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027 新たな拠点。

「……ひょっとして、エルリット?」


チロルさんから紹介されたムロさんの工房。

そこにいたお弟子さんらしき女性から発せられた言葉は、予想外のものだった。


「な、なぜ僕の名前を……?」


まさか、自分でも知らない間に有名になってしまっていたのか……。


「ほらアタシだよアタシ。同じ孤児院にいた、5個上のカーラだよ」


全然違った……恥ずかしい。

しかし同じ孤児院の方だったとは……でも名前言われてもピンと来ない。


「まぁ覚えてなくてもしょうがないか、アンタいつも一人で遊んでたしね」


遊んでたわけじゃないんだよ。

色々と将来のために試行錯誤してたんだ。

それに人をぼっちみたいに言わないでほしい……間違っちゃいないけど。


「5個上か……冒険者になる、って言って何人か出て行ったのは覚えてますけど」


師匠と出会うちょっと前に、何人か出て行ったような記憶はある。


「そうそう、あんたが10歳のときだったかな。まぁ……今はもう冒険者辞めて、ここで鍛冶見習いしてんだけどね」


5年の間に色々あったんだろうな。


「じゃあ一緒に出て行った人もこの街に?」


あんまり昔の知り合いに会いたくないんだよね。


「あぁ、一応マイクとジュシカもまだいるんじゃないかな」


また知らない名前が……いや、僕がもうちょっと人に関わってれば知ってたのかもしれないけど。


「なかなかEランクから上に行けなくてさ、遺跡の多いこの街でなら……と思って3人でやってきたまでは良かったんだ」


「でも現実は甘くなかったと?」


「そういうこと。アタシは多分向いてないなと思ってスッパリあきらめたんだけどさ、あの二人はどこかのパーティに入れてもらったとか言ってたね」


じゃあいつかバッタリ会う可能性もあるな。

……変装道具でも用意しておこうか。


「んで、アンタも冒険者やってんの? ランクは?」


「一応Dです……」


チラっとギルドカードを見せる。


「……今アンタ15だよね? それでもうDランク?」


やべぇ前衛とパーティ組んでますんで。


「はぁ……上がるやつは勝手に上がってくって言うけど、アタシは辞めて正解だったんだろうね」


「でもなんで鍛冶の道に?」


ここの剣に命を救われた、とかありがちなエピソードでもあるのだろうか。


「鉄の匂いがさ……昔から好きだったんだ」


この人もやべぇ人じゃん。




「で、さっきも言ったけど、親方は城に呼ばれてていないんだ。注文は受けられないけど、置いてあるのでほしいのがあったら言ってよ」


工房に置いてある剣は、どれも装飾も細工もすごく地味で無骨な剣が多い。

見た目より品質重視なら当たりだけど……まったくわからん。


「柄を握り潰してしまうような怪力に耐えられる頑丈な剣ってありますか?」


「……ちょっと何言ってるかわかんない」


僕もそう思う。

ついでに音を置き去りにするよ。


「アンタが使う……わけじゃないよね」


ジロジロと体を見られる。

華奢ですいませんね。


「使えるように見えますか?」


「いや、まったく」


即答されちゃったよ。


「そうだねぇ、ミスリルか黒曜魔石あたりなら丈夫かな」


「ミスリルは武具店にもありましたけど、黒曜魔石? は見たことないです」


「内にも2本あるんだけど、1本は親方の許可無しには売れないからさ。もう1本はそこに置いてあるよ」


そこには、綺麗に立てかけられている直剣が1本。

武具店のようにショーケースで飾ってあるわけではないが、埃も被っていない。

日頃から手入れがされているようだ。


それによく見れば、置いてある剣は全てが一点物、どれ一つとして同じものが存在していない。

まさに職人の工房だ。


「けっこうな業物だよ? アタシはもっと鉄の芳ばしい香りがするほうが好きだけどね」


鉄の芳ばしい香りってなんだよ。


「……これ、おいくらなんですか?」


良し悪しはわかんないし、リズさんも剣を買ってるかもしれない。

そのときは予備ってことにして、ポーチで控えててもらおう。


「金貨15枚だよ。まぁさすがに無理でしょ?」


「たしかにちょっと高いですね」


黒曜魔石というだけあって、その名の印象通り真っ黒だ。

漆黒の剣……男の子なら憧れるよね。


でもリズさんに握り潰されるイメージを払拭したい気持ちで、念を押しておく。


「……本当に丈夫なんですね?」


「これが耐えられないようなら親方に相談したほうがいいね。さすがにそんなことはないと思うけどさ」


そんなことがありえるから不安なの。

でもいざまたリズさんの剣がダメになったときに、『こんなこともあろうかと用意しておきました』と言ってこの漆黒の剣を渡す……なんて気の利くデキる男なんだろう。


「……買います」


スッと白金貨を2枚差し出す。


「は、白金貨ぁ!?」


良いリアクションだけど、もうめんどくさくなってきたな。




「はい金貨5枚……お釣りで金貨渡すなんて初めてだよ」


そんなにか、今後夜道に気を付けないと。


そして、漆黒の剣をポーチに入れ……


「おっも……」


あまりの重さに、咄嗟に魔力で身体強化する。

だがそれでも両手で持ってなお手がピクピクと痙攣する。


「まぁアタシでもちょっと重すぎて、実戦じゃ使えないかな」


そういうことはね、もうちょっと早く言ってください。


ポーチに入れると、ようやく重さを感じなくなった。

縮小でサイズ同等の重さになってくれたようだ。


「マジックポーチまで……はぁ、ホント冒険者として成功すると違うもんだね」


成功……と言っていいのかまだまだ微妙なラインですよ。



「それじゃ、多分また来ます」


「あいよ、懐かしい顔が元気そうで良かったよ。また来てくれ」


昔の知り合いにはあまり会いたくなかったけど、カーラさんに悪い印象は抱かなかった。

きっとまた客として足を運ぶことになるだろう。



◇   ◇   ◇   ◇



工房を後にし、ついでなので住宅街を見て回っていたところ、リズさんと出くわした。


「ちょうどいいところに会ったな。ついて来てくれ、良い家があったんだ」


「家ですか……集合住宅はどうだったんです?」


聞いてみたところ、集合住宅は月々銀貨2~5枚と無理のない金額だが、風呂がない上にそれほど綺麗なわけでもない。

良くも悪くも、格安で住める所ということだ。


そしてリズさんの希望は、風呂があって夜静かで景観の良い立地。


「んで、見つけたのがこの家だ。家具付きだぞ」


着いたのは住宅街のややはずれ、農業区にも近く果樹園が見渡せ、そこそこ高い位置にあるので商業地区もよく見える。

手押しポンプの井戸も近くにあるので、利便性も良いようだ。


そして2階建て、レンガ作りで2LDKぐらいの規模。

決して広くはないが庭もあり、他の民家と密接もしていない。


ちょっと都市部からはずれてはいるが、遠いとまでは言わない距離。

住むならこれぐらいの距離感がいいのかもしれない。


「もっと中心部に近くて、庭はないが似たような規模の家もあったんだがな。風呂がないのがほとんどだった」


「やっぱりそこ大事なんですね」


風呂の有無や下水を引いてるかどうかで、けっこう金額に差が出そうだね。


「それで、月々いくらなんです?」


「賃貸なら月々金貨2枚だそうだ」


都市部からはずれてるとはいえ、やはりけっこう高い。

だが、今の宿にそのまま泊まり続けるよりは圧倒的に安上がりだ。


「……ん? 賃貸なら?」


わざわざそれを付け足した意味は……?


「あぁ、買うなら金貨50枚だと言われたのでな。買った」


……what?


「えっ? 一人で住むわけじゃないですよね?」


「もちろん、パーティ【ローズクォーツ】の拠点だ」


拠点だ、って……実質同棲ですよ。

そこまでか、そこまで男として意識されてないのか。


まぁ宿でも同じ部屋で寝泊まりしてるんだけどさ、住むってなるとまた違うわけで。

僕だって男なんだ、夜は獣になる可能性だって……うん、獣の命が危ういな。


「あれ? 金貨50枚ってことは……剣は?」


「あっ……問題ない、私は素手でも戦える」


そうでしょうけども。

つい勢いで家買っちゃって忘れてたんだろうな。


まさかもうこのセリフの出番がやってくるとは。


「こんなこともあろうかと用意しておきました……」

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