024 嘘はついてないよ。
「あれぇ? ずっと真っ暗だ」
床を下り続けたが、周囲は真っ暗なままだった。
「いや、もう大広間に戻ってきたんじゃないか? ランタンを出してくれ」
あぁそうか、元々真っ暗な広間だったもんね。
でもランタンを取り出したくても、リズさんを背負った状態では難しい。
「ちょっとこの状態だと取れないっす。腰のポーチから出してくれません?」
あぁわかった、と言ってリズさんは手探りでポーチを探し始める。
「ん、これか?」
「ちょっ、それ僕のナイフです! 抜いたら危ないですよ!」
なんだ違うのか、と抜く途中で納める。
「む、これは……鍛え方は足りないが、無駄な贅肉はついてないようだな」
「くすぐったいです……」
お腹をまさぐられた。
「ん? これは一体……」
「みょ――ッ!?」
真っ暗闇のなか密着する男女、掴まれたのは男の尊厳であり象徴。
そしてグニグニと弄られるエルリットのエルリット。
そんな中、脳裏に浮かんだのは……ひしゃげた剣の柄だった。
「リズさん……そーっと手を放してください。決してそれ以上強く握ってはダメです」
僕は、過去最高に冷静な対処をした。
「ふぅ……えらい目にあった」
結局、着地してからポーチを漁り、ランタンを取り出した。
そしてリズさんはというと、先ほどから自分の手を見つめ……
「なぁエル、さっきのはもしかして……」
「言わんといてください!」
じゃないと気まずくなってしまう。
遺跡を出るとすでに夕暮れ時で、街に着く頃には辺りは暗くなっていた。
さっさと帰って宿近辺で食事にしたいところだが、途中に冒険者ギルドがあるため寄っていくことにした。
「エル、あの異空間のことも報告するのか?」
「……報告しない、ってのもアリですよね?」
現状、発見した自分たちがあの異空間を独占したって別に問題はない……はず。
「アリだと思うぞ、報告するもしないも発見者しだいだ」
「じゃあ問題があるとしたら……」
それは戦利品だ。
どこで、どんな魔物から手に入れたのか……間違いなく聞かれることだろう。
「どれほど価値のある物かはわからんが、珍しい物であればあるほど、根掘り葉掘り聞かれるだろうな」
「ですよね……」
探索が行き詰ってた遺跡から新しいものが見つかれば、当然そうなりますよね。
素材査定のカウンターにいたのは、ツルツルヘアーのギルド長、解体が趣味のジギルだ。
「ギルド長って暇なんですね……」
「来ていきなりだな。暇なわけじゃねぇぞ? 俺がここにいりゃ、査定と審査が両立できるだろ?」
物は言いようだね。
「んで、ここに来たってことは亜種でも狩ってきたのか?」
「多分、亜種だったと思います……これです」
ポーチから砂の入った袋を取り出す。
「あ? ただの砂……いや、魔力を帯びてんなこりゃ」
「えぇ、スケルトンを倒したらそうなりまして……」
嘘は言ってない……でも異空間に関しての情報は、そう簡単には話したくない。
「スケルトンか……たしか1年ぐらい前にも目撃情報は上がってたな」
元は人間だったものがアンデット化した魔物だから、その存在自体は珍しくない。
と考えた上で話したが、正解だったようだ。
「その時は地下の大広間で急に降って湧いた、って聞いたな」
「そ、そうですね……たしかに急でしたね」
大広間ではなかったけど……。
空間跨いで出てきたのだろうか。
「いくら倒しても再生するってんで撤退したらしいが、それ以降スケルトンの目撃情報なんてなかったから、夢でも見たんじゃないかと皆に笑われてたな」
分体だけ出てきたのかな……それ無敵じゃね?
「スケルトンは追って来なかったんですかね?」
「遺跡の外までは来なかったと言ってたなぁ」
遺跡を守る何かなのだろうか。
さて、そんなものをどうやって倒したのか聞かれたら面倒だな。
「まぁ、その時のスケルトンが実在したってのは別にいいんだが……お前さんら、それをどうやって倒したんだ?」
面倒だな!
「エルが隙を作って、私が斬った。それだけだ」
リズさんが堂々と答える。
でもね、多分そういうことじゃないんだ。
「斬った、って言われてもな……」
それじゃあ納得はできないよね。
仕方がないので、もうちょっとだけ情報を加えることにした。
「えっとですね、おそらく再生するのは分体だけで、安全な所にいた本体を倒したらこうなったんですよ」
まだ大丈夫、まだ異空間のことは伏せていられる。
「……複数体出たのか?」
しまった……。
以前の情報は1体だけだったのか。
でも今更引き返せない。
「そうですね、物音が聞こえると思ったら急に音の数が増えて……」
なんだか尋問されてるみたいだ……ビクトリー丼食いたくなってきた。
「急に数が増えた……本体が分体を召喚したのか、それならたしかに辻褄も合うが……」
以前現れたのは分体だけで、今回は本体ごとだった。
って考えてくれたら万々歳だよ。
「ま、あとはどこからそれが現れたのかってことになってくるが……他に何かないのか?」
「あとあるのは、スケルトンが装備してた物ですね」
ポーチから古びた剣と盾を取り出して見せる。
「なかなか良いポーチ持ってんな……」
ジギルが物色するような目でポーチを観察する。
ギルド長だし、言いふらすような真似はしないだろう。
それに、リズさんと一緒にいることこそ最強の護身だとわかったので、そんなにこそこそする必要もないと思ったのだ。
「っと悪いな、職業柄ついジロジロ見ちまった。んで、これがその剣と盾か……けっこうな年代物だな」
こっちの価値は正直よくわからない。
二束三文にでもなれば十分だ。
……そういえば、ちょっとだけ気になったことがある。
「第2遺跡って、普段はどんな魔物が出るんですか? スケルトン以外見かけなかったんですけど」
「そんなことも知らねぇで遺跡に行ったのかよ……。あそこは、前はそれこそゴブリンが集落を作ることもあったし、オークがそれを餌に寄ってくることもあったが、今ではゴブリンやブラックウルフが極小規模な群れで遺跡に迷い込んでくる程度だな」
剣と盾をじっくり観察しながら、ジギルは答えてくれる。
Eランクが行ける遺跡となると、魔物もたいしたことはないようだ。
「んで、遺跡の魔力に当てられて亜種になるやつがいるんだ」
「それを地下の大広間で待つわけですか」
「外で待ってても魔物が寄り付かなくなっちまうからな」
なるほど、ただ待つ第2遺跡より、第3遺跡のほうがそりゃ人気も出るわけか。
「っと、悪いな待たせて。査定した結果だが……」
せめてリズさんの剣、金貨6枚ぐらいの金額はほしい。
じゃないと大赤字になっちゃう。
「砂のほうは商業ギルドか魔道具協会の領分だな。こっちの剣と盾も年代物だし、学者にでも見せないと何とも言えん」
「つまり……?」
「俺じゃ価値がわからん、明日の夕方ぐらいにまた来てくれ」
肩透かしを食らい、冒険者ギルドを後にすることとなった。
◇ ◇ ◇ ◇
前回の満腹亭が満員だったので、別の食事できる所を探しながら明日の予定について話していた。
「明日の夕方ぐらいに、となると遺跡に行くのは時間的に少々厳しいな」
「そうですね、行くなら確実にあの異空間になりますし」
かといって、あれこれ買い物するには先立つものがあまりない。
「なら、明日は街を見て回るのはどうだろう」
「いいですね、どこか見たい所とかありますか?」
農業区や高低差のある住宅街、一番高い位置にある城など、僕も見たい所は多い。
だが、中央都市というだけあって、その広さはかなりのものだ。
ある程度絞って観光しないと……というか、これはもしやデートなのでは?
「そうだな……闘技場は見ておきたいな」
一瞬だけ頭によぎった幸せな妄想は、殺伐としたワードにて搔き消えてしまった。
「看板は出てないけどお店……ですよね?」
夕食を求め、こじんまりとした小さいカフェを見つけた。
「こんな場所では客など来ないだろうに」
リズさんの言う通り、場所はあまりよろしくない。
住宅街寄りで人通りの少ない道、そこからさらに裏路地に入ったところにお店はあった。
だがこういう店に限って、実は隠れた名店だったり……と期待してしまう。
店の名前は【老後の嗜み】と書かれている。
(……陶芸教室じゃないよね?)
不安と期待を抱きながら、店の中へと入って行った。