212 次世代の光。
私には愛した者がいる。
彼は幼馴染で武勇に優れ、辺境伯の立場でありながら私を受け入れてくれた。
そんな彼に愛された私は自信をもって幸せと言えるだろう。
――にも関わらず、どこか心の中に引っかかるものがある。
得体の知れぬ不安、それも払拭できないほどに深い……。
貴族である彼には立場があった。
私が正室になれないのは仕方がない。
このことには不思議と心乱されることはなかった。
彼の子供を身籠ったことが大きかったのかもしれない。
名前を考えておかないと……。
お腹の子の存在が、私の中にある不安を忘れさせた。
しかし――――それも長くは続かない。
私の中にいたのは子だけではなかった。
もう一人……私がいる。
それは不安の正体であり、憎悪に染まった過去の自分だった。
彼女は紛れもなく私だ。
そう自覚すると、混ざり合うような感覚を覚えた。
しかし何かが足りない。
混ざり合った意識が、表へと出る前に深い眠りに落ちていく。
落ちていかないのは決して消えない憎悪だけ……。
あぁ誰か……私を止めてほしい――――
――――――
――――
――
「見ろよマリアーナ、あれが俺とお前の子……エルリットだ」
独り言のように呟いた彼は、こちらではなく空を見上げていた。
たしかに綺麗な光だ、見惚れるのも仕方がない。
この光の中にいると、消えようのなかった憎悪が洗い流されていくようだった。
「……エル……リット」
あぁ駄目だ……今はまだ瞼が重い。
だが以前とは少し違う。
これは身を委ねてもそう長くない眠りになる……そう確信して瞼を閉じた――――
「ん? ……気のせいか」
エルラド王は、その手に抱くマリアーナの声が聞こえた気がした。
それは気のせいだと思いつつも、どこか血色がよくなったようにも見える。
「こりゃ俺も仕事をしないと」
エルリットが勝つこと前提で今後の方針を固めていく。
ちょっと忙しくなるが、我が子二人の舞台だと思うと今すぐにでも一緒に立ちたくなった。
「……ま、脇役だがな」
やがて一際大きな閃光が王都を包み込む。
そしてエルラド王は確信した。
これは終わりの光ではない、次世代の始まりの光だと……。
(さて、俺の役割は……一先ず王城か)
マリアーナは抱いたままというのも締まらないが……いや、丁度いいのかもしれない。
我が子二人は悪名を被ることに躊躇がなかった。
ならば自分もそうであろうではないか。
「少しだけ力を貸してくれ、マリアーナ」
彼女の魔神として威を借りるとしよう。
こうして、エルラド王は戦う覚悟を決めて王城を目指した。
すでに王城内の粛清が終わっているとも知らずに……。
◇ ◇ ◇ ◇
僕がクレストを埋葬し終わると、魔法陣を観察していた師匠が飛翔し周囲に視線を向ける。
「ん……人が増えてきたわね。4人は私が運んであげるから、さっさと次行くわよ」
リズたち4人の体がフワリと宙に浮く。
僕は自分で飛べってことか……。
「そういえば聖剣は……」
すでに自分の中にその力がないことには気づいていた。
しかし武装が解除されたにしては、それらしい物がどこにもない。
(……精霊の力とやらもまったく感じなくなったな)
軽く飛翔してみるが、自分の中に感じるアーちゃんの存在も以前通りである。
試しに分体を一体出してみるも、そこからも魔力以外の流れを感じなかった。
「……ま、今まで通りならそれでいいか」
それよりも集まりだした視線が痛い。
そりゃそうか……信徒の人たちからしてみれば僕は大罪人だろう。
「ん? 次……?」
たしかに師匠は「次」と言ったな。
はて、この後どこかに行く予定なんてあったか……?
「教会落としたんだから、次は王城でしょ」
「えぇ……」
これ以上僕に罪を被せないでほしい……。
………………
…………
……
僕が直接何かしたわけじゃないが、すでに王城には風穴が空いている。
さらにそこから見えた謁見の間に血の跡がいくつも……
「……師匠?」
「私じゃないわよ」
まぁそうだよね、師匠なら血の跡すら残さないだろうし。
ゆっくり降下していくものの、人の姿は見えない。
……いや、玉座の後ろに誰かいるな。
「ってメイさんか」
「んぁ?」
メイさんが玉座の後ろで胡坐をかいて何かを作っていた。
なぜかちょっと焦げ臭い気がする。
「こんな所で何を作ってんですか」
「そらちょっと答え辛いわ。ただここなら失敗しても大丈夫や思うてな」
結局何もわからなかった。
「ところで他の人は誰もいないんですか?」
「んー大体会議室におるで、今後の方針でも話合っとるんとちゃうの?」
会議室にいるメンバーの名前を、指を折り曲げて数えながら答えた。
クロード王子とカトレアさん、後はセリスさんと……エルラド王もいるのか。
ヤマトさんとヴィクトリアさんは「家に帰る」と言い残して王都を後にしたそうだ。
Sランク冒険者ってマイペースな人しかいないな……。
「じゃあ大体皆揃ってるんですね……で、師匠はさっきから何を?」
「帰る準備に決まってんじゃない」
師匠は謁見の間に大きな魔法陣を描き始めていた。
おそらく大人数用の転移魔法だろう。
なるほど……わかってきた。
多分この後の展開は面倒なことになるから早く帰りたいんだな。
すると、いつの間にか目を覚ましていたのか、アンジェリカさんが壁にもたれつつ立ち上がった。
「悪いけど、私の仕事はまだ終わってないの……今帰るわけにはいかないわ」
そう言いつつも、足元はふらついている。
こんな状態で置いていくのはちょっとね……。
メイさんは……こっちに振られても困るって顔してるし、師匠はちょっとイラついてそうだ。
でも無理矢理連れて帰ったら今度はアンジェリカさんの機嫌が悪くなりそうだしな……。
「ま、たしかに国を担う者としての仕事はここからが本番だ」
聞き覚えのある声が謁見の間に響く。
そこにはマリアーナさんを抱いたエルラド王の姿があった。
「今のところ事前に決めていた通りの内容で進めているがね」
その後ろにクロード王子とカトレアさんが続く。
事前に決めていた内容……僕はまったく聞かされてないけど。
多分こっちに有利な条件で事を収めるつもりなんだろうな。
「あれ? 王様は……?」
「父上ならすでに退位したよ。強引に王位を継ぐことになったが……まぁ悪評は覚悟の上だ」
クロード王子はカトレアさんの手をそっと握る。
……急にいちゃつかないでよ。
「無論教会の件に関しては事実を報じるつもりだ。しかしこの国は特に信徒が多い、確執は長く残るかもしれんが……なに、世代交代には丁度いいだろう」
そう言って、エルラド王は僕とアンジェリカさんを見て笑みを浮かべた。
しかしそれが気に食わなかったらしい。
「……やっぱ帰るわ」
アンジェリカさんはスッと方向転換して魔法陣の上に乗った。
「ん……?」
エルラド王はそれが何を意味するのか理解できずに固まる。
「じゃあ僕も……ほら、帰りますよメイさん」
「せやな、もうちっと乾燥したとこやないとあかんわ」
メイさんだけちょっと理由が違うようだが、リズとシルフィ、それにアゲハさんも魔法陣の上に寝かせている。
これで帰るのは全員かな。
「あっ、そうだ……ここに残すと面倒ですし、僕が連れて帰りますね」
「あ、あぁ……え?」
困惑したエルラド王の腕からマリアーナさんを受け取る。
見たところ魔神の力は戻っていないようだが、このままここにマリアーナさんを残すのは大問題だろう。
「じゃ、起動するわよ」
師匠の指を弾く音が響くと、魔法陣が淡く光り出す。
(別れの言葉はいらないか、やり残したこともあるしまた今度お忍びで来よう)
政に口を挟む気は元からないが、カトレアさんが何か言いたそうに見えた。
多分あれのことかな?
「カトレアさん、契約書は処分済みですんで」
一応犯罪奴隷だったわけだし気になるよね。
これでホッとした顔に変わる……と思ったがそうでもなかった。
「父は……父はどのような最期でしたか?」
鋭い目つきがさらに鋭くなった。
正直ちょっと怖い。
「本人じゃないので保証はできませんけど、満足そうでしたよ」
「そうですか……」
カトレアさんの表情が、少しだけ柔らかくなったような気がした。
「ちょ、ちょっと待て! ひょっとして全部俺に丸投げなのか!?」
魔法陣が強く発光し始めると、エルラド王はようやく状況を理解したのか慌て始める。
正直僕も王様だけ残して帰るのはどうかと思うが、何分こっちはお尋ね者なので……。
「違うだろ! ここから先はお前たち新しい世代がだな――――」
何とか説得しようとするエルラド王に向かって、アンジェリカさんは一言だけ言い残した。
「……パス」
そして光と共に皆の姿が消える。
残されたエルラド王は、力なく膝から崩れ落ちた……。