222 転生後は魔女の弟子の魔女でした。
外套で正体を隠したエルラド王は、街中をノンビリと歩いていた。
「国がでかくなりすぎて怖い……」
月日と言うのは経ってしまえば早く感じる。
あれから2年が経過し、王都エルヴィンは大きく変わった。
特に目立つのは、王城の次に大きな建造物……学園の存在だろう。
「急げよニコル、ミモザ。早くしないと授業に遅れちまうぞ!」
「ダンが寝坊したのが原因じゃん」
「そうだよー、とばっちりだよー」
(あれは初等部の子か……)
文字や算術、それに歴史を教える初等部はその運営を税で賄っている。
いずれは他の町にも設立する予定だ。
「子供が元気なのは良いことだな」
また今度こっそり視察するとしよう。
今日用があるのはもう一つの学園のほうだ。
それは出来立てほやほやで、本日が開校日である。
剣術や魔法等を専門的に学んでいく場で、エルラド王は来賓として招待されていた。
だがそれは影武者に任せている……なぜなら自分には別の目的があるのだ。
「ミンファの入学式もある。つまりエルリットもここに現れるはずだ」
可愛がってたようだからな、そんな子の晴れ舞台となればさすがに帰ってくるだろう。
ならばいきなり会って驚かせてやろうという算段だ。
卑怯なパパを許してくれ……大体アンジェもエルリットも全然顔を見せてくれないのが悪い。
(アンジェも便りすらないんだもんな)
今のあの子をどうこうできる存在なんて中々いないとは思うが、変な虫とかついたりしていないかパパは心配だよ。
「……なんてな、アンジェに限ってそれはないか。おっと、そろそろ始まるな」
エルラド王は、軽い足取りで学園内の会場へと足を運んだ……。
◇ ◇ ◇ ◇
「久しぶりのエルヴィンだー……エルヴィンだよね?」
一瞬不安になる程に王都エルヴィンはでかくなっていた。
面積的にもオルフェン王国の王都と同規模……あるいはそれ以上かも?
「外に新たな外壁を追加したようだな、ランニングには丁度いい」
「でももうちょっと高さがほしいですよね。あれだと簡単に跳び越えれてしまいます」
リズとシルフィの感想は相変わらずだった。
外壁はランニング用ではないし、普通は簡単に跳び超えられるものじゃありません。
「あれはウチも知らん工法や。なんやアンジェ嬢が鉄筋やら擁壁やらの設計図を置き土産しとったらしいで」
メイさんすら知らない技術か……アンジェリカさんは僕と違って前世の知識を有効活用してるな。
「それで、ミンファの入学式の時間は大丈夫なのか?」
「そうだった、急いで帰って僕らも着替えないとね」
さすがに冒険者の装いで学園に行くわけにはいけない。
かといって貴族のための学園というわけでもないので、ある程度清潔な服装であれば大丈夫だろう。
カジュアルスーツぐらいがちょうどいいはず……こんなこともあろうかと準備はしてあるんだ。
「シルフィはそれでいいのか?」
「えぇ、神官服は正装ですから。リズさんは新調した服ですか? 良く似合ってますね」
リズが着ているのは僕が用意したオフィスカジュアルなスーツだ。
かっこいい女性社長みたいで良く似合っている。
「んで、メイさんはいつも通りのメイド服か」
「なんや、文句あるんかいな」
まぁ清潔ではあるよね……清潔にする側でもあるけど。
「エルはまだ着替えないのか?」
「もちろん着替えますとも」
この日のために新しい服を用意してある。
主役はミンファだけど、僕もお兄さん枠としてかっこいい服装で行かないとね。
「この前通信装置で話したとき師匠にお願いしてたはずだけど……お、これかな」
『性別詐欺用』と書かれたメモと黒い包みがあった。
師匠本人は留守か……こんな大事な日にどこに出かけてるんだか。
「それは何が入ってるんですか?」
「ふふっ、よくぞ聞いてくれましたシルフィ。これはですね……これは…………」
包みの中には何も入っていなかった。
というかそもそも包みですらない。
おかしいな……間違いなく「渋くてかっこいい服が欲しい」って言っておいたはずなんだけど。
「ローブじゃん! ただの真っ黒なローブじゃん!」
よくよく細かいところを見ると刺繍とか凝っている。
かっこいいと言えばかっこいいし、使っている生地にも重厚感があって渋いと言えば渋い。
でも自分で着るとなったら話は別だよ!
「そもそもなんでルンに頼んでたんや」
「王都にいる師匠のほうが流行とか抑えてるかなって」
「そらちょっと厳しいやろ。エルに男らしさを期待するようなもんやで」
「たしかに…………たしかに?」
そこはちょっとぐらい期待してもいいんじゃないですかね。
旅でも色々あったわけだし……。
「エル、着ないのか? きっと似合うと思うぞ」
「まぁ……リズがそう言うなら」
渋々袖を通すと、しっかりした生地の作りが嫌でもわかる。
着ないと申し訳ない出来栄えだ。
しかしこんなもの着ていった日には何と言われるだろうか……。
「そろそろ行かないと遅れちゃいますよ」
シルフィが指差した先にある時計の針は、僕の頭からあらゆる選択肢を排除した。
散々ドレスやら着てきたせいで感覚がマヒしていたというのもあるかもしれない。
「ま、主役は僕じゃないし誰も気にしないか」
僕らは久々の自宅でゆっくりすることもなく、ミンファの入学する新しい学園を目指した。
――――――
――――
――
「魔女だ……閃光の魔女がいる」
「バカ、直視するな。不敬罪で体に風穴が開くぞ」
「そうそう、舐めまわすように見るのは頭の中でだ」
「なんで第2王女なのに保護者席にいるんだ?」
「国王は来賓側にいるのにな」
ホールが広い分それほど騒がしくは感じないが、割と目立ってしまっていた。
早く入学式始まらないかな……。
「なぁエル、エルラド王のことだが……」
「うん……あれ影武者のほうだね」
リズも気づいていたようだ。
だってあのエルラド王……笑顔が爽やかなんだもの。
「そっちではなくて……まぁ害はないからいいか」
「そっち……? って、ムロさんとカーラさんじゃないですか」
そっちというのがどこのことかはわからなかったが、前の席に座っているのが知人だと今更ながら気づいた。
「よう、こっちは気づいてたんだが、どうも目立っているようだから声を掛けづらくてな」
「そうそう、全然工房に顔出してくれないしね」
二人とも正装……とまではいかないが、工房で見る服装とは全然違っていた。
「今日王都に戻って来たばかりなもので……ところで二人は何でまた保護者席に?」
「一応設立に関わったからな。ホントは来賓として招待されたんだが、向こうは格式が高くて性に合わねぇ」
たしかにそれはムロさんらしいといえばらしい。
「なるほど……ちなみにカーラさんのそのお腹は……?」
太った……というには明らかに不自然なお腹の盛り上がりをしている。
触れちゃまずい内容じゃないよね?
「あぁ、これはその……まぁそういうことだよ」
「ホントはもっと早く報告したかったんだけど、お義母さんどころかみんなどこにいるのかわからなかったからね」
お義母さん……?
あ、メイさんのことか。
「ほー、ウチに孫ができるんかぁ。名前とかもう決めとるん?」
「まぁ一応な」
少し照れくさそうなムロさんだったがどこか嬉しそうでもある。
なんだかんだ母親に報告できて良かったのだろう。
「ちなみにやな、弟か妹もできるで」
おっと、この話題はちょっとした修羅場になりかねないぞ。
でも……逃げ場がない。
「は? そりゃどういう……」
その目に映った物は、メイさんの指に本来は一つだったとある物がもう一つ……。
そこでムロさんは、自分の弟か妹という意味だと気づいた。
「……」
ムロさんの視線はさらにリズやシルフィへと向く。
そうなんだよね……結局あの後全員にちゃんとした物を用意したんだよね。
エルリット、旅の最中に男を見せました。
「おっと、入学式が始まりますよ」
「……後で説明してもらうからな」
ムロさんの顔が怖い……。
そんな一部始終を見ていたからだろうか、エルラド王はエルリットに声を掛けづらくなった。
(……今声を掛けると面倒なことになりそうだな)
そう思い、壇上を眺めながら物思いに耽りだす。
こういうとこは自分の息子だなと実感し、少し嬉しくもあった。
入学式が始まり、まずは新入生が入場する。
拍手で出迎えられた子たちは輝いて見えた……特にミンファが!
(立派になったなぁ……)
保護した時のことを思い出すと目頭が熱くなってくる。
そして何よりも、ミンファは首席合格者なので新入生代表として壇上に上がった。
あの歳でもう飛行魔法を使いこなしているんだ、当然だろう。
――と、そこで会場内にパチンと何かを弾く音が響き渡る。
同時に、周囲に桜の花びらが舞い始めた。
その花びらに実体はない。
しかし幻想的で神秘的な光景は、あたかも本当に春の暖かい風が吹いているかのように感じさせた。
(粋なことするじゃん……師匠)
まるで春という季節そのものが新入生を歓迎しているかのようだ。
「新入生を代表してご挨拶申し上げます。暖かく、優しい風に包まれ、春の訪れを感じるこの良き日に――――」
まだ少し幼さの残るミンファの声が会場内を包み込む。
その内容は書面で用意されているものの、視線はまったく下を向くことがなかった。
(本当に……本当に立派になったよ)
でも少しだけ、寂しいと思う気持ちもあった。
雛の巣立ちを見ているような気分だ。
きっとまた同じことは体験することになるだろう。
「――――歴史と伝統の始まりであり、私たちの人生という本にとっても貴重な1ページを刻むことになるでしょう。そして完成したタイトルに恥じぬ経験と努力を積み重ねていきたいと思います。新入生代表、魔法科ミンファ」
会場内に拍手が響き渡る。
なんだか最終的に難しい内容の挨拶文だったな。
「本のタイトルか……」
今までの積み重ねがページを刻む……か。
「どうしたエル」
隣にいたリズが小声でそう尋ねる。
その目は少しだけ、赤くなっている気がした。
「いや、自分の人生にタイトルをつけるとしたら、どんなタイトルになるのかなと思って」
「あぁ、ミンファの言っていたことだな。自分の人生という本のタイトルか……中々難しい」
そんな難しいことをあのミンファが言うようになったからだろうか。
リズはどこか嬉しそうに見えた。
「ちなみにエルは何か思いついたのか?」
「そうですねぇ……」
きっと僕らの本はまだまだ分厚くない。
これから刻むページのほうが多いだろう。
それでも……それでも今タイトルをつけるとしたら――――
「……いや、これはちょっと納得いかないから没で」
思いついたのは少し悲しくなる現実だった。
違うタイトルを付けられるよう、これからもっと貴重なページを刻んでいきたいと思います。
エルリットたちの本にはまだまだ続きがありますが、物語として語るのはこれで最後になります。
小説を書くのは初めてで至らない部分も多かったと思いますが、最後までお読みいただきありがとうございました。
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