217 女性への贈り物はいつの世も難しい。
エルラド大迷宮のおかげで、ロンバル商会は以前以上に繁盛していた。
相変らずジョーク商品の反応はイマイチだが、実用品は飛ぶように売れている。
しかし、そんな現状を面白く思わない者がいるのもまた商売というものである。
「暇ですぅ……」
チロルは本部の倉庫で在庫確認……をしている人を眺めていた。
大繁盛の商会は本来なら人手不足で大忙しになりそうなものだが、人材派遣メインの商会が誕生してからというものいよいよもってチロルの仕事はなくなってしまった。
(なんだか先を越されてしまったような気分ですぅ……)
人材の紹介ぐらいならロンバル商会でも以前からやっていたものの、あくまで紹介ではなく派遣……賃金は派遣商会に支払っている。
紹介料と違って中抜きで継続的な収入にも繋がるのだ。
利用する側としてもお試し感覚で人を雇えるのでありがたい。
「そういうことならぁ……」
これだけ余裕がある状況なのだ、ちょっと行商に出て見聞を広めるのも悪くないだろう。
「悪いに決まっとるだろ!」
「ヒェ……」
突如背後から大声で怒鳴られる。
いつまにか背後に立っていた父が怒り心頭という様子だった。
「まだ何も言ってないのにぃ」
「ほう、じゃあ何を言うつもりだったんだ?」
ロンバルの鋭い眼光がチロルを射貫く……が、効果はなかった。
「ちょっと行商に行ってきまぁす」
「だからダメに決まって……いや、あの場所なら……」
珍しい父の反応にチロルは首を傾げた。
◇ ◇ ◇ ◇
オルフェン王国が落ち付きを取り戻すのに、さほど時間はかからなかった。
人々はまた日常に戻り、新体制となった教会にも信徒たちは戻って来た。
ただそれも表向きの話である。
信心深い者は神にすら牙を剥く魔女を恐れ、王位を継いだクロードはエルラド王国にあっさり降った腰抜けと呼ばれた。
しかし謀反を企てる者はいない。
反乱分子が早い段階で排除されたことも大きいが、何より変わらぬ日常とエルラド王国からの技術的支援が大きかった。
「研究者たちは口を揃えて言う、アンジェリカ王女は革命の乙女だと……」
そんな記事を読みながらサンドイッチを頬張ると、ハムと濃厚なマヨネーズの満足感が口いっぱいに広がる。
一部分だけ盛った詐欺サンドじゃないのは嬉しい。
それでいてくどいと感じさせないのは、新鮮なレタスのシャキシャキ感が――――
「行儀悪いでエル」
ちっこいメイドに新聞を剥ぎ取られた。
「おかしい……なぜアンジェリカさんの評判は徐々に上がってるんだ」
それに引き換え、未だに僕は魔女として恐れられている。
一体僕が何をしたって……色々したな。
「アンジェは現国王との繋がりを上手く使ったな」
「オルフェン王国としても、得られるもののほうが大きかったみたいですね」
リズはコーヒーを、シルフィはミルクティーに口をつける。
良い香りがこちらまで漂って来る……よし、僕はカフェオレにしよう。
「ま、平和そのものやしなぁ」
メイさんは宿の窓から外の景色を見渡した。
僕らは今、オルフェン王国の王都オルファリアスに再びやってきていた。
これといって重要な目的があるわけではない。
あの後どうなったのか気になるというのはもちろんあるが、純粋に冒険者としてこの国を訪れたかったのだ。
さすがに依頼を受けると目立つので王都では観光程度に抑えるつもりではある。
(ジギルも手は回してくれてるみたいだけど、ここはさすがに人が多すぎるよね)
それに一応正体を隠すための変装も考えてある。
でも……この考えは改めるべきだった。
「さて、出掛けるとするか」
リズはローブを羽織り、杖を手に取った。
魔法使いっぽい装備ではあるが、リズが少し力をいれれば杖は一瞬で粉塵と化すだろう。
「剣というのは背中……いや腰に装着すればいいんですかね?」
シルフィは鉄製の剣を手に取り戸惑っていた。
ちゃんと鞘には入れておこうね……。
「ドワーフに槍は相性最悪やわ」
メイさんは自身の身長の倍はありそうな槍を背負う。
たしかに歩きにくいだろうな。
ここまでくればおわかりだろう。
変装として考えたのは、全員の職業を入れ替えることである。
つまり僕の変装衣装は……
「またこれを着る日がくるとは……」
………………
…………
……
相変らず王都の街中は人が多い。
そんな場所をこんな格好で歩いたら嫌でも目立つ……そう思っていた時期が僕にもありました。
「メイド服ってそんなに珍しくないんだなぁ……」
たまに同じような服装の人を見かける。
おかげで特に注目を浴びるようなことはなかった。
それにまったく正体がバレる様子もない。
(髪型弄ったのとメガネの存在も大きいのか……?)
この辺りはやはり変装の基本である。
ただ……この服装で一人は非常に心細い。
「見事に皆目的がバラバラなんだもんな」
おかげで僕も好きな場所を見て回れるので不満は言うまい。
もちろん行きたい場所は決まっている。
「いざ、Bランクグルメ通りへ!」
しかし僕の足は進まない。
なぜなら……場所がわからないのだ。
「……そもそも外壁がないせいで東西南北もわかりにくい」
以前は背の高い外壁が遠くに見えたのに……。
「あんたもそう思うかい? まぁ悪いことばっかりじゃないんだけどねぇ」
「恨むなら魔女を恨むんだね」
「でもあんまり声に出さない方がいいよ。三度目の逆鱗は街が吹き飛びかねん」
「キミと僕の間の壁もないようなものだと思わないかい?」
「教会に問題があったらしいけど、実際はどうなんだか」
僕の声が聞こえていたのか、近くにいた人も愚痴を漏らしていた。
……一人よくわかんないのがいた気がするけど。
「魔女の逆鱗かぁ……」
……その節は申し訳ございませんでした。
都会の喧騒の中、ひたすらに勘で足を進めて行く。
おそらくだが、自分の読みが正しければBランクグルメ通りは屋台がメインのはずだ。
つまり、それなりに広い道が必要になってくる。
「……まぁ間違ってはいなかったけど」
結果、たしかに屋台の多く立ち並ぶ広場へと辿り着いた。
しかしこれといって食欲をそそる香りは漂ってこない。
「これはどう考えてもただの市場だよなぁ」
グルメになる前の素材なら手に入りそうだ。
(ま、せっかくだし……)
のんびりと歩きながら市場を見て回ることにした。
ここは自分の店をもたない行商人がメインなのだろう、珍しい工芸品なども多く見かける。
(あれは装飾品か)
指輪や腕輪、それにネックレス等の並んだ露店の前で足を止める。
思えばリズやシルフィにこういったものを贈ったことがなかった。
(ちょっと高いけど、宝石メインの高級店よりデザイン勝負って感じかな)
今なら2点以上お買い上げでオマケも付いて来るらしい。
こういうサービス精神も露店ならではだな。
それに商品を眺めていても店主は声をかけてこない。
帽子を深く被っていて顔も良く見えないが、これなら視線も気にならないし落ち着いて選べるのでこちらとしても助かる。
(指輪はサイズわかんないし危険だな)
メイさんに任せれば調整してくれそうだが、女性への贈り物を最初から人任せというのもなんだかな。
ということでネックレス辺りが無難か。
「手に取って見ても?」
「ご自由にどうぞですぅ」
店主の返事は妙に間延びした声だった。
……どこかで聞いたことあるような気がする。
(お、これ肌触りいいな)
チェーン部分の造りが丁寧で金属のような触り心地ではなかった。
デザインだけでなく品質も良いようだ。
(こっちのほうはシルフィに良さそうな気が……)
さらに隣に陳列されたネックレスは、シルフィのプラチナブロンドの髪と色合いが近い気がする。
そう思い手を伸ばすと、隣にいた他の客と手がぶつかってしまった。
「あ、すいません」
「いや、こちらこそすまない」
お互いに手を引っ込めるが、ちょっと気まずい。
それにしても、こちらもまた聞き覚えのある声だ。
外套で服装はよくわからないが、先程見えた左手の薬指には高価な指輪が……
「……クロード王子、こんなところで何してんですか」
このこそこそした感じ、以前尾行してきた時とまるで同じじゃないか。
「人違いではないか? 私はクロード王ではない」
フードを抑えて顔を隠してはいるが、焦っているのがわかる。
「あぁ、そういえば今は王様でしたね」
「…………」
静寂は答えだった……。
………………
…………
……
「なるほど、カトレアさんに贈り物を……それならもっと高級店とかに行ったほうがいいのでは?」
「生憎カトレアはそういうのに興味がなくてな、こういう店ならもしかしてと思ったのだ」
思いのほか健気でかわいい理由だった。
これは茶化すのもちょっと違うか。
「そちらこそいつの間にこっちに来ていたのだ。それもそんな使用人のような格好で……」
「そりゃまぁ堂々と来たら大変なことになるので」
すでに指名手配は撤回されているものの騒ぎになるのは避けたいからね。
「それは……すまない、いつかまた王女として堂々と来訪できるよう王として努力しよう」
そんなつもりはなかったのだが頭を下げられてしまった。
あと王女として堂々とは勘弁願いたい。
そもそも性別ってもうごまかす必要ないよね?
「伝え忘れていたかもしれませんが、僕男ですよ」
「……は?」
クロード王は口を開けたまま固まった。
そして僕を上から下へとなぞるように何度も見直した。
「こんな格好で言っても信じられないかもしれませんが……」
「その格好じゃなくても信じられないが」
それは一体どういう意味だろう。
「つまり、正確には王女ではなく王子だと……?」
「それはそれでちょっと嫌ですけど、そういうことになりますね」
「冗談にしては面白くないな」
「苦情はエルラド王にお願いします」
でも最初から王子扱いだったら王位継承権的にもっと面倒なことになってたなと思う。
「……何か複雑な事情があるということか」
「え、あ……うん、そうですね」
エルラド王の身から出た錆だけどね。
「ということで、男同士一緒に女性への贈り物でも考えましょうか」
「あ、あぁ……男同士か」
この反応はおそらく半信半疑だな。
すると、それまでほとんど口を開かなかった店主が帽子を脱いだ。
「ふふふぅ、話は聞かせてもらいましたぁ。お客さぁん、そうやってみると仲睦まじい恋人同士に見えますよぉ」
「どの部分を聞いたらそうなるのかなチロルさん」
やっぱりこの間延びした声はチロルさんだった。
こんなとこで何やってんだこの人……。
その日の夜、僕は初めて女性に装飾品を贈った。
すごい今更感はあるが喜んでくれると嬉しい。
まずリズに用意したのは白銀の腕輪。
ほとんど白と言っていい色合いで、まるで僕の白髪のようだ。
こういうのってちょっと照れるな。
「エル、この腕輪は軽すぎるのだがトレーニング用じゃないのか?」
……照れる必要はなかったようだ。
リズにはアンクルウェイトのほうが良かったか……。
気を取り直して、シルフィに用意したのは白銀のピアス。
プラチナブロンドの髪からチラリと見える白銀は相性も悪くないはず。
これまた白銀である理由はちょっと恥ずかしいので割愛しよう。
「これは銀製ですか。悪魔討伐の予定は特になかったと思いますが……」
……なんだか一人で恥の上塗りをしている気分だ。
仮にその予定があったとしてピアスをどう使うつもりなのだろうか。
そしてメイさんは二人への贈り物をジッと眺めていた。
(……なんだか嫌な予感がする)
他にも装飾品を扱っている露店はあったのだが、チロルさんの店は素人目でもわかるほどに出来の良い商品が多かった。
つまりだよ……
「これウチがロン坊の商会に卸したもんやないか」
一瞬立ち眩みで足元がふらついた。
世界は思ったより狭いのではなかろうか。
「んで、ウチには何を買うてきてくれたんや?」
「え……?」
メイさんは期待に満ちた目でこちらに手を差し出した。
この流れで作った張本人が何を期待するというのだろうか。
「いや、メイさんには特に……」
「あ?」
ないと答えかけた言葉を飲み込んだ。
期待に満ちた目からは殺気を感じる。
(どうしよう……メイさんには何も買ってないよ)
僕は藁にも縋る思いで小さな紙袋を取り出した。
「なんや、あるやないか」
「も、もちろんですとも」
正確には買った物ではない。
2点購入によるただのオマケだ。
中身はまだ見てないので僕も知らない。
でもあまりにも小さな紙袋だし、ほとんど重さを感じないので金属製品ではないと思う。
さらにはチロルさんのつけたオマケだからな……鼻から期待なんてしていない。
メイさんが紙袋を開けると、中からはおもちゃのような指輪が出てきた。
造りも安っぽいし、くすんだガラスが宝石の代わりに付いている。
(商品との格差が……)
オマケとはいえ突然子供向け商品になってしまった。
これは怒られるぞ……。
「……エルの気持ち、ようわかったわ」
「そうですか……わかってしまいましたか」
メイさんの顔を見ることができない……だって怖いもん。
「ま、まぁ末永くよろしゅうな」
「はい…………はい?」
ようやく見ることができたメイさんの表情は、どこか照れくさそうに視線を逸らしていた……。