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211 戦いを終えて。

オルフェン王国の現国王は、閃光が夜空を白く染め上げる様子を見上げ、その光景に圧倒されて膝から崩れ落ちた。


「馬鹿な……教皇殿は? 教会はどうなったのだ……?」


王の言葉に応える者はいなかった。


彼の周囲を囲む重鎮たちも、同様に焦りを隠し切れないでいる。

王城内には諫める者もなく、騒然とした空気が漂い始めていた。


しかし、一人の男が力強く謁見の間に足を踏み入れたことで事態は大きく変わる。


「そこまでです父上――いや、オルフェン王!」


クロードは、カトレアとセリスを引き連れ王城へと戻って来ていた。

一応ウィリアムもいたのだが、もはや背景と化していて誰も気にも留めていない。


「神官もまだ数名残っていたか……第一王子の名において命ずる。王国兵はただちにこの場にいる神官を拘束せよ!」


クロードの声に、王城にいる兵たちは困惑した。

しかし、セリスが一睨みすると慌てて神官たちを取り押さえ始める。


「クロード……これは一体どういうつもりだ」


こちらを睨みつける父のことを、クロードはあまりにも弱々しいと感じた。

ここまで王としての威厳を失っていたのかと……。


「王国の教会はすでに邪教そのものだと判断したまでです」


「それはエルラド王国のほうであろう。あの王女二人こそ元凶だと――――」


王は、クロードの隣に立つカトレアに気づくと言葉を詰まらせていた。

そして、少し申し訳なさそうに視線を落とす。


「そうか……確信に至ったのだな?」


その言葉に、クロードは無言で頷いた。

すると、王は大きく息を吐き、王冠を玉座に置き立ち上がる。


「ふぅ……戴冠式をやっている暇もないか」


王はそのまま謁見の間を後にしていく。

これが何を意味しているのか……この場にいる者は皆理解していた。


「父上……」


久しぶりに見た父親の背中がひどく小さく見えた。


(私の選択も父とそれほど変わらぬか……)


父が国を守るため教会に与する道を選んだように、私はカトレアと国を守るためにエルラド王国に与する道を選ぶ。


隣に立つカトレアは、退室する王の背に向かって静かに頭を下げていた。

そして顔を上げると、普段通りの鋭い瞳をこちらへと向ける。


(もう後戻りはできない……そのような道もない。だが不安もたった今消えた!)


生涯の伴侶に選んだ女性の存在がとても心強かった。


クロードは王冠を手に取り胸を張る。

王は決して後悔してはならないのだ。


「殿下……いえ、陛下。神官以外にも取り押さえたほうが良いと思われる者はいかがいたしましょう」


セリスは片膝をついてクロードに指示を仰ぐ。

その姿を見て、他の近衛騎士たちも後に続いた。


「もちろん拘束しろ、選別は任せる」


「御意ッ!」


セリスは返答と同時に、隣で同じように片膝をついていた近衛騎士の頭を床に埋めた。

そして立ち上がり振り返ると笑みを浮かべる。


「さて、掃除の時間だ」


その瞬間から、セリスの独断と偏見による粛清が始まった。

対象は教会との癒着が考えられる者である。

もちろん貴族も例外ではない。


(……本当に任せても大丈夫だったんだろうか)


思いのほか対象者が多く、クロードは少しだけ先行きが不安になった。



◇   ◇   ◇   ◇



普段なら朝日と共に王都の街は活気づいていくが、この日は静かな朝を迎えていた。

その上空で、ルーンは遥か地平線を眺めている。


「見晴らしがよくなったじゃないの」


王都を囲っていた高い外壁は、まるで初めからなかったかのように消滅していた。


「さて、その元凶は……っと、あそこか」


おそらく力を使い果たしたのだろう。

魔力反応が薄くなりすぎて空から探すほかなかった。

せめて誰か一人でも気配がはっきり感じ取れればわかりやすかったのだが……。


(静かだけど、不思議と不気味さはないのよね)


ゆっくりと地上に下降していくが、街中に混乱は見られない。

ただどうしていいか困惑はしているようだ。


「気持ちよさそうに寝ちゃって」


五人共寄り添うように眠っていた。


「…………五人?」


まぁ起こして聞けばいいだけの話である。

特に目立った外傷も……いや、エルリットがややひどいか。

それでもある程度応急処置だけは施してあるようなので心配はいらないだろう。


全員に、少しだけ魔力を送り込む。

ついでに簡単な治癒を施しておいた。


「ほら、とっとと起きな」


エルリットの頭を足で小突くと、気怠そうに目を覚ます。


「ほぁ……師匠が僕より先に起きてる……夢か……」


そう言い残し、再び微睡の世界へ――――


「――いってぇ! 起きます、起きますから!」


腹部に走る鋭い痛みが強制的に意識を覚醒させる。

見れば師匠が僕のお腹を踏んづけていた。


「ひどいよ師匠、そこは刺されて風穴が……あれ?」


まだ痛みはあるが、傷口は塞がっている。

そしてすぐ側にリズとシルフィの姿があった。


「その二人に感謝するんだね」


師匠の言葉で何となく察した。

おそらくリズが僕を受け止め、シルフィが応急処置してくれたのだろう。


……二人がいなかったらと思うとゾッとするな。


「みんな大丈夫そう……?」


「あんたが一番ひどかったから大丈夫じゃない?」


なるほど、それならとりあえず一安心だ。

……一番ひどかった割には扱いが雑だったけど。


「んで、何で五人なのよ」


「……?」


一瞬師匠の言っていることがよくわからなかった。


「何でと言われても……あっ」


そこでようやくこの場にいない二人の事を思い出した。

その二人には何かと公爵の気を引いてくれたおかげで助けられたが、周囲にその姿はない。


「多分、地下のほうにいたのかな」


軋む体に喝を入れ、ふらつきながらも立ち上がる。


「地下って……あの残骸のかい?」


「……見事にボロボロっすね」


元々半壊だった教会と大聖堂跡地はもはや更地のような状況だ。

まさかあの下で生き埋めに……?


「何かしらの気配をあの辺りから感じたりは……」


「まったくしないわねぇ」


師匠の言葉を聞いても、僕は足を進めた。

足場は悪いが泣き言を言ってもいられない。



「これは……」


おそらく地下だったであろう場所は、クレーターのように窪んでいた。

これだと生き埋めの線はなさそうだ。


「キララさーん、いませんかー?」


声をかけてみるものの、その言葉に応える者はいなかった。

いると面倒な人だが、変ないなくなり方をされると心配である。


「師匠……」


「魔力ならさっきちょっと分けてあげたわよ」


それを聞いて少し安心した。

飛行魔法は……うん、少し不安定だけど使えるな。


「よっ……と、危ない危ない」


地下に着地すると同時に瓦礫で少しを足を滑らせた。

気を付けないと……


「……ん、これって魔法陣……?」


一部分しか見えないが、それらしきものを足元に発見した。

しかし魔法陣にしては少し妙である。


「英語……ともちょっと違うか、でも間違いなくアルファベットだよなこれ」


英語であれば多少は読めたかもしれないが、アルファベットを使った言語はあまりにも多い。

でも文字がわかったところで単語すらわからないな。

ひょっとしてこれが救世主召喚の魔法陣なのだろうか。


「師匠、これ何なのかわかります?」


「んー……転移魔法とはちょっと違うか、似てるけど構造の理屈からして違うわね」


師匠はそっと指で触れるが、魔法陣はまったく反応しない。

そもそも描かれた床がところどころ損傷していた。


「ふむ……これは接続先の座標か……ってどこよこれ」


師匠がぶつぶつ独り言を呟きながら空中に魔力で謎の文字を書き始める。

そこにはxとyに数字が続き、zもあった。

もしかしなくても地球の座標だろうか。


しかし師匠はそれがアルファベットだとわかって書いているわけではないようだ。

まぁこの世界にはない文字だもんね。


「でもこんな状態じゃもう動かないのかな……」


「無理でしょうね。多分だけど、何かが逆流した影響で構造自体がボロボロよ」


そっか……と、僕は空を見上げた。


これでどこかへ転移したのだとしたら……キララさんの性格ならどこにいっても元気にやれそうだな。

もし元の世界に帰ったのだとしたらそれはそれで……


(……そういえばクリフォードも一緒だったな)


大丈夫かな……大丈夫だよね……大丈夫でしょ、多分……。


「それよりあんた、あれどうすんの?」


師匠が親指で指し示した場所にはクレストが倒れていた。

志半ばとは思えぬほど安らかな顔をしているが、すでに息はない。


「……お墓ぐらいは作ろうかな」


それが、彼の世界を否定した僕なりの葬送だった……。

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