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206/222

206 私は主人公じゃない。

魔王の器を持っていたのは、この世界の私じゃない。

前世の……世界に絶望した私のほうだった。


あの魔力は云わば負の感情だ。


忘れていたわけではない、忘れられるわけがない……。

ただ、当時の感情が強く甦る――


結果――――感情に身を任せるしかなかった。


代わりに、私の意識は理想の世界に引きこもった。

ここには何でも揃っている。


ソファでくつろぐアンジェリカは、今までになく満たされていた。


理想的な両親。

理想的な家庭環境。

自分を否定する存在のない世界。


ここはすごく心地良い……。


もうずっとここにいれば心がざわつくこともないだろう。


わざわざ疲れにいくこともない。

……わざわざ嫌なことをやる必要もない。

ずっとぬるま湯に浸かることの何が悪いというのだ。


そう……わかっているはずなのに。


なぜ――――こんなにも落ち着かないのか。

その理由もよくわかっている。



……この世界で得たものが大きすぎた。



それを捨てたくないと……失いたくないと焦りを覚える。


戻ればきっと、この先辛いことはいくらでもあるだろう。

また心折れるようなこともあるかもしれない。


それが怖い……だから――――


誰か……強引にでも私の手を引いてほしい――――



◇   ◇   ◇   ◇



人々は、落ちた大聖堂の上空にて繰り広げられる戦いに目を奪われていた。


「なんだよあの禍々しい魔力は……」

「魔神は倒したんじゃなかったのかよ」

「見ろ、聖騎士様が戦ってるぞ!」

「教皇様亡き今、もうこの国を救えるのは聖騎士団長だけだ……」


邪神像の力から解放されたにも関わらず、信徒たちは再び祈りを捧げ始める。


「ふむ……神と認識されるにはまだ演出が足りぬか」


であれば目の前の新たな敵の出現は丁度いい。

公爵はそう思っていたのだが、徐々に期待ハズレだとガッカリし始める。


「――――ッ!」


アンジェリカは、叫び声を上げながら暴風のような魔力の渦と共に突っ込んでいく。


「愚かな、ただの魔力の塊など……」


何の工夫もない。

ただただ力任せに魔力を垂れ流した攻撃は、神力の盾に阻まれ公爵に届いてすらいなかった。


「自身の魔力に飲まれているのか……残念だ」


この魔力は混じり気の無い純粋な魔力。

故にどれだけ強大であっても、公爵には通じるわけがなかった。


魔神のように創造神が生み落とした神力があるわけではなく。

リズリースのように神の遺物による神力もない。

かといってエルリットのような精霊の力があるわけでもない。


「使いようによっては可能性があっただろうに」


無限とも思える魔力がそう思わせていた。

事実効いてはいないものの、アンジェリカの猛攻は続いている。


それを見ていたリズは、辛うじて立ち上がった。

拳を握りしめ、高く跳び上がる――



「歯を食いしばれッ!」



その拳は――――公爵ではなくアンジェリカの頬を捉えた。


遠慮のない一撃に、その身は大地に叩きつけられる。

着地したリズは、アンジェリカを見下ろしていた。


「まだ慰めてほしいのか?」


握った拳には血が滲んでいた。


「……いえ、ありがとうございます……お姉さま」


アンジェリカは立ち上がる。

その目は、先ほどまでと違って光が灯っていた。


強引に現実に引き戻されたが、干渉に浸っている暇はない。


(これが私の力か……)


冷静に自分の魔力を分析する。

暴走が止まったからといって、力の質に変化はない。

受け入れよう……これも自分だ。


(そして今の公爵に魔法は通じない)


だから考えろ、今自分にできることを……。


「どうした? せっかく冷静になれたのだ、色々試してみたらどうだ?」


公爵は、かかってこいと言わんばかりに手招きしていた。


たしかに……これだけの膨大な魔力だ。

工夫次第で戦える可能性は大いにあるはず……。



私が物語の主人公であったなら――――



アンジェリカは手に魔力を込め、リズへと流し込んだ。

あまり得意ではないが、簡単な治癒も施していく。


「アンジェ、何を――」


「私は主人公じゃなくていい……」


もう片方の手は、別方向に向かって魔力を飛ばした。

それを受け取ったエルリットは、体内の魔力が回復していく。


「これは……」


「魔力で良かったらいくらでもあげるわよ」


そうだ……可能性があるというのなら、それは私である必要はない。

戦う力を持っているのは、私である必要はないんだ――


「……助かった、アンジェ」


リズは再び聖剣を身に纏う。


その姿を見て、アンジェリカは自身の選択が間違っていなかったことを知る。


あぁ――ずるいな。

やっぱり勝てる気がしない。


「これでまた戦える――ッ!」


アンジェリカの眼差しの中、リズは公爵に肉薄し拳を放った。


「ふん、何度来たところで」


だが神力の盾はあっさりと割れる。

公爵は自身の腕で防がざるをえなかった。


「盾は使えぬか……しかし芸のない」


そう言いつつも、力を緩めればおそらくこの拳は自身に届く……そう確信していた。


「私一人ならそうかもしれんな」


「――ッ!?」


公爵は咄嗟にもう片方の腕で反対側をガードする。

直後――閃光が襲い掛かった。


「これで両手が塞がりましたね」


エルリットは指先から閃光を放ち続ける。

それでも公爵から余裕は消えない。


「たしかにどちらも神に届きうる……だが二人では足りんな。頼みの綱は盾を抜けんのだろう」


公爵はアンジェリカを見て笑みを浮かべている。

こんな状況でも、魔力による攻撃であるなら傷一つ負わない自信があった。


「そうね……私じゃ無理だわ」


しかしアンジェリカは悲観していない。

なぜなら、頼みの綱である味方は私ではないからだ――――


「この神力は――」


公爵が上空からの気配に気づくよりも速く、光の星が大地に落ちる。



――――聖槍流星ホーリーダイブ



一際眩い光が弾ける。

同時に、王都は一瞬だけ大きく揺れた。



砂煙が徐々に薄れていくと、巻き込まれていたリズが起き上がる。


「以前私が受けた時とは比べ物にならん威力だ」


とはいえ特に傷は負っていない。

同様にシルフィも姿を現した。


「すみませんリズさん、神力の通りが良くて加減が……」


「いやいい、こうでもしないと…………いや、これでも足りないようだからな」


リズは先程の地点を振り返り、シルフィは槍を構えなおす。

そこには膝を付く公爵の姿があった。


「これは……私を除けば最も創造神に近い力のようだな」


公爵は額から流れる血を拭い立ち上がる。


僕とリズで動きを止め、シルフィの神力を宿した渾身の一撃……その結果があれか……。

傷こそ負わせたものの、やはりまだまだ浅い。


それでも……それでも少しずつ可能性は上がっているはず。


「神に届きうる者が三人……総力戦というわけか」


そう言った公爵はどこか楽しそうにも見えた。


「私はもう眼中にないってわけね……ま、元から全力でサポートに徹するつもりだけど」


アンジェリカは自分の魔力を、エルリットたち三人に纏わせる。

その肉体を活性化させ、彼らを常に万全の状態に持って行く。


(私にできるのはこれだけか……)


そう思った矢先、アンジェリカの隣にアゲハが降り立ち肩に手を置いた。


「微力ながら、私も助太刀します」


そう言ってアゲハはそっと目を閉じる。

アンジェリカの魔力を通して、瞳術の力を送り込んでいた。


「私の目は、それがたとえ神力であっても見逃しません」


一瞬だけ目が熱くなると、今まで見えていなかったものが視界に映り始める。


これが魔力の流れ……僕の体にもう一つあるのは精霊の力だろうか。

公爵のほうを見ると、あまりにも色々なものが混ざり合い濁り切って視えた。


「その目には私がどう映っているのかな」


公爵は挑発的な笑みを浮かべている。


「……神を名乗るにはちょっと汚く見えますね」


その言葉が、総力戦始まりの合図となった……。

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