034 薔薇の天麩羅。
長いようで短い硬直時間。
徐々に顔が紅潮していくリズさんに、僕はたまらず……
「お……おはようございます」
その瞬間、リズさんの顔が今まで見たことないものになった。
照れなのか狼狽えなのか、中途半端な表情ではあるが……初めてみる乙女な顔だ。
「こっ、これは……あれだッ! 違うんだ……すまん!」
目にも止まらぬ速さでサッと着替えたリズさんは部屋から飛び出して行ってしまった。
あぁ、やっちまったなぁ……
昨晩、酔いと疲れでちょっとふらついたリズさんを部屋まで連れていって、それから――――
(うん……割としっかり覚えてます)
部屋に連れていったらベッドに倒れ込んでしまって、僕も引っ張られるように倒れ、そのまま酒の勢いと雰囲気に流され……
あぁ、ダメだ。
思い出すとこっちも恥ずかしくなってくる。
気持ちを入れ替えようと、窓を開け朝日とそよ風を部屋に迎え入れる。
すると、部屋のドアがちょっとだけ開いた。
ドアの隙間からメイさんが少しだけ顔を出し、こちらの様子を伺ってくる。
ひょっとして……リズさんから何か言われでもしたのだろうか。
「そ、そのな……床とベッドも今度補強しといたるわ」
なぜ今そんな話を……。
「べ、別にウチはかまへんのやけどな、ちょっとその……ギシギシとな……聞こえてまうのもアレやしな……」
顔を赤くしながらすごい気を使われる。
というか下の階にまで聞こえてたのか……。
いっそのこと、うるさかったと言ってくれたほうがどれだけ気が楽だろうか。
「う、ウチからはそれだけや……華奢な割にはぼちぼち立派やと思うで」
メイさんの視線がやや下に移る。
……そういえばまだ何も着てなかった。
服を着て1階に下りる……リズさんと顔を合わせたら、まず何を話せばいいのだろうか。
……うん、頭がグラグラする。
まずはちょっと朝風呂でスッキリしたほうがいいだろう。
だが浴室に入ろうとすると、脱衣所で下着姿のリズさんと鉢合わせになった。
風呂上がりで血色の良い肌は、昨晩の情事を否応なしに意識させる。
……ちがうじゃん。
こういうのは僕のキャラじゃないよ。
そもそも今更下着姿なんて……今までも似たような格好で宿で寝泊まりすることもあったわけで。
いまさら恥ずかしがるようなことでも……。
「すぐに出る……あまりジロジロ見ないでくれ」
……僕の知ってるリズさんじゃない。
しおらしく下着姿を隠す姿は乙女そのものではないか。
「いえ……こちらこそすいません」
外に出て、そっと脱衣所のドアを閉めた。
そんな対応されたらこっちもどうしていいかわからないよ。
◇ ◇ ◇ ◇
「なんか家に居ると気まずいんですよ」
なんとなく、ムロさんの工房に来ていた。
チロルさんの所だとなんか買わされそうなので却下だ。
「いや、気軽に来てくれるのは別に良いけどさ……ここ相談所じゃないんだけど」
やれやれといった具合に仕方なく話を聞いてくれているのは、同じ孤児院育ちのカーラさん。
今日も工房に一人のようだ。
「今日もムロさんいないんですね」
「なんかまた城に呼ばれちまってさ、アタシもくわしくは知らないんだけどね」
城から何度も呼ばれるほどすごい人なのか。
割とこじんまりとした工房に見えるけど。
「んで、気まずくなる原因に心当たりあるのかい?」
「それは……」
もちろんバッチリある。
でもさすがに内容までは話せない。
「……あるって顔してるね」
僕って顔に出やすいんですかね。
「めんどくさいやつだね、男らしくない。気まずくなるぐらいなら開き直っちまいなよ」
ホント豪快な女性が多い。
「それとも何か悪いことでもしたのかい?」
悪い事したわけではないけど、男である以上責任的なものがあってですね。
……アレ? でも昨晩のことを思い出すと、どちらかというとリズさんのほうが積極的だった気が……。
「……悪いことはしてませんね」
「じゃあ別に良いじゃん」
たしかに!
なんなら、そういうことしても問題ない関係になってしまえばいいじゃないか!
「ありがとうカーラさん、なんかわかった気がするよ」
◇ ◇ ◇ ◇
夕暮れ時、家の前でリズさんが強張った表情で待っていた。
視線が絡み合う。
きっとあちらも緊張してるのだ。
僕は、サッと薔薇の花束を差し出し――
「これが僕の気持ちです……昨晩のこと、後悔してませんから!」
――夕焼けのコントラストが最高の演出を提供する。
(決まった……)
リズさんの表情が柔らかいものに変わる。
「あぁ良かった、エルも同じ気持ちだったのだな」
それはつまり……そういうことだよね?
メイさんが顔を手で覆いつつも、指の隙間から恥ずかしそうにこちらを見ていた。
どうやら庭に干した洗濯物を片付けている最中だったようだ。
(いたのかよ……)
だがリズさんは構わず続ける。
「なら私も昨晩のことは後悔しない! そもそも最初から後悔などしていない。これからもよろしく頼むぞ」
キリッとした表情で答え、そして最後に柔らかく微笑んだ。
うん……うん?
伝わってるようで伝わってない……?
メイさんを見ると、こちらも困惑していた。
「ところでこの花は? 食用か?」
……どうやら、リズさんにとって花束は意味のあるものではなかったようだ。
ちょっと遠回しすぎたのかな……?
でももう甘い言葉を吐けるような雰囲気でもなくなってしまった。
ドンマイ、といった具合に背中をポンポンしてくる小さいメイドの優しさが今は辛い。
せめて……おいしく調理してください。
◇ ◇ ◇ ◇
気まずさがなくなり、お互い開き直ってから数日が経過した。
朝、ギルドからの使いがやってくる。
どうやら鑑定やら査定が終わったらしい。
呼び出しに応じ、顔を出すことにした。
ギルドに着くと、妙に人が多く普段より賑わっている。
「お前らとはいつもこの部屋だな」
別室に案内され、待ち構えていたのはギルド長、ツルツルのジギルだ。
査定等の話を聞くためジギルの向かい側に座る。
隣にはリズさんが座るが、少し動くと肩が触れる距離……妙に近い。
「お前らなんか近く……いや、野暮だな。話を始めるぞ」
何か察したような感じがちょっとむかつく。
「まずはあの水晶だが、やはり魔封石で間違いなかった。ただ残骸だし、あくまで研究用という名目での買取だ」
まぁ割れてたしね。
「んで、ローブも年代物でこれも研究用。あと骨粉は前回の半分程度だし、2回目だからな……思ったほどの金額にはならなかった」
この口振りだと、前回ほど大きな金額にはならないのかな。
「仲介手数料と、あと両替希望だったろ? その手数料も引いた報酬がこれだ」
ドンッとテーブルに金貨袋が置かれる。
「金貨55枚……これが一先ずギルドからの報酬金になる」
けっこうな金額なのだろうが、前回はこれの4倍近く受け取ったのであまり感動がない。
「問題はこの黒い塊……正確にはアダマンタイトだ。こいつは扱いに困る、自分らで捌いてくれ」
持ってきた時と変わらぬ姿で戻って来た。
不気味だから一番手放したかったのに。
「アダマンタイトか……話でしか聞いたことないが、実在してたんだな」
リズさんが反応する。
そんなにすごいものなのだろうか。
「あぁ、鍛冶師からすりゃ喉から手が出るほどの素材だが……いかんせん高価すぎる。こっちも仲介で捌く以上、下手に安売りするわけにもいかんからな」
欲しい人はいるけど、高すぎて正規価格じゃ買えないよってことか。
「そして、遺跡の核は間違いなく本物だった。これはギルド経由じゃなく、直接国が買い取りたいらしい」
国が欲しがるほどの存在なのか……安く買い叩かれないよね?
「っと、この話を進める前にギルドカードよこしな」
一応確認的なものだろうか。
僕とリズさんはカードを差し出すが、そのカードが戻ってくることはなかった。
「これが新しいカードだ」
渡されたのは、銀製のギルドカード。
Cランクと書かれている。
「えっ……ランクアップには早すぎないですか?」
Cランクといえばベテラン冒険者の域だ。
気持ち的にはまだまだひよっこなんですが……。
「たしかに早すぎるとは思うが、それに見合うだけのことはしてんだぜ? 遺跡踏破なんてとくにな」
そうか……遺跡踏破者になるんだ。
ギルドが普段より賑やかなのも、それが関係してるのだろうか。
「さて、遺跡の核に関してだが……お前らこの後時間あるか?」
「時間はまぁ……別に問題ないですけど」
なんだろうね、という表情でリズさんと顔を見合わせる。
「よし、今から城に行くぞ」
そう言いながら、ジギルはニヤッと笑った。