040 偽り姉妹の決闘。
心地良い音楽が鳴り響く会場に入ると、予想以上に注目されてしまった。
他にもっと高そうなドレスや、装飾品で飾り付けた女性がたくさんいるにも拘わらず、視線はこちらに集まっている。
だがそれも長くは続かなかった。
背後に控えるリズさんから、味方のはずの僕までドン引きするような殺気が放たれていたのだ。
おかげで誰も近づかないので非常に楽ではある。
「それにしても、影武者がいるとはいえ、本人あんなとこでずっとサボってていいんですかねぇ」
会場にいるおそらく影武者であろうエルラド公を遠目に見ると、素敵な笑顔で対応をしている。
「たしかにな、護衛らしき者も一緒だったとはいえ、人目につかない場所にいては何かあっても発見が遅れる」
「……えっ? あぁ……うん、そうですね」
護衛らしき者……? そんな人いたの?
全然気づかなかったよ……。
さて、他国の重鎮とか言われても、知らない人ばかりだから誰が誰かまったくわからない。
たしかに変わった服装の人もいるが……そういう趣味かもしれないし。
賑やかな場所へは近寄り難い。
会場は広く、中庭も使用されている。
だが賑やかなエリアと、そうでもないエリアに概ね分かれているのだ。
なので、僕はできるだけ静かなエリアへ……。
そしてそこには数々のスイーツが並んでいた。
「エル……?」
スイーツエリアで立ち止まると、リズさんが視線で何かを訴える。
……違うんですよ。
これは貴族社会のデザート文化がいかほどのものか、動向を探らないといけないんです。
夜会ではワインを嗜んでいる者が多く、スイーツに手をつけている者はあまり多くない。
いわゆる貴婦人と思われる女性は、談笑してるか音楽に合わせて男性と踊っている。
スイーツに手をつけているのは、それに混ざれないおとなしめのご令嬢が多い。
なんだろう、この託児所感。
でも些細な問題だ、スイーツの前では。
しかし、どうやら人気があるのはフルーツたっぷり系のようだ。
それ以外はあまり手を付けられてない様子。
なのでここは一つ、シンプルなケーキを皿にとる。
そしてフォークで一口サイズに――――こ、この感触は……
層だ、クレープ生地が層になっている。
いてもたってもいられず、口へと運ぶ。
層の間からはバターの風味と一緒に、カスタードとホイップクリームが溢れ出す。
それは食感無き食感で舌を満たしていくのだ。
あぁ、主役は一人じゃないんだ……全てが一体となり、全てが個々を際立たせ――――
「……Delicious」
貴族スイーツ……なかなかやるじゃないか。
「つまり美味いってことだな? あまりだらしない顔をするな」
リズさんの言葉で現実へと引き戻される。
周囲を見ると、主に男性陣からの視線が怖かった。
そして、いままで見向きもされなかったシンプルなケーキは、ここから大好評となる。
他のご令嬢も吸い込まれるように、ミルクレープへと手を伸ばし始めたのだった。
………………
…………
……
会場入りしてから1時間程経過したが、これといって何が起こるわけでもなく、刻々と夜会の時間は過ぎていく。
本来ならずっとスイーツを吟味していたかったが……
(コルセットの締め付けがね……それを許してくれないんです)
これ以上食べては逆流しかねないので、まじめに会場を観察することにした。
「他国の重鎮って言われても、僕には全然わかんないですね」
会場を見回しても、『あの人、偉い人なんだろうな』ぐらいしかわからない。
そもそも自国の重鎮すらおぼつかないよ。
「私は何人か見知った顔がいたな」
たしかに、何人かリズさんを見て顔が青ざめていた。
オルフェン王国で近衛騎士だっただけあって、知ってる人がいたようだ。
「それに……あそこを見てみろ」
そう言ったリズさんの視線の先には、談笑している杖をついた老人と、その後ろに控えている若い従者がいた。
「あれが何か……?」
「あれは仕込み杖だな。本当の護衛対象はおそらく後ろの者だろう」
身分ごと入れ替えてるのか……夜会でそこまでする?
だがその理由があるとしたら他国の人間、ということか。
「他にも、あちらの貴婦人も侮れない」
普通の貴婦人にしか見えないが、護衛らしき従者がいないようだ。
しかし外で待たせている者も珍しくないので、これといっておかしいわけではないと思うが……。
「スカートの中に一人いるな。おそらく少年兵だろう」
ワォ……。
性癖拗らせなきゃいいけど。
そんな中、見たことのあるご令嬢がこちらへ向かって来る。
その令嬢は僕をスルーして後ろのリズさんのほうへ――
「お姉さま、よくお似合いです……」
恍惚とした表情で現れたのはアンジェリカさん……公女様だ。
涎……垂れてますよ。
「アンジェ、私は今仕事中でな。エルの従者役だ、気軽に話しかけるものではない」
とリズさんに窘められると、アンジェリカさんはこちらを睨みつけた。
「お姉さまが従者……? あなたとはいずれ決着をつけねばならないようですね」
始まってもいないのに!?
「これには理由があってですね……」
エルラド公からの指名依頼であることを、周囲には聞こえないように説明する。
もちろん女装であることは伏せておく。
下手すると殺されかねないので。
「そう、お父様が……心配しすぎな気もしますが」
説明には納得いただけたようだ。
「でも実際、物騒な人もいるわけですし」
仕込み杖とか少年兵とかね。
僕にとっては公女様が一番身の危険を感じるんですが。
「あの程度の者たちで我が公爵家をどうにかできるとでも?」
気づいているけど、わざわざ追い出さないということか。
自信の表れなのか力を象徴するためなのか……。
「それより、お姉さまが従者ということは、あなたにはそれなりの身分でも与えられて?」
……言っても怒られないかな?
「エルラド公の側室の子、ということで通せと言われてます。今日限りの偽りの身分ですよ?」
すると、アンジェリカさんの表情が凍り付いた。
「……つまり、私の妹ということになるのですね?」
たしかに、そういうことになるのか。
偽りの妹なんて怒って当然……
だが僕の考えとは裏腹に、アンジェリカさんは満面の笑みに変わる。
「思いのほか早く決着をつけられそうですね……そういうことでしたら、我が家の余興に参加してもらわねばなりません」
「……余興?」
ダンスでも踊ればいいのかな?
やったことないから自信ないよ。
「我が家は武力でもって、この地を制圧したのです。つまり求められるものは強さ……そしてそれを証明するため、度々余興として決闘を行っております」
嫌な予感がする。
「なので、私と決闘してもらいます」
◇ ◇ ◇ ◇
動きにくいドレスから、動きやすい決闘用の衣装へと着替えさせられる。
そして舞台は広い中庭へ……。
建物内にいた貴族まで表に出て観客と化し、広い円を作り囲んでいる。
だが円の広さはせいぜい直径50mぐらいだろうか。
「姉妹で決闘?」
「アンジェリカ様に妹が?」
「側室の子だそうだ」
「エルラド公は隠していたのか?」
「最近判明したとか?」
各々勝手に想像を巡らせているようだ。
「あの、一応体が弱いという設定がありましてですね」
「我がエルラド家にそんな脆弱な子がいると、誰が信じるのです」
アンジェリカさんはそう一蹴する。
言われてみればたしかに。
実の娘がこれだもんな、体弱い設定とか無理があるよ……エルラド公、謀ったな!
「私が勝ったら、お姉さまは私の従者としてお借りします」
余興とかいって、それが狙いだろう。
アンジェリカさんは木剣を持ち、せめてものハンデとして、遠めの開始位置についた。
はたしてこれがハンデとして意味があるのか。
だいたい魔法使いと剣士の決闘って、冗談にもほどがあると思うんですよ。
そう思い、助けを求めリズさんのほうを見ると……
「アンジェは速度重視で、舞うような剣技を得意としている。一度攻撃が始まったらなかなか止まらないから注意しておけ」
違う、そういうことじゃない。
助言がほしかったわけじゃないんだ。
できればこの状況から助けてほしかったよ。
そして、いつのまにかエルラド公までニヤニヤしながら見物していた。
(あれ絶対本物じゃん……)
おもしろがって影武者と交代したようだ。
さて、剣姫と呼ばれる方がどれほどのものかくわしくは知らないけど、リズさんの前であまり無様な姿を見せるわけにもいかない。
女装はしてるが、男を見せようじゃないか。
……でも最悪の場合は飛んで逃げよう。
木剣とは言っても、当たれば超痛いもんね。
うん、そうしよう。
「私が合図いたしましょう」
そう言ってリズさんが両者の間に立つ。
僕と違って楽しそうだ。
そして賑やかだった場は、徐々に静寂に支配され始め……
………………
…………
……
「――はじめッ!」