219 剣姫と鋼の王子様 その1。
「これはちょっと色々と考えさせられるな」
アルベルトは元帝国領だった地を一人で南下していた。
時折魔物に襲われるが、自分の防御力なら何の問題ない。
そう思っていたのだが、ちょっとした問題が発生する。
「俺ってこんな弱かったんだな……」
一応は剣も扱えるので攻撃自体はできる。
しかしそれは牽制等が目的であって決定力に欠けていた。
弱い魔物相手ならそれでも十分戦えるが、強い魔物相手だと明らかな攻撃力不足だった。
「この分だと北の鉱山都市で武器を新調したほうが良かっただろうか……いや、武器だけの問題でもないな」
それにもう交易都市カザールを過ぎ、さらに南の港町までついてしまった。
まだ入り口が見えてきたばかりだというのにすでに潮の香りがしている。
(ま、これもまた旅というものか)
この地を選んだのは、漁業を見たことがないという簡単な理由だった。
つまり単なる興味本位……たったこれだけの理由で行き先を決められるのも一人旅の醍醐味である。
港町に入ると、宿で荷物を置いたアルベルトはまず海辺を目指す。
そこで漁業を見れると思ったのだが、実際には船が並んでいるだけだった。
「そんな気軽に見られるものじゃなかったか……」
ならばと思い今度は食堂を探す。
魚といえばユア以外食したことがないので少し興味がある。
「生で食すこともできるというのは俄かに信じ難い話だ」
少し楽しみにしつつ活気のある町中を進んでいく。
まだ海路による交易は再開していないというのに人が多い。
そんな中、背後から女性の悲鳴が聞こえた。
「ひ、ひったくりよー!」
アルベルトだけでなく周囲の人間が皆振り返る。
視界に映ったのは、倒れた女性と走る男……状況は明白だ。
(なんて無謀な……)
この町には屈強な海の男たちが多い。
実際、同時に振り返った者たちの目つきが鋭いものに変わっている。
これなら自分の出る幕はない……そう思った矢先のことだった。
「死にたくなかったらそこをどけぇッ!」
走る男はこちらに向けて、一枚のスクロールを取り出しその封を解いた。
周囲の者たちの目つきが恐怖に変わる。
さすがの海の男たちも魔法となると話が変わってくるようだ。
そういうことなら自分が前に出るべきだろう。
「む、しまった。盾も鎧も宿に置いてきたんだった」
もちろん走る男は待ってはくれない。
スクロールからは炎の矢が数本放たれる。
(まぁこれぐらいなら問題ないか)
「危ねぇぞ!」
「あんちゃん何やってんだ!」
周囲の心配を他所に、アルベルトはその場から動こうとはしない。
この程度の魔法なら鎧や盾などなくても問題なかった。
――が、
「……!」
魔法はアルベルトに当たる寸前で掻き消えた。
「――んなッ!? どうなってんだよ!」
男は狼狽して立ち止まる。
そして何度もスクロールを振り回すが、当然使い捨てなので魔法が発動することはなかった。
「くそッ! 高い金払ったってのに……うげっ!」
そんな男はあっさりと屈強な海の男に締め上げられていった。
これにて一件落着……のように思えたが、アルベルトの意識は別の場所へと向く。
(今のは……)
たしかに一瞬感じた気配……あれは何らかの魔法だった。
とはいえそれは本当に一瞬だけ、今はもうその気配もない。
(一応、助けてくれたってことなのかな)
気を取り直して、食堂へとやってきたアルベルトは早速町の特産を注文する。
「これが生の魚か……」
他の客の様子を伺うと、どうやら添えられた黒いソースに付けて食べるもののようだ。
食べ方のわからなかったアルベルトは周囲の客を真似して刺身を口へと運ぶ。
(ちょっとソースが塩辛い……いや、そのための米か)
米はあまり食べ慣れていないが、この組み合わせは中々に悪くない。
うん、これは美味し――――
「やっぱりワサビがないと物足りないわね」
隣の客からボソリと不満の声が聞こえた。
フードで顔は見えないが、声から察するに女性だろう。
(足りない……か)
十分美味しいと思ったのだが、どこの世界にも食にうるさい人はいるものだ。
しかしワサビというのは聞きなれないな、それも魚の一種なのだろうか。
聞けば早いのかもしれないが、独り言の内容に触れるのもどうかと思うし……
「……なに?」
「いや、すまない。つい聞こえてしまったから……」
どうやら少し見すぎてしまっていたらしい。
女性に対して失礼だったな。
お代を払い食堂を後にすると、先程の女性も同じタイミングで店を出るようだった。
ちょっと気まずいが、こうして改めて見ると異様なのがわかる。
一見すると纏っている魔力は平凡よりやや高いぐらいだ。
しかし異様だ……これは纏っているというより押し込めているように思える。
通常ならある程度霧散している魔力がピッタリと体を覆って……
「……またあんた? さっきから何なの、人のことをジロジロと」
そこまで凝視していたわけではないが……というか妙に人の視線に敏感だな。
「す、すまない……ただ少し気になることがあって」
「気になること……?」
これはどう答えるのが正解だろうか。
あなたの魔力不自然ですよね……はやっぱり失礼だな。
人それぞれ事情があるだろうし。
「えーっと……あ、先程の料理に何か足りないようなことを言っていたのが気になって……」
「ワサビのこと? たしかにこっちじゃ珍しいか……あるとしたら和国なんだけど、復興はまだまだ先なのよね」
フードで顔を隠しているので人と関わりたくないタイプかと思ったが、あっさりとこちらの聞いたことに答えてくれた。
「別で探すのもアリだけど……うん、次の目的はそれでいこうかな」
「わざわざ探すのか……」
あれはあれで十分美味しかったと思うのだが、彼女には何かこだわりがあるようだ。
「そりゃ足りないものは探すでしょ」
「足りないものは…探す……」
自分に足りないもの、それは攻撃力だ。
わかっているなら探せばいい……でも武器だけの問題というわけではない。
はたして見つかるだろうか……。
「その……気を悪くしたら謝るが、もし見つからなかったら?」
「んーそうねぇ……自分で作るとか?」
作る……その発想はなかった。
攻撃力不足を補う方法を探し、見つからなければ自分で作ればいいわけか。
この場合作るというのは新しい戦闘スタイル……ということになるな。
「……面白いな」
自分は少し頭が固かったようだ。
「え、興味あるの?」
「あぁ、新しい世界が開けそうだ」
とはいえどうやって探したものか。
新しいスタイルを考えるにしてもそれは簡単なことではないだろう。
「ふーん……ま、同じ物を探してるならまたどこかで会うかもしれないわね。それじゃ」
最後にそれだけ言い残すと、女性は背を向けて歩み出した。
そういえばワサビという食材の話だったな。
探し物は別だし、そうなるともう会うことはないか。
「あ、魔法を打ち消してくれた件、一応礼を言っておくよ」
彼女は一瞬立ち止まりこちらを振り返るが、特に否定はせずにまた歩み始めた。
やはり彼女で間違いなかったか……。
………………
…………
……
翌日、今度は北を目指しアルベルトは旅立った。
馬車は使わずに自分の足で歩く。
考え事をする時はこのほうが良い。
「……ん?」
自分と同じように馬車を使わずに歩く姿が一つ……昨日の女性だ。
向こうもこちらに気づくと足を止めた。
「思ったより早く会ったわね」
「早めに行動に移すタイプなんだ。といっても、はっきりとした目的地が決まっているわけじゃないけどね」
自然と彼女の隣に並んで歩き始める。
「そりゃ闇雲に探すのは大変でしょうね。私はアテがあるけど…………一緒に来る?」
「いいのかい? 助かるよ」
そこでアルベルトは一度足を止める。
こういうのはしっかりやっておいたほうがいいだろう。
「俺の名前はアルベルト、一応Aランク……いや、ただのアルベルトだ」
差し出された手を見て、彼女は少しだけ躊躇していた。
名乗りづらい理由でもあるのだろうか。
「これが陽キャか……まぁいいわ。私も、ただのアンジェリカよ」
そう言ってフードを取った彼女は、アルベルトもよく知る人物だった。
「って、アンジェリカおう――
「ただのって言ってるでしょ! 空気読みなさいよ!」
――こうして、目的の違う二人は同じ目的地へと向けて歩き始める。
一先ずは、北を目指して……