033 やっちまったなぁ。
ギルドで報告を済ませ、1日振りの我が家へと帰ってきた……はずなのだが。
「なんということでしょう……」
何もなかったはずの庭に、薪棚と小さめの物置小屋が建っているではありませんか。
いや、たしかにいいとは言ったけども、いくらなんでも早すぎる気が……。
呆気に取られていると、小屋から元凶であろう人物が顔を出した。
「なんや、帰ってたんか。……ボーっと突っ立ってどないしたんや?」
あぁ……メイさん、やはりあなたでしたか。
「一瞬家を間違えたかと思いました……」
小さいとはいえ、小屋の作りはしっかりとしている。
「さすがドワーフといったところか」
リズさんは素直に感心している。
そして当の本人は……
「……? あぁ、これか? 1日じゃこれが限界やったわ、堪忍したってや」
そういうことじゃないんですけどね。
こういう時どういう顔したらいいの?
なんと言っていいかわからずに、ただ苦笑いすることしかできなかった。
「というか遺跡に行ってたんとちゃうの? 服装変わっとるやんか」
それにも色々とありましてね……。
その時、腹から空腹を知らせる音が鳴った。
「すいません、まず何か食事を用意してもらえると……」
ひとまず何があったのか、食後のティータイムで話すことにした。
すでにお昼を回っていたので、軽い食事と食後のペパーミントティーをいただく。
爽やかな香りと、スッキリした味わい。
そして消化を助ける効能は、つい先ほどまで満身創痍だった体に優しく浸み込んでいく。
「なるほどなぁ、ほな二人がその遺跡の踏破者ってことになるんか?」
……優雅なティータイムに、ちっこい関西弁ロリはなんとなく雰囲気に違和感がある。
淹れたのこの人なんだけどね……。
「まだ確定じゃないがな……」
そう答えたリズさんは、コクリコクリとひどく眠そうだ。
「リズさん、部屋で休んできてください。夕飯には起こしますから」
ひょっとして僕が気を失ってた間もずっと寝ずの番をしててくれたのか……。
「……すまない、そうしてくれると助かる」
そう言ってリズさんは2階へ上がって行った。
「なかなか大変やったんやなぁ……それにしても、遺跡踏破っちゅーことはけっこうな大金が入るん?」
「おそらくは……」
一部は前回と同じものなので、間違いなくけっこうな大金になるだろう。
「さよか、ほな祝勝会やな! リズが寝とる間に準備しよか」
メイさんは腕まくりして気合を入れる。
祝勝会か……まだ確定ではないけど、命懸けの戦いだったんだ……今日ぐらいハメを外しても罰は当たんないよね。
僕の体調は両肩が痛いぐらいで、割と問題ない。
リズさんの膝枕効果だろう。
せっかくだ、良いお酒も用意しよう
「じゃあ食材の調達と料理はメイさんに任せます。僕は美味い酒を用意してきます」
こうして、リズさんが寝てる間にささやかな祝勝会の準備を進めるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
良いお酒といえば、やはり農業区。
まずは以前ワインの試飲をした直売所へ向かう。
直売所は、基本的なワインからあまり見かけないラベルの物まで置いてある。
中にはそこそこ高い物まで置いてあるが、高級品の味がわかるかというと……
(前世でも飲んでたのは安酒ばかりだったからなぁ……)
そんな中で発見したは白ワイン……いや、シャンパンだろうか。
赤ワインが主流なので珍しい。
「1本金貨1枚……高くね?」
2本だけしか置いてないが売れてるのか?
わざわざ農業区でこんな高価な物を買う物好きがいるのだろうか。
そんなことを考えていると、従業員のほうから声をかけてきた。
「そちらは数が少ない銘柄で、通常の店舗には置いてないシャンパンになります」
これから売り出していくってことかな。
それにしては強気の価格設定だ。
「……良かったら、ちょっと試飲なさいますか?」
「えっ? 良いんですか?」
シャンパンは飲みやすい部類だし興味はある。
高い酒となればなおさらだ。
小さめのシャンパングラスにちょっとだけ注いでもらう。
香りは甘い果実の香りがする。
一口だけ口に含み舌で転がす……かなり炭酸が強く、香りとは裏腹に辛口のようだ。
さらに酸味が強く、味がとにかく濃い。
美味いかと言われたら、微妙としか言えない味わい。
アルコール度数はよくわからないが、泡ものはとにかく酔いやすいし、この世界ではまだ種類も少ない。
なので、買う人がいるのか? と疑問に思ってしまう。
「これ……売れてるんです?」
変わった趣味の高級志向な人が買っていくのだろうか。
「……いえ、実は……」
従業員曰く、通常の店舗に置いてないのではなく、実は評判が悪くて置かせてもらえない在庫処分品だそうな。
数が少ないのも元々大量生産しなかっただけで、高め設定なのはせめて原材料費だけでも……という話。
とある高名な方が『私の好きな味だから絶対売れる』と自信を持って製造法を押し付けてきた上に、恩もあるので無下にできなかったという……。
はた迷惑な人がいたものだ。
同情心がないといえば噓になるが、こういった変わり種も悪くないかと思い2本ともいただくことにした。
「ありがとうございます、本当にありがとうございます」
従業員の方にすごく感謝されてしまった。
あとは数本のワインと、ドワーフであるメイさん用に麦を使った蒸留酒も、一応買って帰ることにした。
◇ ◇ ◇ ◇
「これは……私が寝ている間に?」
祝勝会という名の豪華な食事に、リズさんも驚きを隠せない様子。
「腕に縒りをかけて作ったで、ウチも自信作やわ」
無い胸を張るメイド。
「お酒も色々用意してみました」
シンプルな肉料理から簡単に摘まめるものまで、色とりどりの料理。
そして普段より高いワインと謎のシャンパン、そして度数の高い蒸留酒までお酒も様々。
「誰かの誕生日だったか……?」
リズさん……こういう時は察しが悪いのね。
「まだ確定ってわけじゃないですけど、仮祝勝会ってことでハメを外そうかと……」
「そういうことか……そうだな、今日ぐらいはハメを外そう」
軽く微笑んだと思ったら、リズさんは謎のシャンパンをボトルごと一気に飲み干していく。
あぁ……金貨1枚が一瞬で……。
「お、火酒もあるやん、気が利いとるやんか」
そう言って、メイさんも蒸留酒をボトルごと飲み始める。
我が家の女性は豪快だね、僕はチビチビやっていこう……。
こうしてささやかな祝勝会ではあるが、豪華な食事とお酒に舌鼓を打つのだった。
祝勝会という名の晩餐が始まってから、3時間程が経過しただろうか。
残っているのは、お酒とメイさん特製のおつまみだけとなった。
「それにしてもエルの魔法はすごかったな……」
酔いがやや回っているのか、リズさんの顔が少々赤い。
「あれはまぁ……必死だったので」
返事をする僕も顔が暑い。
「あかんで……むぉ…………」
メイさんは蒸留酒のボトルを抱きしめながら眠っている。
ドワーフって酒に強いもんだと思ってたけど……そうでもないのか?
そっと抱き上げて部屋のベッドに寝かせておく。
見た目だけなら妹ができた気分だ……見た目だけならね。
リビングに戻ると、リズさんがテーブルの上を片付けていた。
が、膝からガクッと倒れそうになるので慌ててそれを支える。
「リズさんも、部屋に戻りましょう。肩貸しますよ」
ちょっと仮眠をとったぐらいじゃ疲れもとれていないのだろう。
痛む両肩に気合に入れながら、リズさんを支え部屋まで連れていく。
ささやかではあったが、祝勝会はこれでお開きとなった。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日、冒険の疲れか酒の影響か……少しだけ気が滅入る軽い頭痛と共に目が覚める。
そして、起きてすぐに違和感を感じた。
自分の部屋にしてはやや違いのある天井。
見た目は同じだが、違う香りのするベッド。
掛け布団をそっとめくる。
シーツには、やや暗く変色した少量の血の跡。
それに部分的にカピカピしてる箇所も……。
そして何も着ていない自分。
隣には、同じく一糸まとわぬ姿の赤い髪の女性……リズさんが横になっている。
「んっ……」
艶めかしい声と共に瞼が開き、こちらと目が合う。
焦点の合っていないその瞳は、徐々に状況を把握し始め……
……静かな硬直の時間が訪れた。