041 ごめんあそばせ。
多くの観客が、止まらぬ剣技を期待していた。
剣姫の流れるような斬撃の舞が見られるのだと……。
だがその期待は、すぐに裏切られる。
――――その剣はただの一振りで止まってしまっていた。
次の攻撃へ繋がるわけでもなく、横薙ぎの一閃にて静止したのだ。
寸止めか――――否、木剣はたしかに振り抜かれていた。
だがそこにエルリットの姿はない。
「……そうでなくては、面白くありませんものね」
そう言った剣姫の視線は、観客の目を上空へと導いた。
「浮いてる……?」
「飛行魔法……なのか?」
「一体いつ詠唱を?」
周囲がざわつく中、エルリットは相手を見下し眺めている。
先ほどまでと打って変わって、冷たく、鋭い眼をして……。
◇ ◇ ◇ ◇
……死ぬかと思った。
一瞬で間合いを詰められるんだもの。
つい反射的に上空に逃げてしまった。
本来なら飛行魔法はあまり見られていいものではないのだが。
「さすがは第2公女ということか」で片付いてしまうようだ。
そういうことなら、このまま戦っても大丈夫だろう。
そもそも地上で戦える気がしない。
そう思うと気が楽になり、そしてちょっとだけ怒りが込み上げてくる。
偽りとはいえ妹役を押し付けられ、余興にまで参加させられ……。
……姉妹なら、遠慮しなくていいんだろう?
地上にいる剣姫より強い人間を僕は知っている。
もっと怖い人間を知っている……。
今相手にしているのは、僕の知る最強の剣士ではない。
であれば、必要なのは恐怖ではない。
ただ淡々と獲物を狙い、仕留めるだけだ。
上空からの一方的な攻撃を開始する。
指先を向け、殺傷能力の低いスタンテーザーを放つ。
派手な音はしない、ただ空気を裂く音を置き去りにする。
だが――軽く木剣で弾かれてしまう。
「――ッ! ちょっと痺れますね……雷属性ですか」
そう言って、アンジェリカさんはちょっとだけ眉をしかめる。
けっこうな弾速のはずだが、簡単に弾かれてしまった。
それに思ったほどのスタン効果も得られなかった。
木材である木剣の電気抵抗が高いのが原因だと思うが……。
そういうことなら、直接当てるまでだ。
スタンテーザーを両手で連射する。
直接狙い、時には回避先を先読みし……
だがそれらは弾かれることはなく、すべて最小限の動きで回避される。
(ホント、人の域を超えた人が多くて嫌になるよ)
だがこちらは上空だ、向こうからの攻撃も――――
直後、背後にゾクリとするものを感じ、咄嗟に身を翻す。
「シッ――!」
剣姫の剣、その剣圧が鼻先を掠める。
(いつの間に空中に……でも地上と違って、回避はできないはず)
そう思いスタンテーザーを連射する。
だが剣姫は身を捻り、必要最低限の動きで回避。
あるいはいくつか木剣で弾かれる。
結果、一つも当てられず着地を許してしまった。
「痺れるんじゃないんですか?」
見た感じピンピンしてる。
「痺れたわ……ちょっとだけね」
この分では命中しても効果があるか怪しい。
剣姫は構えを変える。
おそらく今までのはまだ本気ではなかったのだろう。
……空気が張り詰める。
次また背後を取られれば回避できる保証はない。
出し惜しみすれば一瞬でやられる……。
覚悟を決め、こちらも人工精霊の分体を――――
「キャァァァァァァァァッ!」
緊張に割って入ったのは、建物内から聞こえる絹を裂くような女性の悲鳴だった。
悩んでいる暇はない。
このまま直接、文字通り飛んで向かう。
今の状況なら僕が一番早いはずだ。
窓から建物内に入ると、外の余興を見に来ていなかった少数の貴族がいた。
皆、恐怖に顔が引きつっている。
その視線の先では、男が女性に覆いかぶさり――
「人を、食べてる……?」
覆いかぶさっている男性貴族は、肌が赤黒かった。
女性の首にかぶりつき、生々しい肉の咀嚼音が恐怖感を煽る。
これは……あきらかに人ではない。
こちらの存在に気づいたのか、食べるのを中断する。
「お? お前の方が美味そうだな」
赤黒い者は、人の言葉を発している。
「――エルッ!」
遅れてリズさんとアンジェリカさんもこちらへやってきた。
「あれは上位の悪魔……その服装、帝国貴族に扮していたのね」
アンジェリカさんがそう言うや否や、悪魔は問答無用でこちらへ襲い掛かってくる。
だが、剣を抜いたリズさんが数歩前へ立ち塞がる。
「悪いな、二人の戦いを見てたぎってしまった。ここは私にやらせてくれ」
だが相手は上位の悪魔だ……それがどれほどのものかは知らないけど。
ここは万全を期して、3人同時のほうが――――
――だがそれは杞憂だった。
リズさんの気配が変わる。
直視しているはずなのに、なぜかその姿がブレる。
――だが眼は逸らさない……そして僕は見た。
全てが静止した世界で、右腕、左腕、右足、左足、正中線、と悪魔の体に線が走る。
「ふむ、やはりこれは良い剣だ」
リズさんが新しい剣、モントクリーガを眺めながらそうつぶやくと、時の流れが元に戻ったような感覚だった。
「……あ? なんだぁ?」
悪魔は自分の身に何が起こったのか、よくわかっていない。
「テメェ、何を――――
遅れて、その身は線をなぞるように崩壊していった。
「アンジェリカさ……いえ、アンジェお姉さま? あのお姉さまに勝てるビジョンが持てまして?」
自分で言っててちょっと気持ち悪い喋り方だ。
「まだまだ、遥か高みのようですね……」
そう言ったアンジェリカさんは、憧れの眼差しを向ける……しかしどこか悲しそうにも感じた。
これじゃあさきほどまでの僕らの決闘がただの遊戯だ。
悲しくもなるよ。
そして、哀れ上位悪魔。
その強さすらよくわからないまま切り刻まれてしまった。
「そっちは無事だったみたいだな」
エルラド公が手土産と言わんばかりに、何かの首を持って現れる。
「あらお父様、そちらにも悪魔が?」
「あぁ、てっきり第2遺跡の核を狙うかと思ってたら、浄水に使ってる第1遺跡の核を狙ってきやがったな」
つまり、こちらに現れた悪魔はただの陽動ということか。
注意を逸らして、本命は核だったわけだ。
「こいつが結界に阻まれてあたふたしてる姿は面白かったぞ」
エルラド公が持ってたのは悪魔の首だった。
そして、リズさんに刻まれた悪魔へと視線を移す。
「リズリースだったか、こちらはお前がやったのだろう。さすがだな」
「いえ、恐縮です」
新しい剣の試し切り感覚で刻まれてましたよ。
「しかし、こっちも帝国の人間に化けてたか。そして被害者もまた帝国の者か……」
首を半分ほど嚙みちぎられた女性の遺体を見て、エルラド公は思考を巡らせる。
こっちも、ということは核を狙った悪魔も帝国貴族に扮してたのか。
普通に考えたら帝国と悪魔の関係を結びつけるところだが、被害者もまた帝国の……となるとよくわからなくなってくる。
「それに今更あの核を狙うのも不自然な気は……いや、こちらがそう考えると見越した上で……か。だが結界の存在は知ってるはずだし……」
エルラド公は難しい顔で、ああでもないこうでもないとぶつぶつ言っている。
「お父様、いつまでもこんなところにいてよろしいんです? 結界に守られてる第1遺跡の核はともかく、第2遺跡の核の警備を強化するべきでは?」
と、アンジェリカさんがエルラド公に進言する。
たしかに、まだ解決したと判断するのは早いのかもしれない。
第3、第4の悪魔の魔の手が伸びるやも……
「んー? そっちは大丈夫だろ、なんせ俺が持ってるからな」
そう言ってエルラド公は、第2遺跡の核をポケットから取り出した。
なんて雑な管理なんだ……。
でもある意味、予想外で一番安心な場所でもある。
悪魔の首片手に、現れるような人だもの。
そんな人が肌身離さず持ってるほうが、狙う者からしたら難易度が上がる。
今思えば――視線も、意識も……この瞬間が最も核に集まり、それ以外への注意が疎かになっていた。
「――ごめんあそばせ」
――――金の髪が流れるように舞う。
取り出された核は、エルラド公の腕ごと体から切り離された。