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216 エルラド王国の冒険者たち。

以前は第3遺跡と呼ばれていたエルラド王国内の遺跡は、今ではエルラド大迷宮とその名を変えていた。

どこまで潜っても底の知れない大迷宮……それは冒険者にとって自身の実力を試す場でもあった。


「でもその真実は国家機密よね……」


マリオンは迷宮の最深部で鈍い光を放つ魔石を隅々まで点検していた。


(くやしいけど、これは真似できそうにないわ)


言ったところでどれだけの人が信じるだろうか。

元は第3遺跡だったこの迷宮が、星天の魔女ルーンによって管理されているなどと……。


「ま、実際の管理はこっちに丸投げだけど」


国公認なので、こうして簡単な点検をするだけでそれなりの収入にもなる。

脛に傷を持つ自分にとってはうってつけの仕事だろう。


「各階層の魔力濃度も問題なし」


後は報告書を書いて提出するだけである。


(さて、帰って研究の続きか……でも最近行き詰ってるのよね)


慣れた作業のように、考え事をしながら迷宮の外へと転移する。


この転移魔法も自分のものではない。

私はまだ肉体を転移させることはできないのだ。


「それに引き換え、あのちびっこいのは……才能が憎らしいわ」


先生はミンファという子供に対しては、それはもう丁寧に優しく魔法を教えている。

ちょっと納得がいかない……いや、あの魔力量は私が教える立場だったとしても慎重になるか。


「よっと……相変わらず冒険者に大人気ね」


転移後、迷宮の入口付近へ行くと今日も多くの冒険者たちが行き交っているのが見える。

活気があって何よりなことだ。


「あら、あの男中々悪くないじゃない」


サラサラの栗毛に整った顔。

ちょっと優男な印象もあるが、重厚な盾の存在が力強さを感じさせる。


「でもなんか……疲れた顔してるわね」


それも肉体的というよりは、どこか精神的なものに思えた。


………………


…………


……


エルラド王国内でもその名が知られているエターナルは、大迷宮でも順調に成果を上げていた。


しかしアルベルトはどこか焦りを感じ始める。


(稼ぎだけを考えれば以前より稼げているはずなんだけど……)


大迷宮とその名を変えてから、どことなく中の雰囲気も変わってしまった気がする。

それが決して悪いとは言わないが、少しだけ違和感が付きまとっていた。


(新しいメンバーとの連携も悪くない。順調……のはずだよな)


不安があるわけでもない。

なのに一体自分は何に焦りを感じているのだろうか。


「アルベルトさん、今日の私の動きはどうでしたか?」


「え……あぁ、良かったと思うよ」


臨時で入っていたシルフィーユの後釜も、ヒーラーとして優秀な人材だった。

ランクはまだCランクだが、治癒だけでなく支援も行えるとくれば歓迎するほかない。


「最近何か暗い感じがするよな」

「そうね、どこか上の空というか……」

「ああいう表情も人気らしいぞ」


割と顔に出てしまっていたらしい。

パーティメンバーには心配をかけないようにしておかないと。




その日の夜、アルベルトは一人で街中を歩いていた。


(以前に比べると夜もかなり賑やかになったな……)


街の中心部とはいえ、以前はもう少し大人しかったものだ。


人が増え、文化や街並みも少しずつその姿を変えていく。

これならオルフェン王国の王都にも引けは取らないだろう。


(もう少し静かな場所は……)


自然とその足は住宅街方面へと向かって行く。

中心部から外れていくと、徐々に落ち着いた店が多くなった。


「ここは……」


【老後の嗜み】と書かれた看板が目に付いた。

灯りはついている、入ってみるのも一興だろう。


扉を開くと乾いた鈴の音が鳴る。

見た感じ喫茶店のようであり、バーのような雰囲気もある店だ。

悪くない店だが、他に客の姿はない。


すると、店の奥から一人の女性が顔を覗かせた。


「悪いね、今日はもう店じまいなんだ」


「そうか……」


どこかで見覚えのある店員だが思い出せない。

この魔力の気配も知っている気がする。


「ん? あんたはたしか……」


向こうもこちらを知っているようだが……ダメだ、思い出せない。


「失礼、どこかでお会いしたことが……?」


「あぁ、いや……覚えてないならいいよ」


少し引っかかる言い方だ。

しかし閉店時間ということなら長居するほうがもっと失礼だろう。


「まぁそういうことなら……ちなみにここは何時までの営業で?」


カウンターの奥にいくつかワインの銘柄が見えた。

酒も扱っているなら閉店するには少し早い気がする。


「それがちょっと不安定でね。最近旦那が忙しくて、その日にならないとわからないのさ」


「なるほど、じゃあまた今度来てみるよ」


どうやら旦那さんが店主らしい。

そういうことなら仕方がない、別の店を探すとしよう。


「……なんか悩み事かい?」


女性の声に、店を出ようとした手がピタリと止まる。


「いえ、俺は……」


「ボトル一本分なら話聞いてあげるよ」


この場で話すことなんてないはず。

そう思ったはずなのに、一度止めた手を動かすことができなかった……。


………………


…………


……


少量ではあるが、酒が入ったからだろうか。

話すことなんてなかったはずなのに、自分の胸につっかえていたものを少しずつ吐き出していった。


とはいえ、自分でもわからないものなんてどう話したらいいのかわからない。

冒険者として充実した自分の中にある違和感……赤の他人に話したところで意味不明だろう。

だから口にした内容は中々に支離滅裂だったと思う。


「……若いねぇ」


こちらの話を聞いて女性はそう答えると、グラスの中身をグイッと飲み干した。

……というかもうボトルの8割方は飲まれた気がする。


「若い……か」


年上がよく使う核心には迫らない便利な言葉だ。

でも卑怯とは言わない。

事実、自分はまだ若いのだろうから……。


しかしその後に続いた言葉は、あまりにもアルベルトの心にストンと落ちた。


「優男に見えるけど、けっこうな野心家なのかもね。あんたは今の自分に満足できてないのさ」


「満足……」


どこかズレていた心の歯車が、カチリと嵌った音がする。

そうか――――充実はしているのに、どこか自分は満足できていなかったのか。


「そうか……そうだったんだ」


自分の手を見つめ、ギュッと強く握りしめる。


若くしてAランク冒険者まで昇りつめたが、それから成長を感じた瞬間などなかった。

だというのに、あっさり自分のいる場所を超えていく者たちがいる。


ローズクォーツの3人が良い例だろう。

多分自分は、その中の誰にも勝てない。

同じAランク冒険者だというのに……。


「なんだ……思ったより俺は負けず嫌いだったのか」


気づいた今ならはっきりと口にできる――――


「もっと高みへ……」


冒険者になりたての頃の感覚が戻ってくるのがわかる。

このワクワク感……いてもたってもいられない。


「ありがとう、おかげで決心がついたよ」


そう言い残し、アルベルトは勢いよく店を後に――


「ちょっと、お代は?」


「…………いくらですか?」


ちょっとだけ冷静になってお店を後にした。


――――――


――――


――


決意してから三日後の朝、アルベルトは一人王都を発つ。


今の彼に続く者はいない。

エターナルのメンバーとは、袂を分かつことになった。


『俺は反対だ。これ以上何を望むというのだ』

『私も反対ね。どうしたのアルト、らしくないじゃない』

『そうだよ、悩みがあるなら聞くよ?』

『アルトはたまに頑固なところがあるからな。日が経てば落ち着くだろう』


反応は予想通りではあった。


新しく入ったヒーラー以外は皆同じ村の出身で気心も知れている。

意見に従うだけのメンバーじゃなくて良かった。

だから……これは自分のわがままだ。


俺は――――エターナルを脱退した。


見送りはない。

脱退も半ば強引に行ったことだ。

しばらくは許してもらえないだろうな……。


「……さて、とりあえず東でも目指してみるか」


一人で歩く街道は初めてで、不安と共にどこか胸が躍っていた。



エターナルのリーダー脱退は瞬く間に王都中の話題になる。

いなくなった彼を惜しむ者もいれば、これをチャンスと考える者もいた。


「どうせ抜けるなら月華に来ればいいのに」

「そういうツバキも最近冒険者として活動してませんよね?」


「そうか、アルベルトが……あいつは俺とキャラが被っていると思ってたんだ。ふふふっ……これから俺の時代が来るぞ」

「カマスさん、頭ズレてるっす」


数年後、彼は再びこの地に戻ってくることになる。

その時待っているのは嘲りか、あるいは賞嘆か……。

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