的を達したのか、大きく後方へ跳躍し姿を消す。


「――エルラド公!」


見覚えのある老齢の男性が、エルラド公に駆け寄る。


「ぐッ――問題ない。それよりアンジェを……まだ遠くへは行ってないはずだ」


斬られた腕を抑えている。

問題ないようには見えないが、たしかに今は核を……でも、そもそもなぜ公女様が?


「――ッ! エルは上空から探してくれ。発見したら何か合図を」


リズも信じられないものを見たという顔だったが、すぐに冷静さを取り戻し公女を追う。


ひとまずアンジェリカさんを見つけ出さないといけない。

探し出してそれから……捕らえる?

もし抵抗されたら……


撃たなければならないのだろうか。




夜の中央都市を上空からしらみつぶしに探していく。


まだ街が眠りにつくには早い時間だ。

今だ人の往来もある状況ではそう簡単に……


正直見つかってほしくなかった。

だが、一際美しく月明りに照らされる金の輝きが見えてしまった。


輝きは、都市を囲う外壁の上に立っていた。

早くしないと逃げてしまうぞ、と言わんばかりに……。


これには何か理由があるはずだ。

でなければ説明がつかない。


きっと大袈裟な反抗期なのだ。


そんな浅はかな期待を微かに抱きながら、声の届く距離まで近づいた。



「やはり、あなたが最初に来ましたか」


始めから気づいていたのだろう。

アンジェリカさんのほうから話しかけてきた。


そして、その手には第2遺跡の核……。


「……早く返さないと、冗談じゃ済まなくなりますよ」


なんて悠長な声かけだろう。

未だ現実味を帯びない出来事から、僕は逃避しているのだ。


「冗談……? そう、冗談……ふふっ、これから起こることを知っても、そんなことが言えるのかしら」


アンジェリカさんは不敵に笑みを零し、剣を抜いた。

今度は木剣ではない、本物の……


「そういえばあなたとの決着はまだでしたね、続きと参りましょうか」


あれは……決闘の最後に見た構えだ。


「ただし、今度は……命を賭けて――」


アンジェリカさんはその場から動かずに、ただ剣を振り――


僕は少しだけ身を逸らした。

躱したわけではない、何かを感じたわけでもない。

恐れでたじろいでしまっただけだ。


――頬を風がなでる。


ただそれだけで、皮膚を裂いていた。


血が頬を伝う……もし身を逸らしていなかったらどうなっていたことか。


「相変わらず勘がよろしいですこと。それなら――――」


今度は空気の刃が無数に飛んでくる。


ギリギリで躱してもこちらの皮を裂いてくる。

ならばと速度を上げ、旋回し避けていく。


決闘の時とは、まるで逆の立場だ。


なんとか反撃しなければならない。

だが殺傷能力の高い魔法を使うのは、やはり躊躇してしまう。


……その迷いが命取りであった。


「こう見えて私、魔法も得意でしてよ」


右手の剣から空気の刃を放つと、次は左手をこちらへ向け――――


「――ウィンドカッター」


無数の風の刃が放たれる。


「――ッ!」


空気の刃と違う速度で放たれたそれは、回避行動に不具合を生じさせた。

背中が熱い――ぬるりとした感触が服を伝う。


飛行速度が落ち、そしてアンジェリカさんがこちらより高く跳んで――――いや、これは……


「あなたのそれとは違いますが、飛べるのが自分の専売特許だと思わないことです」


こちらより高い位置へ飛翔し、急降下で迫ってくる。


躊躇すればやられる。

おあつらえ向きに、相手はこちらより高い位置にいるのだ。

今なら何かを巻き込む心配もない。

遠慮する必要はないではないか。



その夜――――中央都市を閃光の柱が眩い光で照らした。





勝敗は決したのかもしれない。


「まだ実力を隠してるとは思っていましたが……この威力は予想外ですわね」


未だ公女様は傷一つ負っていない。

レイバレットは紙一重で回避された。


いままで散々当てられなかったんだ。

今更驚くことではない。


「でも、残念でしたわね」


墜落した僕は、剣を突き付けられる。

どうやらここまでのようだ。



「……思ったより、近くにいたみたいですね」



僕がそう言うや否や、赤い流星が空間を凪いだ。


アンジェリカさんの体を地面ごと吹き飛ばす。


「――エルッ! 無事か?」


最強の護身が到着した。




吹き飛び、外壁に叩きつけられ、ガレキに埋もれたアンジェリカさんを確認……


「……殺してませんよね?」


僕は人を殺せるほど割り切れてはいないが、リズさんなら殺りかねない。


「アンジェがこの程度で死ぬものか、それより傷を見せろ」


強引に服をはぎ取られる。

決闘用の衣装のままだったとはいえ、一応こっちはまだ女装した状態なんで配慮してほしい。


偽パイのついた胸元を咄嗟に隠した自分がなんだか情けない。


「ん、大した切り傷ではないな」


正直切り傷より、地面に落ちたダメージのほうが大きい。

下に落ちながら上空へレイバレットを放ったので、反動で地面に背中から叩きつけられてしまったのだ。


またあちこち打撲だよ……。


だがこれ以上わかりやすい合図はなかっただろう。


「それで? どうしてこんなことをしているんだ? アンジェ」


リズさんの視線がガレキのほうへ移る。

それと同時に、ガレキは四方に飛散した。


「ホント、惚れ惚れする強さですわ……お姉さま」


折れた剣と共に、声の主が姿を現す。


「質問に答えろ、次は容赦せんぞ」


リズさんは剣をアンジェリカさんへ向ける。


さっきの手加減してたんだ……。


だが、相手は質問に答えるつもりはないようだ。


「ホントに……強く、美しく……私がお姉さまだったら……何も奪われずに…………」


アンジェリカさんは核を取り出し――――その手で砕いてしまった。


「おい! 何を――――


制止の声が届く様子はない。



細かく砕かれた核を口へ運び、さらに噛み砕きながら――――飲み込んでしまった。



常軌を逸した行動に、僕らはただ見ていることしかできなかった……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ