039 ドレスコード。
魔道具協会で相談にのってもらうために来たはずだが、なぜか頼んでもいないプレゼンが始まってしまった。
「一見普通の時計に見えるかもしれませんが、実は驚きの機能が搭載されています!」
「この新商品は画期的なガラスになっておりまして……」
「こちらは空飛ぶ箒でして、我が開発部の自信作で――――」
怒涛の勢いで捲し立ててくる。
たしかにどれも店舗に置いてない、珍しい魔道具ではあるが……。
一見普通の置時計は、設定した時間に音楽が鳴る。
ただし、音楽を途中で止めることはできない。
ついでに爆音……はた迷惑な代物だ。
画期的なガラス、マジカルミラーは、片側は鏡に見えるが、もう片側からは透けて見える。
要はマジックミラーだが……一個人でそれをどうしろと?
空飛ぶ箒はたしかに空を飛べる。
ただし、人の体重を支えられるだけの耐久性はない。
さらに真っすぐにしか飛べないので使用の際は要注意。
なんてことだ……。
以前七色に燃える松明というジョークアイテムがあったが、作ったのは間違いなくこいつらだ。
「こういうのじゃなくて、もっと魔法使い用の魔道具とかないんですかね?」
実戦向きというか、戦闘でも使える補助アイテム的な物のほうがいい。
「そういうことでしたら、この鋼の肉体ドーピング剤などいかがでしょう。貧弱な魔法使いでも、5分間だけ鋼の肉体を手に入れることができます」
ほう……鋼の肉体とな。
ドーピングでマッチョになるのはどうかと思うが、夢のようなお薬ではないか。
「鋼のように硬くなるのでしばらくその場から動けなくなってしまいますが……まぁ些細な問題ですよね」
「……いりません」
ただの石化アイテムじゃないか。
「もっとこう……例えば、魔力消費を抑えてくれるような魔道具とかないんですか?」
この分では期待できないけど、一応聞くだけ聞いておきたい。
「そういう魔道具もあることにはありますが、我々としてはロマンに欠けるというか……面白味が足りないのでオススメできかねますけど」
「いや、面白味とかいらないんでそれを見せてください」
すごく不満そうな顔をされる。
何が彼らをそこまでジョークアイテムへと駆り立てるのか。
「こちらが新発見された素材で最近完成したものです……はぁ」
渋々見せられた物は革製のブレスレット。
思ったよりシンプルな見た目だ。
特に問題があるようには見えないけど、実店舗には置かないのだろうか。
「実はこれ、ちょっとだけ魔力消費を抑える程度の微々たる効果なんです。ですが高い素材を使ってる分、価格設定で揉めてるんですよ」
「へー……ちなみにいくらなんです?」
微々たるものなら精々金貨1枚とかだろうか。
「……金貨10枚の予定です」
たしかにちょっと高いかな?
顧客層を冒険者として考えると高すぎる。
かといって貴族向けにするには地味ということか。
「ね? 高いでしょう? でももう量産しちゃってて……だから私は、発光する機能をつけるべきだと進言したんですがねぇ」
お祭りの屋台にそんな腕輪あったなぁ……。
「ちなみにそれ、金貨10枚で一つだけ譲ってもらうことってできます?」
割高だけど、ないよりマシだろう。
「それは構いませんけど、よろしいんですか? そのうち店舗に並ぶ際は、もっと安くなってるかもしれませんよ?」
その時は光ってそうだからノーサンキューです。
◇ ◇ ◇ ◇
夜会当日、ご丁寧に家まで迎えの馬車が来た。
事前の通達通り、正装の用意もしてあるようだ。
そして、着替えてから馬車で来いとのこと。
すでに任務は始まっているようだ。
一つは露出の少ないドレス、アールヌーヴォーというらしい。
もう一つは執事服……
「貴族を装ってという話だったけど、片方だけなんだ……」
まぁいいけどね。
執事服、ちょっと着てみたかったし。
だが、リズさんが執事服を持って自室へ向かってしまう。
「えっ……リズさん?」
「動きにくいドレスは剣士向きではないだろ?」
男性向けでもありませんよ?
「じゃあ僕がこっちを……?」
ドレスをよく観察する。
露出は少ないが、さすがに体型でバレるのでは。
やりとりを見ていたメイさんが口を開く。
「エル、心配せんでええ。おっぱい貸したる!」
おっぱいを……貸す?
………………
…………
……
着替えも終わり、馬車で城へ向かっている道中、リズさんがやや心配そうに声をかける。
「エル……その、大丈夫か?」
メイさんが貸してくれたのは、胸に貼りつける偽パイだ。
本物と同じ柔らかさを再現しているらしい。
本人の自作らしいが、一体何の目的で作ったのやら……。
ドレスのせいもあってか、これがまた圧迫感があってちょっと胸が苦しいんだ。
そして、一番の問題はコルセット。
絞めつけが……痛い。
「拷問っすね……」
さらに生まれて初めて化粧までさせられた。
これもメイさんがやってくれたが、顔にお絵描きされてる気分だった。
結ってた髪もほどいて、野暮ったいストレートに……邪魔なんだよなぁ。
一体何時間この状態でいなければならないのだろうか。
それに引き換えリズさんは、女性らしいラインを隠してるわけではないが、凛とした雰囲気で良く似合っている。
ポーチなら腰に付けても小さいので目立たない。
なので見た目ではわからないが、帯剣しているのと同じだ。
「リズさんは快適そうですね」
「あぁ、これならいつでも抜剣できるぞ」
なぜか臨戦態勢だ。
というか妙に乗り気な気が……。
城に着き、馬車を降りようとする際にも
「お嬢様、お手をどうぞ」
と執事になりきっている。
「はぁ……ここまで来たら腹を括るしかないですね」
と、ため息混じりにリズさんの手をとる。
「安心しろ、今のエルはどこからどう見てもお嬢様だ」
それはとても心を抉るエールです。
会場へ入る前に、別室へと案内された。
そこで待っていたのは……
「なかなか似合ってるな。体格も似てたし、どちらが着るのかと思っていたが」
エルラド公が足を組んで座っていた。
「……こんなとこにいていいんですか?」
「夜会には影武者を参加させてる、あいつのほうが客人のもてなしがうまいんだ」
ズルじゃん。
「ふむ……どこからどう見ても見目麗しい令嬢だ。その分だと注目されるだろうな」
それは困る。
声をかけられても適当にあしらえと事前に言われてはいる。
だが話した時点でボロが出る自信はあるんだ。
頼みのリズさんは執事役だからあまり出しゃばれないし……。
「仮の身分がいるかもな……よし、俺の側室の子ということにしよう」
なぜさらに注目が集まる設定を足すの?
「側室の子って……そんなのすぐにバレるんじゃないですか?」
バレたらこっちは詐称罪ですよ。
……国のトップが教唆犯だけど。
「そうだなぁ……実は十数年前に行方不明になった側室がいて、その子供……なんてどうだ? 体が弱くて普段はあまり表に出てこない、とか良いかもな」
もしそんな子が見つかったなら重大発表じゃん。
一介の冒険者にそんな業を背負わせないで。
「そう嫌そうな顔をするな。性別すら偽ってんだ、今更だろ?」
そうかも知れないけど……。
こうなったら身分を聞かれないように、貧弱キャラでいかないと。
「さて、本来ならこの時期の夜会に他国の重鎮が来るようなことはない。だが今回は向こうから是非にと言ってきた……何が目的かわかるな?」
エルラド公は、パッと切り替えて真面目な顔になる。
「……遺跡の核ですか」
「だろうな、奪取まで目論むバカはいないと思うが、あわよくばその恩恵に……あるいはその探りかもしれん」
遺跡を巡る争いは、戦争から政治という形で今も続いているということか。
「はぁ……おかげでかなり規模の大きい夜会になってしまった。パパもう疲れたよ」
誰がパパだ。
こっちはそんなところに女装して挑まないといけないんだぞ。
「国内の貴族はどうでもいいが、他国……とくに東のやつらの動向には気を付けてくれ」
動向と言われてもね……。
リズさんは何も言わずに、ずっと斜め後ろで控えている。
なりきり度合がすごい……。
この分だとアンジェリカさんへの直訴は期待できないな。
こうして物理的、心理的にも胃が痛くなる思いで会場へと足を運んだ。
◇ ◇ ◇ ◇
「本当に男なのか疑わしくなる擬態ぶりだったな」
二人が出て行ったあと、エルラド公がそうつぶやいた。
すると、影からスッと老齢の男性が現れる。
「たしかにそうですな。ですが私は、あなたがマリアーナ様の失踪を利用したことに驚きですよ」
男性はそっとハーブティーを淹れながらそう答える。
「……同じ髪色だ、真実味が増すだろ」
そう言ったエルラド公の顔は、どこか険しかった。
「割り切っている……という顔ではありませんね。辛いのならやめておけば良かったでしょうに」
男性もどこか物憂げな表情だ。
「後ろばかりも向いてられんさ、使えるものはなんでも使うだけだ」
エルラド公は、天井を見上げながら今亡き側妃の顔を思い浮かべた。
「やれやれ、何事もなく夜会が終わればよろしいですね。私も喫茶店の仕込みをしたいですし」
だが二人は確信していた。
今夜、この城で何かが起こると……。