029 80歳のメイドちゃん。
朝、リズさんといつも通りの朝食をとっていると、ロンバル商会から使いの者が来た。
紹介の件で午後から来てほしい、とのことだった。
3人という話だったけど、はたしてどんな人が来るのか。
「エルリットさん、リズリースさん、お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
先日と同じ部屋に案内される。
すると、メイド服を着た小さい子がお茶を運んできた。
昨日は見なかった子だ、日によって給仕が違うのだろうか。
お茶を一口だけ……昨日と同じお茶のようだが、香りからしてまるで違う。
淹れた人の腕が良いのだろう。
「それで、紹介していただける3人はどちらに……」
この部屋にそれらしき人は見かけない。
すると、ロンバルさんは申し訳なさそうに口を開く。
「それがですね、申し訳ありません。冒険者拠点の家事はちょっと……ということで、2名辞退されてしまいました」
冒険者ってあまり良い印象ないのかな。
「それで、あと1名が80歳の方なんですが……」
けっこうな高齢の方のようだ。
たしかに経験豊富なんだろうけど、さすがに限度ってものがあるよ……。
「ちょうどそちらにいらっしゃる方になります」
そちらと言われて後ろを振り返ると、そこには先ほどお茶を運んできた女の子が斜め後ろに控えていた。
健康的な小麦色の肌に、暗めの金髪を左右で結ったツインテールの女の子。
どう高く見積もっても10代前半の少女だ。
経験豊富という条件にはまず合わない気が……。
「あの……?」
「彼女はメイド経験こそありませんが、主婦歴は長い方なんです」
……主婦ッ!?
どう見ても成人していない少女が主婦?
ロンバルさんは、さも問題なんてないかのように話をしている。
なんてことだ、この世界ではそんなことが許され――
「ひょっとして……ドワーフか?」
隣に座るリズさんの口から、ドワーフという言葉が出る。
ドワーフというと髭がモコモコしてる印象だが……。
「えぇそうです。……ひょっとして、ドワーフの方は初めてでしたか?」
僕もリズさんもコクリと頷く。
「だとしたら見た目に驚かれたかもしれませんね。ドワーフの平均寿命はおよそ250歳と長命な上、女性は人間でいうところの10~14歳ぐらいで体の成長が止まってしまいますので、彼女はこれでも80歳になります」
そういえばドワーフ=男みたいな印象を勝手に持っていた。
女性はそういう特徴があるのか……。
「まぁ、あとはご本人とお話ください」
ロンバルさんがそう促すと、少女にしか見えないドワーフの女性は向かい側に座った。
そして、今まで閉じていた口を開くと……
「メイヴィル、80歳や。メイド経験はあらへんけど、息子独り立ちさせるぐらいの主婦経験はあるんで、良かったら雇ってくれへん?」
少女にしか見えない姿から発せられた言葉は、なぜか関西弁だった……。
………………
…………
……
「ほんでなー、旦那死んでもうてもう20年やんか。あ、旦那は人間やったさかい、先に逝かれるんはしゃーないんやけどな。独り身になってもうたし、なんとなくこの街におる息子の顔見に来たんや。ほならなかなかええ街やん? ウチも住んだろかな思て仕事探しててん。息子と暮らすのも考えたんやで? せやけど、なんかそれ姑みたい――――」
……うん、話長いわ。
終わりの見えない身の上話に、皆ぐったりとしていた。
メイヴィルさんの話を要約すると、旦那さんは20年前に他界。
一人息子に会うため中央都市へと来たら、気に入ったので住もうと思った。
せっかく息子も自分の工房を持ってがんばってるので、邪魔にならないよう住み込みで働ける仕事を希望。
言葉の訛りに関しては、メイヴィルさんの母親がちょっと特殊だったらしく、それに影響されたとのこと。
「ふぅ……メイヴィルさん、その辺りで……」
ロンバルさんが疲れた顔で話を中断させる。
「なんや? まだ3合目ぐらいやで? しゃーないな」
まだ3割だったのか……。
「失礼しました。本来なら礼節を弁えた言葉遣いが必要なのですが、メイヴィルさんの旦那さん……ガジットさんには、私も色々とお世話になってましたので……」
お世話になった人の奥さん相手だとあまり強く言えないということか。
「ほんま、ロン坊立派になったんやな、昔みたいにメイ姉って呼んでくれてええんやで?」
どうやら強く言えない理由は他にもありそうだ。
中年のロンバルさんがロン坊呼ばわりとは……長命種族と昔からの知り合いって大変なのだろう。
「リズさんは、実はすごい年齢いってるとかないですよね……?」
女性に年齢を聞くのは失礼かと思っていたが、見た目詐欺の代表みたいなのを見たせいで疑心暗鬼になってしまった。
「エルと同じ人間だぞ? 私はまだ19だ」
「4つ上でしたか、失礼しました」
それにしても住み込み希望か、一応1階に4畳半ぐらいの部屋が空いてはいるけど……。
「エルリットさん、今回はご縁がなかったということでお断りいただいても全然かまいません。もう少しお時間をいただければ、他の選択肢もご用意できると思いますので」
と、ロンバルさんから提案される。
たしかに急いで決める必要はないので、待つのも選択肢の一つだ。
そう思い、リズさんの顔を見ると……
「私はもう決めてしまっても良いと思うぞ? ドワーフは力仕事から繊細な作業まで何でもこなすと聞くしな」
力仕事と言われても、少女の見た目からは想像できない。
……一応確認だけしてみよう。
「リズさん、剣をメイヴィルさんに持たせてみてください」
大人げないと笑わば笑え。
さぁ、その細い腕で持てるものなら持って――――
「ぼちぼち重いな、まぁまぁ鍛えられとるわ。この剣がどうかしたん?」
そう言って、ヒョイッと片手で持ち上げてしまった。
笑いたければ笑ってほしい、僕の男としてプライドはズタズタだ。
あと気になるのは、繊細な作業がどれほどのものかわからない。
何か確認できるのはないか……。
そう考えていると、リズさんからメイヴィルさんに質問が出る。
「メイヴィル殿はドワーフとして仕事の経験とかはないのだろうか」
ナイスな質問ですよリズさん。
ただ家事ができるだけなら、別にメイヴィルさんである必要はないのだ。
「せやなぁ、鍛冶は息子産んでからは手伝い程度やったし。それ以外やとたまに銀細工で小遣い稼ぎとか、まぁ後は魔物解体とか代行しとったぐらいやろか」
ほう、魔物解体ですと?
リズさんと顔を見合わせる。
どうやら同じことを考えているようだ。
「メイヴィルさん、家事以外に魔物の解体をお願いすることがあるかもしれません、大丈夫ですか?」
僕とリズさんは上手く解体ができないので、自宅に持ち帰るだけでそれができるのは非常に助かるのだ。
「全然かまへんで、それにしても家事と鍛冶って紛らわしいと思わへん?」
うん、一言余計だけど貴重な存在だ。
これ以上採用しない理由を探しても仕方がないので、あとは賃金の相談をすることにした。
ただ相談するにも相場がまるでわからないので、ロンバルさんから大体の説明をしてもらうこととなった。
通常であれば、メイドの月々の賃金は銀貨5枚程度。
高給取りなベテランでも、高くて銀貨10枚といったところ。
住み込みの場合はこれより安くなるとのこと。
「あぁそれと、メイヴィルさんに関しては紹介料は必要ありません。商会としてではなく、個人的な知人の紹介になりますので」
ということで紹介料が浮いた。
当の本人はロンバルさんの横で、「商会と紹介も紛らわしいな」とウザ絡みしながら足をプラプラさせている。
さて、住み込みだから本来ならちょっと安くしてもいいのだが、魔物の解体とかもお願いするし多少色を付けていいと思った。
ただ家事といっても、家自体は別に大きいわけじゃないし……とすごく悩んでいる。
「とりあえず月々銀貨5枚でどうですかね?」
これぐらいが無難だろうと思い提案した。
「ウチなぁ、実は建築もそこそこ得意やで? 家の修繕とかできてまうんやけどな~」
チラッとわざとらしくこちらに視線を送ってくる。
そしてただ素直に感心するリズさん。
ここにきて特技を追加してくるとは……いやらしい価格交渉をしてくる人だ。
「じゃあ青銅貨5枚追加で……」
仕方なく譲歩して金額を上げる。
「あーそういえば裁縫も得意やったわぁ」
「ぐッ……じゃあ8枚追加で」
「もう一声!」
おかしいよ、こっち雇い主だよ?
「……仕方ありません、全部で銀貨6枚!」
住むとこまで提供してこの金額は高給取りの領域だよ。
「うーん……空いた時間って好きにしてええねんな? せやったら契約成立や」
「えぇ……お好きに過ごしてください。僕は疲れました……」
こうして、おしゃべりモンスターなメイドが我が家へやってくることになった。
◇ ◇ ◇ ◇
「ほー、思ってたよりこじんまりした家やな」
早速メイヴィルさんを連れて、家へと帰って来た。
メイド服の少女が、人ひとり収まりそうなリュックを背負った姿はなんだか違和感がある。
とりあえず部屋へと案内する。
「部屋はここを使ってください、ちょっと狭いしまだベッドもないんですけど……」
元々家具付きだったとはいえ、全てが揃っていたわけではない。
とくにこの小部屋は、棚一つすらなかったのだ。
「気にせんでええで、それぐらいウチが作れるわ」
頼もしいメイドだ……もはやメイドと呼んでいいのか怪しいけど。
「んで、他のパーティメンバーはどこにおんの? 地下室にでもおるん?」
そういえば二人だけとは言ってなかったな。
「僕とリズさんの二人だけですよ。それに地下室とかないです」
メイヴィルさんの表情が困惑へと変わる。
「は? えっ? 二人……? 拠点や聞ぃとったからもっとおるもんやと……」
二人だと何か都合が悪いのだろうか。
「部屋まで用意してもろて、たった二人の面倒見て銀貨6枚て……高すぎなんちゃうの? あんさん騙されとるで!」
だとしたら犯人はあんただよ。
「魔物の解体とか家の修繕、留守中の防犯的ものも兼ねてるので、いまさら値下げはしなくていいですよ」
あれからメイヴィルさんは、申し訳ない事をしたと値下げ交渉をしてきたが断った。
実際出来ることの多様さを考えると、メイドというより職人を雇ったような気分だ。
色々と頼りにさせてもらおう。
「まぁそんな言うんやったら……せやな、解体だけやのうて物の鑑定、必要に応じて家の改築まで、ウチにできることなら何でもやらせてもらうわ」
といった具合に特典が増えたので、実はお得なのかもしれない。
メイヴィルさんがスッと手を差し出してくる。
「メイヴィル……いや、メイでかまへん。改めてよろしゅう頼むわ」
リズさんが握手を交わし
「リズリースだ。私もリズで構わない」
「エルリットです。僕もエルと呼んでください」
そして次に僕も握手を交わす。
「よっしゃ! これから女3人、仲良うしてこや」
あぁ……また誤解されてたようだ。
「あのメイヴィ……メイさん、僕男です」
この溢れんばかりの雄オーラを感じてほしい。
「何言うてんの、そんな華奢な男おるかいな。あんま年上からかうもんやないで」
冗談と思われたようだ。
リズさんに助けを求めると……
「メイ、エルの言っていることはホントだぞ。私はその……事故とはいえ、アレの存在を確認してしまったから間違いない」
やや顔を赤らめ、視線をそらしながら助け船を出してくれる。
アレとは、以前僕の股間を握ってしまったことを言ってるのだろうか。
忘れて欲しいのに……。
「えっ……ほんまなん? さすが都会は一味ちゃうな」
僕も田舎っぺなんですけどね。
何はともあれ、新しい住人が増えた。
パワフルな女性ばかりで男として立つ瀬がないけど、賑やかな家になりそうです。