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031 死ぬ気で無理しな。

目を覚ますと、そこは病室だった。


ふかふかのベッドと枕、窓から入る心地よい風。

そして、こちらが起きたことに気が付き声をかけてくる看護師さん。


「綾部さん、やっとお目覚めですか?」


綾部……あぁ、俺のことか。

その名前で呼ばれるのも、なんだかすごく懐かしく感じる。


「すいません、どうにも長い夢を見ていたみたいで」


「あら、どんな夢を見られてたんです?」


「そらもう、剣と魔法のファンタジー世界で空を飛んだりしてですね……」


本当に長い夢だった……?


「空をですか……ふふっ、夢と間違えてうっかり窓から飛び出さないでくださいね」


声は笑っているが、顔にモヤがかかってるみたいでまったく表情がわからない。



それにしてもまた入院か、ちょうど真上に落ちて来たんだっけか?

退院直後に自殺に巻き込まれるなんて運がないな。


「そういえば、あの人はどうなったんです?」


あの時落ちてきた人は、たしか女性だったと思う。

色々事情はあるのだろうが、生きててくれたほうが気持ち的に楽だ。


「……あの人?」


「ほら、俺の真上にちょうど落ちて来た人ですよ」


すると、看護師さんがゆっくりとこちらを振り返り――――


「それってひょっとして……こんな顔の人でしたぁ?」



◇   ◇   ◇   ◇



「――くぁwせdrftgyふじこlpッ!」


振り返った看護師さんの顔がリッチだった……超怖ぇ。


「急に大声を出すな! ビックリするだろ」


目の前に怒ったリズさんの顔が、そして後頭部には太腿の感触……軽鎧で良かった。

どうやら膝枕されてたようだ。


「ひょっとして僕、寝てました?」


急に視界が暗くなった辺りまでの記憶しかない。


「寝てって……急に倒れるから心配したぞ」


心配かけてしまったようだ。

リッチが何か魔法でも使ったんだろうか。


「……そういえば、リッチはどうなりました?」


「リッチ……? 確かに手強かったし、リッチかもしれないな。それならあそこだ」


見た先にあったのはバラバラに砕け散ったリッチ……。

煙となって消えてないのなら、分体ではなく本体なのだろう。


「一人で倒しちゃったんですね」


なんだか自分が情けない。

さらに膝枕まで……申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


起き上がり、壁を背に座る。

リズさんも隣に座り、何があったのかを話し始める。


「けっこう苦戦したぞ? いくら斬ってもまるで手応えがなかったからな」


「……斬っても手応えがないものをどうやって倒したんです?」


気合だ、とリズさんなら言いかねないが、一応聞いておきたい。


「ヤツが水晶を庇いながら戦ってることに気づいたんでな、それを斬ったらああなった」


真っ二つに斬られた黒い水晶が転がっていた。


あれが本体だったってことかな。

なんともあっけない。



「さて、遺跡の核らしきものはまだ見つかってないからな。探すとしよう」


リズさんは立ち上がり、手を差し伸べてくる。


「ホント……頼りになる前衛で――



――――一瞬の出来事だった。



こちらから差し出した手は、交わされることなく砂煙だけが舞う。



何が起こったのかすぐには理解できなかった。


リズさんの体は横へ吹き飛び、代わりに現れたのは人型の黒い何か。


人型は、こちらが状況を飲み込むより速く蹴りを放つ。

容赦なく顔面を狙った蹴りは壁にめり込むが、そこに人の姿はない。


僕はかろうじて飛翔し、回避していた。


「なんだよお前はッ!」


指先を向けレイバレットを放つ。


だが人型は、来るのがわかっていたかのようにそれを躱わし――――


「――――ガッ!」


気が付けば、背後を取られていた。

空中にいるこちらの腕を背後から掴み、背中を足で……


「まずッ――」


ゴキッ、と骨振動で音が伝わり、両肩に激痛が走る。


「がぁぁぁぁぁッ!」


そのまま床へと叩きつけられ意識が飛びそうになるが、なおも人型は追い打ちを止める気はなく、こちらへと近づいてきた。

そして首へと手を伸ばし――


「ライトニングッ!」


僕は咄嗟に電撃を体へ纏わせた。

首へ触れかけた手が液体のように弾け飛ぶ。


人型はサッと後ろに跳び退き、こちらとの距離をとった。


(魔法は効いてる……でも)


両肩の激痛は治まることもなく、両腕はだらりと下がってまるで力が入らない。


「雷よ、矢と成り敵を穿て、ライトニングアロー!」


レイバレットに比べさほど速いわけではない3本の雷の矢は、あっさりと回避される。


だが向こうも攻めあぐねている。

こちらに触れれば、また同じ魔法を食らうことを理解しているのだろう。


だが、この拮抗状態はいともあっさり崩される。


(あっ……これはまずい)


人型は周囲に落ちている瓦礫を拾い上げた。

触れるのが危険なら……ということだろう。


そして人型はこちらを目掛けて投擲した。



チッ――、と刹那の斬撃が瓦礫を塵へと変える。



「――リズさん!」


「すまん、油断した」


リズさんが僕と人型の間に割って入る。

頼もしい前衛が戻ってきた……が、その姿は額から血を流し、左腕は手甲から肩部分までボロボロになっており、あきらかに力が入っていない。


「その、腕の方は……」


「左は間違いなく折れてるな、使い物にならん」


リズさんがたった一撃で……。


それは黒い人型の攻撃力の高さを物語っていた。


「……ッ! そっちもひどい状態のようだな」


リズさんがこちらを見て顔をしかめた気がした。


両肩と全身の痛みで視界が時折霞む。

……そんなひどい状態なのだろうか。


「ここからは私が相手だ!」


そう言ってリズさんは人型と共に姿を消し――――否、残像だけを残し、金属音と風を切る音が響き渡る。

空間は弾け、残響だけを残すその戦いは大広間全体へと広がり、時には火花が散り、時には瓦礫を吹き飛ばす。



拮抗してるように思えたが、黒い人型が吹き飛び瓦礫に埋もれたあたりで、周囲に一時的な静けさを取り戻させた。


「……やったんですか?」


僕を守るように戻ってきたリズさんに問いかけるが……。


「いや、硬い上に妙に弾力がある……万全だったとしても斬るのは難しいな」


そう言って片手だけで剣を構えるリズさんは、先ほどよりもボロボロだった。



「あいつには魔法は効きます。でもあの速さでは……」


せめてこの両腕が使えたら……。


「……わかった、なんとかヤツの動きを抑えてみよう」


黒い人型は瓦礫を吹き飛ばし、再度こちらへ向かってくる。

まるでダメージはないようだ。


死の気配が近づいてくる。

リズさんが動きを抑えることに成功したとして、現状使える魔法を当てられるだろうか。


両腕が使えたら……両腕以外にも使えたら……。



――――例えばそう、師匠のように人工精霊を使えたら――――



精霊を介して使う飛行魔法、これを使う際の感覚だけ切り離す。

その感覚を流用し、代わりに光の球体、分体を生成、――――脳が焼けるように熱い。


術式なんて知らない、だが精霊は知っている。

ならそれを使わせるまで。


(……頼むよ、アーちゃん)


体からゴッソリと何かが抜ける感覚。

大量の魔力が食われた証拠だ。


視界に光の球が4つ、命令を待つかのように浮遊する。


「ハァァァァァアッ!」


リズの咆哮と共に、金属の砕ける音が大広間に鳴り響く。


漆黒の剣と人型の左足は共に砕け散った。



「――エルッ!」



こちらの名を叫び、リズは大きく跳び退く。


人型はその場でよろめき、膝をついた。


動かない腕の代わりに、4つの光の球体を飛ばす。

複数の体を同時に動かす感覚に、脳が悲鳴を上げる。


あとはレイバレットを自分の指先からではなく、分体から放つイメージを……

体を巡る魔力の回路が焼けつくような感覚に、吐きそうになる。

脳への処理は許容量を超え、視界が赤く染まった。



――死ぬ気で無理しな――



そんな師匠の声が聞こえた気がした。



「貫けぇぇぇぇぇッ!」



球体から放たれた4つの閃光は、動きの鈍った人型を追込み穿つ――――



一つは回避され

一つは頭を掠め

一つは肩を飲み込み

一つは胴体に風穴を空けた


それを見届け後、自分の体が前のめりに傾いていくのがわかる。


「…ル……ッ!」


リズさんが駆け寄ってくる光景が、最後に見た光景だった。

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