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220 剣姫と鋼の王子様 その2。

ここは要塞都市カトラリマスより北部に位置する草原。

本来であれば大した魔物の出ない地域だったのだが、要塞都市がその機能を停止してからというもの徐々に魔物が増え始めていた。


「徐々にってレベルじゃないでしょこれ」


目の前の草原にいたのはオークの群れ……を貪るでかい蜥蜴っぽい生き物。

数が増えただけならまだしも、かなり上位と思われる魔物が出るのは異常事態ではなかろうか。


「ロックドラゴンか、珍しいね。俺も見るのは3度目かな」


アルベルトは初めて見る魔物ではないらしい。

ドラゴンというくらいだからすごく強いはずだが、さすがはAランクの冒険者というところか。


「あれって売れる?」


路銀を潤沢に持ってきたわけではないので、金になるならサクッと稼ぎたいとアンジェリカは考えていた。


「そりゃ鱗も牙も武具の素材として非常に優秀だからね……って狩るのかい?」


「もちっ!」


アンジェリカは高く跳び上がる。

ロックドラゴンもそれに気づき、上空に向かって牙を剥いた。


「すごい行動力だな……俺も見習わないとね!」


アルベルトは盾を構えロックドラゴンに突進した。

まずは注意をこちらに逸らす。

これはそれほど難しくない。

とにかく派手に突っ込んでやればいいだけだ。


「っと、いい子だ。ちょっと血生臭いけど」


狙い通り、ロックドラゴンはアルベルトの持つ盾に嚙みつく。

さて、後は上空からお姫様の一撃が――



――アルベルトは刮目する。



イメージしたアンジェリカの攻撃は光の一撃。

しかし実際はあまりにも禍々しい漆黒の一撃。

閃光のエルリットが光の柱を放つなら、こちらは闇の柱……それでもアルベルトはつい口にしてしまった。


「綺麗だ……」


闇の中で躍る金色の髪が、ただただ美しいと感じた……。



「思ったより脆かったわね。ドラゴンっていうからもうちょっと頑丈かと思ったわ」


でもメイヴィルに新しい剣を用立ててもらってよかった。

以前の剣では今の私の魔力には耐えられなかっただろう。


「たしかに竜種の中では最弱だけど、まさか一撃とは思わなかったよ」


一見捕食されているように見えたアルベルトは無傷だった。

鋼の王子様という二つ名はそういうことか。

でも……ちょっと盾でかすぎない?


「その大きな盾、邪魔じゃないの?」


ていうか絶対邪魔でしょ。

構えたら前見えないじゃん、むしろ壁じゃん。


「邪魔も何も身を守るため……ひいては仲間を守るためのものだよ。俺ならこのサイズでも取り回しに問題はないからね」


たしかに器用に使いこなしていたと思う。

でもだからといってそれを使う理由にはならない。


「その仲間とやらはどこにいんの?」


「いやそれは……そうか、今だともっと小さくてもいいのか」


アルベルトはあっさりと納得していた。


他人の意見を素直に受け入れることができるのは美徳だ……イケメン恐るべし。

ただもう一つの疑問は……まぁいいや、言ってしまおう。


「ていうか、盾って必要なの?」


もちろんこれは万人に対する疑問ではない。

相手がアルベルトだからこその疑問だ。


「身を守る為には必要だよ。キミのような戦闘スタイルだったら不要なんだろうけどね」


そう言いながらアルベルトはロックドラゴンの鱗を剥ぎ取り始める。

アンジェリカも真似しようとしてみるが、魔力で肉体を強化しないと無理だと感じた。


「いや、そういうことじゃなくてさ。何て言ったらいいのかな……その盾とあんたの体、どっちほうが頑丈なの?」


そう口にした後、アンジェリカは少し後悔した。

良く見れば彼の持つ盾には銘が入っている。

つまり量産品ではない一点物……さすがに普通の盾とは品質が違うか。


「そりゃ俺の体のほうだよ。このロックドラゴンぐらいになら噛まれても問題ないね」


笑顔で胸を張るアルベルトに対し、アンジェリカは後悔したことを後悔した。


「じゃあ盾いらないじゃん」


「……いらないかもしれない」


アルベルトから笑顔は消え、真剣な表情で自身の盾を見つめていた。


(何か思い入れでもあったのかな……)


ちょっと言い過ぎたかなと思い、アンジェリカはそれ以上は何も言わなかった。

そして黙々とロックドラゴンから素材として使える部位を剥ぎ取っていく。


(……冷静に考えたら、この牙に噛まれても平気っておかしい……よね?)


非常識な強さを持った者たちと関わりすぎたおかげで、アンジェリカの感覚もやや麻痺していた。


………………


…………


……


元帝国領の要塞都市からさらに北上していくと、西側には深い森が広がっている。

この森こそがアンジェリカにとっての目的地だった。


「ここは……地図上ではただの広大な森林地帯のようだけど」


アルベルトは地図を広げて確認する。

しかしアンジェリカも現地に来るのは初めてだった。


「私も人に聞いた話だからくわしい場所は知らないのよね」


二人はそんな会話をしながらも森の中へと足を進めて行った。


時折弱い魔物こそ現れるものの、アンジェリカは身に纏っている魔力だけでそれらを弾き飛ばす。

隣を歩くアルベルトは攻撃を受けてもまったく意に介さず、虫でも払うかのように剣で薙ぎ払った。


「これだけ広大な森なのに、魔物の数はあまり多くないね」


「そうね、これも精霊女王の加護によるものかしら」


アンジェリカの言葉にアルベルトは足を止める。


「精霊女王……?」


「そ、自然界のことなら何でも知ってそうでしょ? 多分ワサビのことも知ってるんじゃないかしら」


もちろん目的はそれだけではない……が、わざわざそれをアルベルトに話す必要もないだろう。

今回一緒に旅したのは単なる気まぐれだ。

……爽やか系のイケメンだからというのもちょっとだけある……ちょっとだけね。



けっこうな距離を歩いたところで、二人は人の気配を感じ取る。


「……誰かいる。一人……いや、二人か」


「えぇ、この距離まで気づかなかったなんて……おそらく手練れね」


二人は同時に武器を構える。

はたしてこの先にいるのは敵か味方か。

徐々に気配はこちらに近づいてきている。

それこそ話し声が聞こえてくるほどに……。


「せっかくここまで来たのにあんたが出禁ってどういうことよ」


「おっかしいなぁ、また俺なんかやっちまったのかなぁ」


アンジェリカはその二人に覚えがあった。

ただ敵か味方かと言われたら何とも言えない。


「蒼天のジェイクに冒険王ロイド……」


「え、まさかSランクの? あの二人が……?」


アルベルトは会うのは初めてだったようだ。

憧れの人物に出会った少年のような顔になっているが、はたして幻滅せずにいられるだろうか。


「おっと、妙な気配が近づいてきていると思えば第一王女様じゃねぇか。こんなところで何してんだ?」


慣れ慣れしいロイドに対し、ジェイクはこちらを警戒している。


元は敵同士だったわけだし当然の反応だろうな。

ただ、今はもう戦う理由もないのでこちらとしては敵対したくない。

魔王の器に目覚めた今の自分であっても危険な相手だ。


「精霊女王にちょっとね。そっちこそこんなところでデートってわけでも……いや、なくはないのか」


「可能性を感じるなよ! 俺にそっちの気はねぇ」


「こんなジジイ私こそお断りよ」


冗談のつもりだったが強めに否定された。

どうやら二人は特別仲が良いわけではないらしい。


「アンジェリカはお二人と知り合いなのか?」


「まぁ、ちょっと間接的に関わったことがある程度よ」


アルベルトには悪いが、直接関わったのはエルリットの方であって私ではない。

だからそんな期待に満ちた目でこちらを見るな。


『やれやれ、今日は客人が多いな』


この場にいる誰もがその気配を察知することができなかった。

木漏れ日の光が一際強くなると、それは徐々に人型を形作っていく。


「ひょっとしてあなたが精霊女王かしら? 実体ではないようだけど、こんなあっさり現れてくれるとは思わなかったわ」


『いかにも……人の子よ、何が目的でこの地に足を踏み入れた』


それはまるで森全体から語り掛けてくるような声だった。

この存在感……本物と考えていいだろう。


「目的っていうかちょっと聞きたいことがあっただけよ」


「やめたほうがいいと思うぜ。女王さんケチだから、俺らなんて結界の中にさえ入れてもらえなかったし」


それでロイドたちは引き返してきたところだったらしい。

エルリットの報告ではもうちょっと友好的な印象があったのだけど……。


『……そこの無礼な男を森の外に追い出せば聞いてやってもよいぞ』


「えっ?」


精霊女王が指差したのはロイドだった。

さすがに事情もよくわからずにそんなひどいことは……できなくもないな。


「わかったわ」


「え? えっ?」


問題があるとすれば蒼天のジェイクによる妨害か。


「ん? 別に私は邪魔しないわよ。何なら代わりに追い出してもいいけど」


「ちょっ……」


どうやらジェイクの仲間というわけでもないようだ。


「ひでぇ扱いだな……でもお前ら、ちょっと俺を舐めすぎだぜ」


ロイドはいくつもの魔道具を取り出し抵抗の意志を見せる。


そう……腐っても彼はSランク冒険者なのだ。

だからアンジェリカも本気で相手をすることにした。


「これ……まだ未完成の魔法なのよね」


というか初めて使う。

星天の魔女ルーンが使っていた転移魔法をもっと簡素化したものなのだが、今の自分の魔力量なら強引に発動できるはず。



魔王の器なら――――それぐらいのチート許されていいでしょ!



「おいおい、何だよこのえげつない魔力量は……」


『ほう……これは興味深い』


ロイドはその異常な魔力量に後退り、精霊女王は食い入るように眺めていた。

そして、アンジェリカの声が森に響き渡る――


「――アトランダム・バニッシュ!」


対象に向けた手をギュッと捻り握る。

同時に、ロイドの姿はフッと消え去った。


(ふぅ……上手くいった)


相手をどこかへ飛ばす魔法……シンプルな上に魔力で強引に発動するので消耗が大きい。

でもこれなら命に別状はないし、人に優しい魔法のはず。


『おい小娘……なぜかあの男の気配が結界の中に移動しているのだが?』


うん……ランダムだもんね、そういうこともあるか。


「……わざとじゃないんです」


アンジェリカは、二度とこの魔法は使うまいと心に誓った……。

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