023 本気の一撃。
「ここどこ……」
天井内部は、見覚えのない空間へと繋がっていた。
周囲には篝火があり明るい、そして遺跡と呼ぶには劣化のない石壁。
先ほどまでいた空間と違い、精々10畳程度広さ。
「少なくとも、先ほどまでいた遺跡の上層には見えないな」
「ですよねぇ、異空間ってこういうものなんですかね?」
「私も初めてだからちょっとわからんな……」
篝火以外に後は木製の扉があるだけなので、情報らしい情報も……
「……ん? この篝火……」
よく見ると、薪もないのに燃えている。
「魔道具ってわけじゃなさそうだけど……」
謎が多い、この分だと扉の先も一体どうなっているのか……
これは慎重に行動しないと――――
「このままここにいても仕方あるまい。さぁ、行くぞ」
そう言って、リズさんが躊躇なく扉を開けてしまった。
「ちょっ! 罠とかあったらどうするんですか!」
「もし罠があったら……エルならどうする?」
「え? そりゃぁ……どうしましょう」
罠の解除とかできないし。
斥候みたいに罠の発見とかも自信はないし……。
「……その時考える?」
結局刹那的な考えに至ってしまった。
「ふっ、つまりそういうことだ」
なんて男らしい人だろう。
扉の先は、結局ただの通路だった。
こちらも一定間隔で篝火があるので明るい。
リズさんが先導し、僕がナイフで壁に印をつけながら進む。
右に曲がったり、左に曲がったりと通路を進むが、たまに扉すらない小部屋がある程度で他には何も見つからなかった。
「……何もないですね」
「あぁ、なさすぎて不気味だ」
だがその時、微かに音が聞こえた。
コツ…コツ…、っと何かと何かが接触するような音。
「リズさん……」
「わかってる、あの曲がり角の先だな」
リズさんが臨戦態勢をとりながら、角の先を確認した矢先だった――――
音の数が10倍、20倍と無数に反響し始める。
「こいつは……骨が折れるかもしれんな」
角の先には、人の形をした骨型の魔物……スケルトンが大量に待ち構えていた。
「冗談にしちゃ数が多すぎですよ……」
スケルトンは古びた剣と盾を手に、こちらへジリジリとにじり寄ってくる。
まるで獲物を少しずつ追い詰めていくかのように。
「ハッ!」
それをリズさんは、剣や盾ごと横薙ぎに真っ二つにする。
――――が、その場に崩れ、倒れたスケルトンは、剣と盾ごとすぐに元の形へと再生していった。
(うそぉ……)
どのくらいの時間戦っているだろうか。
1時間、2時間……いや、おそらくそう感じるだけで、実際には10分程度だろう。
リズさんがいくら切り刻もうと元に戻り、僕のマナバレットは盾によって防がれる。
(骨のくせに、魔力を察知して盾構えるんだもんな)
防がれなくとも、骨相手にマナバレットでは体の一部を砕く程度しかできない。
それならと別の魔法も試す。
『雷よ、矢と成り敵を穿て、ライトニングアロー!』
これも盾によって防がれる……が、金属製の盾なので、雷に耐え切れずスケルトンはバラバラになる。
だがそれも、ものの数秒で元通り。
「――ならこれでッ!」
リズさんの足が床にめり込み、下段から逆袈裟に大きく斬り払う。
スケルトンの軍勢は、斬撃と衝撃波で半数ほど吹き飛びながらバラバラになっていった。
(わぁ……魔法じゃないのに魔法みたいだ)
一瞬だけ、一番の奥のスケルトンが半歩後ずさったように見えたが、スケルトンがすぐに再生するとまた軍勢でにじり寄り始める。
(あのスケルトン……ちょっとだけ他と動きが違うな……)
他はまったく攻撃を恐れずに向かって来る。
……ちょっと試してみるのもいいかもしれない。
「これは、埒が明かないな……」
「リズさん、合図をしたらさっきのもう一度お願いします。アレを撃ちますんで」
「アレ? ……わかった!」
一人でスケルトンたちの相手をし始めるリズさんの背後に回り、奥のスケルトンからこちらの姿が見えない位置をとる。
そして指先から魔法陣を発現、いつでもレイバレットを撃てる状態にする。
「――――お願いします!」
「はぁぁぁぁぁッ!」
半数ほどスケルトンが吹き飛び、リズさんが横に飛びのくと同時に目標を確認。
「そこ――――ッ!」
残り半数を貫く形で放ったレイバレットは、スケルトン軍勢にいとも容易く風穴を開けた。
――が。奥の1体を守るように、3体のスケルトンが盾ごと体で射線上に入ってきていた。
2体は盾ごと貫いたが、3体目が盾ごとバラバラに弾けるのと同時にレイバレットも弾け霧散した。
(3体反応された……)
瞬間、リズさんと目が合う。
いつでもいけるぞ……と聞こえた気がした。
「リズさんッ!」
「――ッ!」
――――空気が……時が、凍り付いたような感覚。
踏み込まれた床が弾けるように爆発し、赤い流星が見えたような気がした。
――――その刹那、リズは光と音を置き去りにした――――
最奥にいたスケルトンは正中線で真っ二つに分かれ、「チャキンッ」とその背後で赤い流星が剣を鞘に納める。
その他軍勢は、煙となって消滅していった……。
「本体は一番奥の安全な所にいた、というわけか」
「えぇ、他はコイツの作り出した分体だったみたいですね」
その他軍勢は装備すら煙となり、何も残らなかった。
そして本体は真っ二つに分かれた後、その姿を砂へと変えた。
「それにしても、よくコイツが本体だとわかったな」
「コイツだけリズさんの攻撃にびびってましたからね」
その気持ち、すごくよくわかるよ。
「リズさんがすぐに察してくれて助かりました」
「なに、私がやらなくてもエルなら追撃可能だっただろう。それに前見たときより威力が低かった気がするぞ」
そりゃもう、うっかり壁貫通して二次被害とか嫌ですから。
「追撃はできたかもしれませんけど、2発目以降は避けられる可能性もありましたし……」
真正面から堂々と撃つようなもんじゃないよね。
妙に魔力の流れに敏感な魔物が多いし。
「そういえばこの砂、魔力を帯びてるみたいですね……一応持って帰りますか」
「コイツの持ってた剣と盾もな」
本体が持ってた剣と盾だけはそのまま残っていた。
けっこうな年代物っぽいけど……
「変わった模様が彫られてますね」
「あぁ、この細工だけは芸術品といって差し支えないだろう」
威力を抑えて撃ったとはいえ、レイバレットを盾3枚で防いだんだ。
本来ならすごい品質のものなのかもしれない。
砂を袋に包み、剣と盾を戦利品としてポーチに入れた。
「さて、まだ進みますか? 僕としては一旦帰りたいかなーなんて……」
「そうだな、一旦帰ろうか」
「そうですよね、まだ進み……えっ?」
あ、あのリズさんが引き返す? こんなところで?
「なにやら失礼なことを考えてそうだな。私とてまだ先に進みたい気持ちはあるが……これを見てくれ」
鞘から剣を抜き、こちらへ見せる。
「……けっこうボロボロですね」
小さな刃こぼれが無数にあるのと、柄の部分は指の形に凹んでいた。
「途中までよく耐えてくれてたんだがな。これなら大丈夫かもと思って全力を出したらこの有り様だ」
なんということでしょう。
金貨6枚の剣がたった一度の本気で、幾多の戦いを終えた歴戦の勇士のような姿に。
「……戦利品、高値になるといいですね」
「そうだな……」
すごい一撃だったから仕方ないよね。
床が弾けたと思ったら全て終わってたんだもん。
とくに他の魔物が出ることもなく、最初の部屋に戻って来た。
「これ……帰れますよね?」
おそらくここから出てきたであろう床を見る。
「普通の床にしか見えんな……エル、頼む」
あぁそうか。
飛べないリズさんを背負わないといけない。
何かを背負ったときは、登りより下りのほうがきついものだ。
「ふふっ、戦いの後に男に背負われるというのも悪くないものだな」
その男というのは、戦闘中よりしんどい顔してる僕のことですかね?
そして、落ちる勢いをふらふらと調整しながら、床の中へと沈んでいった。