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208 神の真名。

キララはそっと顔を覗かせ、地上の様子を伺った。


「うっそ何これ……みんな死んでる」


「いや、死んじゃいねぇだろ……多分」


とはいえ、起き上がる者はいない。

決着はついたものと考えていいだろう。


そんな中、立っていたのは……


「最悪だ……」


一人立っていたのはクレスト公爵だった。

勝者が誰なのかは明白である。


(今から逃げて間に合うか……って、そもそもどこに逃げりゃいいんだ?)


咄嗟に逃走経路を頭に浮かべていたクリフォードを他所に、キララは完全に地上に姿を現した。


「これ以上ない大舞台になったわね」


本人は至って真面目な表情である。

しかしクリフォードは啞然としていた。


「なにやってんだお前……」


今すぐ引きずりおろしたいところだが、時すでに遅し……公爵の視線は完全にこちらを向いていた。

もはやこの状況から逃げるのは難しい。


「…………ん?」


公爵を睨みつけていたキララだったが、何かに気づいたのかクリフォードの顔と見比べ始める。


「兄弟……にしてはちょっと歳が離れすぎよね?」


「今の状況でそこを気にするかね……」


相変らず呑気な奴だと思った矢先のことだ。

気配は感じないのに、ザリッと足音だけが目の前で聞こえた――――


「欠陥品がまだこんなところにいたか」


「ち、ちーっす……ちょっと見ない間に人間辞めました?」


クリフォードはつい愛想笑いで対応したものの、その表情は引きつっている。

もはや啖呵を切った勢いなど残っていなかった。


そんな二人の間に、キララは割って入る。


「ちょっと、私を無視しないで――


「邪魔だ」


公爵の手から伸びた黒い神力の刃が、何の抵抗もなくキララの胸を貫いた。


「えっ……?」


キララは何が起こったのか理解できないでいた。


痛みはない……しかし、声を発することもできない。

視線を落とすと、自身の身に起こっている出来事を知る。


「――ゴフッ」


咳き込むと口元が生ぬるかった。

口の中は血の味がする。


「やはり脆弱な神力だな、これはいらぬか。しかし処分予定だったものが自らやってくるとはな」


そう言って公爵は刃を引き抜いた。

キララの体はゆっくりと後方に倒れ込んでいき、そのまま地下へと落ちていく。


(あれ……? 体に力が入らない……)


その瞳には、冷たい目を向ける公爵が映っていた。

それともう一人、こちらに手を伸ばすクリフォードの姿も……。


(こうして見るとけっこうイケメンじゃん……)


視界が霞んでいく……瞼も重くなってきた――――


「あぁくそッ! 何やってんだよ!」


クリフォードは、辛うじて落ちるよりも先にキララを抱き抱える。


自分でもこんなことするのは柄じゃないと思っているが、つい体が動いてしまった。

しかも……あぁ、まずい……この状況はあいつにとって都合が良いらしい。


「ゴミはまとめて処分するに限るな」


公爵は手を掲げ、魔神の力で漆黒の槍を生成する。


(あっ……これ死んだわ)


逃げ場はもうどこにもない。

元々死に場所を選んだのは自分だが、まさか変な女までセットだとは思わなかった。


「俺もお前も、まとめて処分だってよ」


「ぅ…ぁ……」


キララにも聞こえていたのか、掠れた声を上げる。

その体が、微かに発光し始めた。


「これは……」


クリフォードは、キララの顔色に血の気が戻ってくるのがわかった。


(まだあきらめてねぇってのか……)


心なしか、周囲まで徐々に光に包まれていくような感覚があった。


「チッ、無駄なあがきを――」


公爵の手から漆黒の槍が放たれる。


クリフォードはそれを視界に捉えていた。

しかし目の前まで槍が迫ったところで、足元からの光によって阻まれる。


「――――!」


クリフォードの最期の言葉は、誰の耳にも届くことはなかった……。


………………


…………


……


公爵は、先ほどまでクリフォードとキララのいた地点を眺めていた。


「まさかあれがまだ機能するとはな……」


先程放った槍によってすでに破壊してしまったが、間違いなくあれは二人の足元にあった召喚用の魔法陣の光で間違いない。

しかし召喚ではなく転移として作動したのは予想外だった。


(問題はどこへ転移したのか……)


少なくとも王都内に二人の気配は感じられない。


「……まぁ、虫の息と期限間近な失敗作だ。どこへ転移したとしても気にする必要はないか」


自分の手で処分できなかったのはやや不服ではあるが、煩わしい存在が一つ消えたことに違いはない。


それよりも、今気にするべきは背後で立ち上がる者のほうだ。

こちらもそろそろ終わりにしよう。

もう少し手応えがあると思っていたのだが……期待外れだった。


「いや……まだ星天の魔女がいたか」


他にもSランク冒険者が数名いたはず。

教皇やジェイクとの戦いを見る限り、少し期待値は下がるが……


「神に至るにも魅せる必要があるからな……」


神とは誰の目にもわかりやすく実在するべきである。

そのために――――



◇   ◇   ◇   ◇



公爵がクリフォード達に気を取られている間に、エルリットはゆっくりと動き出した。


「はぁ…はぁ……くっ……」


気怠い体を引きずるように立ち上がる。


他の皆が立ち上がる様子はない。

多分、僕が一番マシな状態なのだろう。


(立ち上がって……それから僕はどうする気なんだ)


別に諦めたっていいじゃないか。

誰かに任せたっていいじゃないか。


(誰かって……誰だよ)


倒れたリズとシルフィの姿が、僕に倒れることを許さなかった。


守るべきもの――――守りたいものがある。

誰かに任せてられないよな……。


「ふぅ……」


空を見上げ少し強めに息を吐くと、少しだけ楽になった気がする。


「黄昏てんじゃないわよ……」


声のするほうを見ると、アンジェリカさんが倒れたままこちらを見ていた。

……というか睨んでいる気がする。


その横にはアゲハさんの姿もあった。


「ツバキに……情けないところを見られてる気がします……」


こちらも命に別状はないようでホッとした。


「もうちょっとだけ悪あがきするんで……待っててください」


公爵に向けて足を進めると、思っていたよりもしっかり大地を踏みしめている感覚がわかる。

誰かの声が力になるということはこういうことなのだろうか。


「エル…さん……」


ひしゃげた槍を握るシルフィは、倒れたままこちらに手を掲げる。


「多分……これはエルさんにもらったものだから……」


淡い光が僕の体を包み込む……。

それは微弱とはいえ、創造神の神力と同じ気配だった。


体がスッと軽くなる……残りの力を僕に託してくれたようだ。


「よくわかんないけど、一度あげたものならまたいつかあげますね」


「……恥ずかしいのでこんなところで言わないでください」


なぜかシルフィは照れていた。

ホントによくわからないけど元気そうで何より。


ギュッと拳を握りしめ、体の調子を確かめる。


(全快といって差し支えないな)


創造神の神力は体によく馴染んでいた。


今度は力強く、公爵に向けて足を進める。

すると、飛来した聖剣が足元に突き刺さった。


「すまんエル……情けない私の代わりに使ってくれ」


そう言いつつも、リズは何とか起き上がろうと必死に足掻いていた。


「……後は全部任せてください」


その言葉を聞いて、リズは軽く微笑むとその場で仰向けに倒れ込んだ。


……さて、リズを安心させたい一心でそんなことを言ってしまったが……。


(こんな重い物どう使えばいいんだ……)


そっと聖剣に触れると、またも創造神の神力と同じ気配を感じる。

これは……以前流した神力か。


「ほう……それは少し面白いな。魔力と精霊の力……そして僅かとはいえ神力を取り戻したか」


こちらに気づいた公爵は、興味深いといった様子でこちらを見ていた。

しかし――――


「だが――足りぬな。終わりにしよう」


公爵が手を空に掲げると、純白の雷が大きな光の球体を形成していく。


こうして見るとやはり圧倒的な差がまだまだある。

体に神力が戻って来たことで、なおさらその差を大きく感じた。


そして――――特に宣言もなく光の球体はこちらに向かって放たれる。


圧倒的な力の前に、どう対処していいかわからなかった。

ただ、身構えるように聖剣を握りしめる。



『使え――――真名にて神に至る』



――頭に声が響き渡った。


この声は知っている。

だから従うことにした。


「――――神装武展しんそうぶてんアシュヴィン!」



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