221 剣姫と鋼の王子様 その3。
アンジェリカの魔法は精霊女王の不興を買ってしまったが、結果的にそれは許されることとなる。
「ふむ、どう始末をつけるか考えておったが……まぁこれなら良い見世物か」
女王の前には一本の木……にまるで同化するかのように挟まっているロイドの姿があった。
両の手は完全に木に飲み込まれ、上半身は頭をわずかに動かせる程度、下半身はジタバタともがいている。
「そっか……ランダムに飛ばしちゃうとこういうことにもなっちゃうのか」
殺傷能力のない魔法だと思ったが、これは思った以上に危険な魔法だった。
どうやら改善の余地があるようだ。
「勝手に納得しているところ悪ぃんだけどよ……助けてください」
ロイドもこうなってしまうと何もできないらしい。
でもおかげで結界の中に入れたと思えば本望だろう。
「痛っ……ちょ、誰だよ俺の尻に何してんだ!」
「妖精が悪戯好きって本当だったんだ……」
ロイドの尻には妖精たちが小さな針を刺して遊んでいる。
微笑ましい光景のはずなのにあまり直視したくない。
これが女であったなら人には言えないような展開が待っていたのかもしれないが……私は何ておぞましいものを作ってしまったのだろうか。
「さて、聞きたいことがあるのだったな、言うてみぃ」
魔法は失敗したが、どうやら精霊女王は話を聞いてくれるらしい。
でもちょっと申し訳ない気持ちもあるので順番は譲っておこう。
「お先にどうぞ」
「え、俺?」
そういえばアルベルトの目的って同じワサビだっけ。
これで私の目的も半分達成するということか。
「俺は別に……もう答えは出かかってるし、それにこれは自分で見つけるものだから」
「は?」
ここにきてアルベルトが日和っていた。
なに? 自分で探そうとしなかった私がおかしいの?
「な、何で俺は睨まれてるのかな……」
「ふん、答えは自分で見つけたらいいんじゃない?」
結果より過程を大事にするタイプとは相容れない。
「んで、そっちも何か女王に用があるんでしょ?」
「え、私もいいの?」
ジェイクは予想外だったのか、精霊女王の顔色を伺う。
「ふむ、お主の事は余も知っておるぞ。あの国で何があったのかもな……」
「そう……それなら話が早いわ」
そう言って金属片……砕けた神具を取り出して見せた。
元が槍だったとは思えないほどの残骸っぷりだ。
(あれが神具か……)
たしかにエルリットの扱っていた神力と似たものを感じる。
「この子を直してあげたいの」
「無理じゃ」
女王の即答に、ジェイクはどことなく納得いかない顔をしていた。
「別にいじわるで言うとるわけじゃないぞ? 創造神に直接生み出された余であっても、それを元通りにするのは不可能じゃ」
「そう……」
ジェイクは槍を握り、それを身動きの取れないロイドの頭に突きつけた。
「ちょ、待てって、俺は知ってそうなやつとしか言ってねぇだろ!」
二人の事情がなんとなくわかるやり取りだ。
唆されたんだろうな……。
「そもそもそれは神の遺物じゃぞ、直せるわけが……いや、再構築ならできんことはないか」
「再構築……?」
女王が何かに気づくと、ジェイクは槍をロイドの首に立て掛けて再び女王の話に耳を傾ける。
「え、何でここに置くの……」
わざわざ刃を当てている辺り本気で嫌われているようだ。
でも見たところ安物だし、切れ味もあまりよくないようなので放っておいていいだろう。
「元通りにはできんが、再び神具として構築し直した前例ならある。ただ……それをできる者がちと面倒なやつでのぉ」
そこで女王はチラリとロイドに視線を向けた。
「ん? あぁ、ひょっとしてあいつか? そりゃたしかに面倒だ。そもそも神出鬼没すぎて今頃どこにいるのかさっぱりわからん」
「それってもしかして……」
二人の会話を聞いて、ジェイクもどこか思い当たる節があるようだった。
「そのもしかしてだよ。神殺しのユーリ……俺でも居場所の見当がつかん」
「そう……それじゃあ私はこれで。教えてくれたこと、感謝するわ」
ジェイクはロイドに立て掛けた槍を持ち、背を向けて歩み出した。
その足取りは、森に足を踏み入れた時よりもどこか力強い意志を感じる。
「一緒に行かなくていいの?」
「あの分ならもう俺は必要ないな、縁がありゃまた会うこともあるだろ」
この時から、ジェイクの長い旅路は始まった。
アンジェリカが直接会ったのはこれが最後だが、いずれ風の噂で聞くことになる。
槍を極めるなら蒼天流。
教えを乞うなら甘い物を持って行け。
冗談のように思えるが、その手にある神槍は本物であると――……。
「一緒に行かんでもよいが、そのマヌケな姿ももう見飽きた。お主もさっさと出ていけ」
精霊女王は身動きの取れないロイドに手をかざした。
「ちょ、それはいいけどまだ心の準備が――――」
ロイドの姿が音もなく消える……それも同化していた木ごと消えた。
(……冒険した結果だから、冒険王もきっと満足でしょ)
アンジェリカは、彼のその後をあまり深く考えないようにした。
なんとなくだが、またどこかで会うような気がする……。
ジェイクとロイドが森を出た後、最後のアンジェリカは精霊女王と共に森の奥地へと進んでいった。
「ここって私が入ってもいい場所なのかしら」
どことなく神秘的な雰囲気を感じる。
エルリットたちはこんなところで一泊したのか……。
「昔のお主であればお断りだったかもしれんな」
「あら、会うのは今日が初めてのはずだけど?」
少し前を歩いていた女王が、ピタリと足を止め振り返る。
「基本的に干渉はせぬようにしておるが、これでも余は世界の監視を任されておるのでな。……まぁ、時折例外がおって困ったものじゃが」
なんとなく例外というのが誰かわかった。
それに、多分この女王はホントに監視をしているだけなのだろう。
「ふーん……今の私なら大丈夫なの?」
「そうさのぉ、宙ぶらりんだった器が定着してくれたおかげでこちらとしては一安心じゃ」
膨大な魔力を得た今より、輪廻の融合を行う前の自分のほうが厄介だったらしい。
「もう一人似た力を持つ者はおるが、あちらもなるようになってくれたしの」
「ミンファのことかしら。同じ魔王の器でも随分系統は違うようね」
少なくとも私は悪魔を作り出すなんてできない。
でも……ミンファのことを思い出すと、これから聞く内容に少し勇気が持てた。
「……それで、私ってこのまま存在してもいいの?」
軽い口調で尋ねたものの心拍数が上がっていくのがわかる。
定着したとはいっても、この力はどう考えても異質だ。
「誰かにダメとでも言われたのか?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
「じゃあ別にいいのではないか?」
「そういうものなの……?」
じゃあ魔王の器ってなんやねん、とツッコミたくなった。
スルスルと蔦が伸び、あっという間にテーブルと椅子が出来上がる。
そこに女王は腰かけると、お茶を飲みながらくつろぎ始めた。
「これも時代の流れよのぉ。今のご時世、魔王程度でどうにかなる世の中でもあるまいて」
「魔王程度……」
アンジェリカの分の椅子とお茶も用意してある。
座れということか……魔王程度だから歓迎されているのか。
「よく考えてもみぃ。仮にお主が世界征服を目論んだとして、それは可能か?」
「……無理ね」
世の中異次元な強さを持つ者が多い。
旅立つ前にもお姉さまにあっさり敗れたばかりだ。
そりゃ魔王程度という扱いにもなるか。
「ガッカリしたか?」
「んー……そういう感じではないかも」
以前の自分ならもっと力を欲していただろう。
でも過去の自分を受け入れた今、欲しいものはもっと漠然としている。
「聞きたいことはそれだけか?」
いや、一つだけはっきりしている物があったな。
「……ワサビって知ってる?」
――――――
――――
――
アンジェリカは森を出て、さらに北の鉱山都市ミスティアを目指すことにした。
丁度良いから視察もしておこう。
心なしか、森に入ったときよりも足取りは軽い気がする。
「聞きたいことは聞けたのかい?」
「まぁ大体は」
なぜか自然とアルベルトは隣を歩いている。
不快感があるわけではないので別に構わないが、一体どこまで付いて来る気なのだろうか。
(……ま、飽きたらどっか行くでしょ)
それまでは丁度良い話し相手がいるとでも思っておけばいい。
「あ、鉱山都市の前にちょっとワサビ採っていくから」
「それがあると生の魚がもっと美味しく食べられるんだっけ? ちょっと楽しみだな」
また港町まで行く予定ができているような口振りだ。
私自身は冒険者ではないが、こんな旅も悪くない……のかな。
「私も冒険者登録ぐらいしておこうかなー」
「いいと思うよ。ついでにパーティ登録でも――――」
こうして、剣姫と鋼の王子様は気の向くままに旅を続けていった。
――数年後、二人は一緒に王都エルヴィンの地へと舞い戻る。
それが冒険の終わりだったのか、あるいは何か別の理由があったのか。
アンジェリカの口から正直に語るには、少し気恥ずかしいものがあったのだとか……。